それを人は愛と呼ぶ

菊池昭仁

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第24話

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 帰りは義母の運転するクルマで福島駅まで送ってもらった。
 クルマを運転しながら義母がうれしそうに言った。

 「大湊さん、スカーフ、ありがとうございました。
 どうですか? 似合いますか?」

 義母は早速プレゼントをしたスカーフを首に巻いてご満悦だった。

 「祥子さんが選んだ物ですからね? とても良くお似合いです」
 「お母さんはブルーが入っている物が好きだから、選び易いのよ」
 「あら、赤も好きよ」
 「じゃあ今度は赤いスカーフをプレゼントします」
 「ありがとう。楽しみにしているわね? 婿殿。あはははは」



 福島駅に着いた時、義母が祥子に耳打ちをした。

 「いい人で良かったわね? しあわせになるのよ、祥子」
 「ありがとうお母さん。今度の金曜日の夜、お店で待ってるからね?
 お店があるから駅まで迎えに行けなくてごめんなさい。
 迷ったらいつでも電話ちょうだいね?」
 「楽しみにしているわ。気を付けて帰るのよ」
 「じゃあまたね?」
 「大湊さん、祥子のこと、よろしくお願いします」
 「はい。今日はごちそうさまでした。お義母さんの手料理、とても美味しかったです」
 「プロの方に褒められると恐縮しちゃうわ。主人はあんな感じのぶっきらぼうな人ですけど、悪気はありません。
 失礼なことばかり申し上げてごめんなさいね。
 でも大湊さんのことは気に入っていたようですから私も安心しました」
 「私、本当に気に入られたんでしょうか?」
 「もちろんですよ。ウチは男の子がいないから、凄くうれしそうでした。
 あんなに楽しそうな主人を見たのは久しぶりです。
 ぜひまた遊びに来て下さいね?」
 「では遠慮なく、またお邪魔いたします」
 「よろこんで」

 義母と祥子は握手をした。

 「お母さんも気を付けて帰ってね?」
 「ありがとう祥子、またね?」


 私たちは最終の新幹線に乗った。

 「今日は本当にありがとう。ごめんなさいね、父が酷いこと言って」
 「娘を心配しない父親はいない。俺はお前の旦那として認められたのかな?」
 「もちろんよ。じゃなければ一緒にお酒なんて飲まないわよ」

 私は車窓に映る自分を見て笑った。
 長い一日だった。


 
 義母は帰宅すると義父に言った。

 「送って来たわ。大湊さんっていい人で良かったわね?」
 「まだわからんよ。男は仕事ぶりを見てみんとな?」
 「もうとっくに許しているくせに」
 「風呂に入って来る」
 「酔っているんだから気を付けてね?」
 「年寄り扱いするな」
 「娘が結婚する歳になったのよ。私たちももうお爺ちゃんお婆ちゃんよ」
 「ふん」


 
 そして約束の金曜日の夜、祥子の両親は新幹線で宇都宮駅に降り立った。

 「あっという間に着いちゃったわね? 宇都宮駅の西口は郡山駅の西口に似ているわね? どれくらいの人が住んでいるの?」
 「約50万人だ。福島市は30万人だから約2倍だな?
 宇都宮に来たのは何年ぶりだろう。
 西口駅前はそうでもないが、県庁の方に行くにつれて繁華街になって行くんだ。
 県庁の近くには東武鉄道の終着駅もあって、東武デパートに隣接している。
 アイツの店はその近くにあるようだ。
 郊外型大型ショッピングセンターも多く出来たようだから、中心地はかなり寂れてしまったな?
 昔はかなり多くの人でごった返していたが」
 「宇都宮といえば餃子でしょ? 楽しみだわ」
 「旅行に来ているわけじゃないんだぞ。
 餃子なんてどこで食べても同じだ」
 「大湊さんのお店ってどんなところかしらね?
 あの子が食堂で働くなんてね? どんな風に働いているのかしら」
 「食堂の亭主の女房にするために大学まで出したわけじゃない。
 駅から歩くとかなりあるからタクシーで行くぞ」


 その頃、店では千秋と祥子が話していた。

 「今日でしょう? お姉ちゃんのパパとママがここに来るの?」
 「そうよ、功作の「支那そば」とライスカレーを食べさせてびっくりさせるんだから」
 「親方のお料理は日本一だもんね?」
 「くっちゃべってんじゃねえ。支那そば2つ、上がったぞ」
 「はーい」



 祥子の両親はオリオン通りでタクシーを降りて、大湊の店に歩いて向かった。
 携帯のナビに従って歩いて行くと、すぐに大湊の店に辿り着いた。

 「ここだな? 『港町食堂』と暖簾に書いてある」
 「とてもいい匂いがするわね? 楽しみだわ。
 祥子が好きになった人の作るお料理はどんな味かしら?
 お料理にはそれを作った人の人柄が出るものだから」

