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最終話
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私と悦子は朝、ホテルのレストランででコンチネンタル・ブレックファストを摂っていた。
そこには昨日までの他人行儀な関係はなく、私たちの心は確実につながっていた。
コックが卵の焼き方を尋ねてきた。
「サニーサイドアップ? スクランブルエッグ? あるいはターンオーバーにいたしますか?」
「スクランブルを」
「私はサニーサイドアップにして下さい」
シーザーサラダとカリカリに焼いたベーコン、茹でたソーセージにトーストの簡単な朝食。
だが今日の朝食は特別だった。
私たちの友情は恋へと昇華し、お互いの気持ちを隠さなくてもよくなったこどで、とても安らかな気分だった。
「このカフェオーレ、すごく美味しい」
彼女の上唇に、カフェオーレのクリームが少しついた。
悦子はそれを舌で軽く拭った。
私は自分のキスでそれを拭って遣りたいと思った。
(昨夜の悦子は一体何処へ行ってしまったのだろう?)
そんなことを考えて、私は笑った。
「何を笑っているの? 私の顔に何か付いてる?」
「いや、何でもないよ。いい女だなと思って見惚れてた」
「ふふっ おかしなひと。
陽一さんも凄く素敵」
「俺たち、やっと「友だち」を卒業だな?」
「・・・うん。私、愛人に昇格だね?」
「悦子は愛人じゃない」
「じゃあ何?」
「それはお前が決めることだ。モーニング・シャンパンを飲もう」
私は給仕を呼び、シャンパンをオーダーした。
シャンパングラスに注いだモエ・シャンが北イタリアの朝日を受け、黄金に輝いていた。
「乾杯しよう」
「何に?」
「俺たちの嵐の船出に」
「私、もうこの船を下りないわよ。たとえ酷い嵐の航海になろうとも」
「俺たちの嵐の海への船出に、乾杯」
「乾杯」
嬉しそうに微笑む悦子と私がいた。
朝食を終え、悦子の左手と恋人繋ぎをしてレストランを出る時、私は彼女の手に結婚指輪がなくなっていることに気付いた。
「指輪はどうした?」
「外したの、もう必要ないから」
悦子が私の手を強く握った。私も彼女の手を強く握り返した。
私たちは早朝のリビエラの浜辺にやって来た。
冬のリビエラの灰色の空と海、穏やかな地中海のコントラストが果てしなく続いていた。
風は止み、凪だった。
穏やかに押し寄せては引き、引いては押し寄せる波。
まるでチェロのボーイングのようだった。
「これが陽一さんの言っていたサボーナ? 冬のリビエラの海なのね?」
「これが冬のリビエラだ。お前に見せたかった景色だ」
私は『冬のリビエラ』を口ずさんだ。
冬のリビエラ 男って奴は
港を出ていく 船のようだね
哀しければ 哀しいほど
黙り込むもんだね
私と悦子は靴を脱ぎ捨て、さざ波に立って抱き合い、キスをした。
冷たい地中海の波が、ふたりの足元を洗った。
波が砂に沁み込んでいく音が聞こえる。
明日の事は明日また考えればいい。
私は今、確かに「重愛」を抱き締めていた。
『ガールフレンド』完
そこには昨日までの他人行儀な関係はなく、私たちの心は確実につながっていた。
コックが卵の焼き方を尋ねてきた。
「サニーサイドアップ? スクランブルエッグ? あるいはターンオーバーにいたしますか?」
「スクランブルを」
「私はサニーサイドアップにして下さい」
シーザーサラダとカリカリに焼いたベーコン、茹でたソーセージにトーストの簡単な朝食。
だが今日の朝食は特別だった。
私たちの友情は恋へと昇華し、お互いの気持ちを隠さなくてもよくなったこどで、とても安らかな気分だった。
「このカフェオーレ、すごく美味しい」
彼女の上唇に、カフェオーレのクリームが少しついた。
悦子はそれを舌で軽く拭った。
私は自分のキスでそれを拭って遣りたいと思った。
(昨夜の悦子は一体何処へ行ってしまったのだろう?)
そんなことを考えて、私は笑った。
「何を笑っているの? 私の顔に何か付いてる?」
「いや、何でもないよ。いい女だなと思って見惚れてた」
「ふふっ おかしなひと。
陽一さんも凄く素敵」
「俺たち、やっと「友だち」を卒業だな?」
「・・・うん。私、愛人に昇格だね?」
「悦子は愛人じゃない」
「じゃあ何?」
「それはお前が決めることだ。モーニング・シャンパンを飲もう」
私は給仕を呼び、シャンパンをオーダーした。
シャンパングラスに注いだモエ・シャンが北イタリアの朝日を受け、黄金に輝いていた。
「乾杯しよう」
「何に?」
「俺たちの嵐の船出に」
「私、