 義父が入口の木戸を開けた。
 エプロンに三角巾を着けた祥子と千秋が笑顔で両親を出迎えた。

 「いらっしゃいませー!」
 「いらっしゃい。お父さん、お母さん、新幹線、混んでなかった?」
 「あっ、祥子お姉さんのご両親様ですか?
 初めまして、いつも祥子さんにはお世話になっています。私、千秋といいます」
 「初めまして千秋ちゃん、祥子の親です。いつも娘がお世話になっています」
 「カウンターしか空いてないんだけどいい?」
 「満席なのね? あらちゃんと予約席になってる。
 ありがとう、祥子」

 私は調理をしながら軽く会釈をした。
 義父と義母は店の中をめずらしそうに見渡していた。

 「何にする?」
 「メニューはあるの?」
 「メニューはないのよ。お料理はあの壁に掛かっている木札だけなの」
 「食堂なのにあれだけか? ふん、随分自信があるんだな?」
 「親方の作る料理は何を食べても美味しいですよ?」
 「おすすめは何?」
 「「支那そば」とライスカレーがいいんじゃないかしら?
 殆どの人はみんなそれを頼むから。
 あと、せっかく宇都宮に来たんだから餃子もサービスするね?
 取り敢えずビールでいい?」
 「お父さん、どうします?」
 「「支那そば」とライスカレーか? 懐かしいなあ。
 それじゃあ支那そばとライスカレーをくれ。
 お母さんと分けて食べるから」
 「親方、支那そば1とライスカレー1です!」
 「あいよ」


 私はすぐに餃子の準備に取り掛かった。

 「あら? 皮から作るの?」
 「その方がモチモチして旨いですからね? それに冷凍では味が落ちますから」
 
 祥子が義父と義母にビールを注いだ。
 千秋がお通しの「イカ人参」と「ポテサラ」をふたりに出した。

 「イカ人参なんて福島市の名物じゃないの? わざわざ私たちのために?」
 「ううん、親方も福島の出身なのよ。ポテサラも絶品よ、食べてみて」

 義母がポテサラを一口食べた。
 
 「私が作るよりも美味しいわ」
 「ねっ? 美味しいでしょう?」
 
 すると義父はポテサラにソースを掛けた。

 「あら、お父さんもソースを掛けるの?」
 「ポテトサラダにはソースだ」
 「うふっ。功作と同じこと言ってる」

 
 両親は熱々の餃子を食べながら、冷たいビールを飲んでいた。

 「餃子もモチモチして凄くジューシーで美味しいわ」
 「おまちどうさまでした。「支那そば」とライスカレーです」

 私は義父には「支那そば」を、そして義母にはライスカレーを出した。
 義父はレンゲでスープを掬って飲んだ。
 すると今度は夢中で麺を啜り始めた。

 「あなた、私の分も残して置いてね?」
 「支那そば追加だ」
 「かしこまりました」
 
 そして今度は母のライスカレーを母のスプーンで一口食べると、

 「ライスカレーも追加」
 「ありがとうございます」
 「私も仕事柄全国を回ったが、これだけ旨い「支那そば」とライスカレーは食べたことがない」
 「ありがとうございます。お義父さんに喜んでもらえて光栄です」
 「私もよ。こんなに美味しいラーメンとカレーなんて食べたことがないわ」
 「ありがとうございます」
 「また食べに来てもいいかね?」
 「もちろんです。お嬢さんにも会いに来てあげて下さい」
 「よかったな? 祥子。こんな旨い料理を作る男に悪い奴はおらん」
 「ありがとうお父さん」

 祥子は泣いていた。そして千秋も泣いた。

 「良かったね? お姉ちゃん」
 「ありがとう千秋」



 帰り際、千秋に店を任せて私と祥子は店の外に出て、両親を見送った。

 「今夜は遠いところ、わざわざおいでいただきましてありがとうございました」
 「ごちそうさま。また寄らせてもらうよ。
 大湊さん、娘をよろしく頼むな?」

 その時初めて義父から「大湊」と名前で呼ばれた。

 「わかりました。大切にします」
 「たまには福島にも遊びに来てね? 近いんだから」
 「はい、またお邪魔します」
 「それじゃあ気を付けてね?」
 「がんばるのよ、祥子」
 「うん、お母さん」


 義母と義父はそのままオリオン通りのアーケードを歩いて行った。
 いつまでも手を触り合う祥子と義母。


 「今夜は鬼怒川温泉にでも泊まっていくか?」
 「あらめずらしい」
 「せっかく栃木まで来たからな?」
 「空いているといいわね? 空いていなければ駅前のビジネス・ホテルでもいいわよ」
 「大丈夫だ。もう予約してある」
 「あなたはいつもそう。何でも勝手に決めちゃうんだから」
 「嫌なのか?」
 「ううん、うれしい。
 良かったわね? 大湊さんがちゃんとした人で」
 「俺たちの娘だ。人を見る目はある」
 「あはははは。結婚式が楽しみだわ。それに孫の顔も早く見たいわね?」
 「まだ先の話だ。今日は月が綺麗だな?」
 「夏目漱石のつもり?」

 そうしてふたりは手を繋いで歩いた。
 月の綺麗な夜だった。

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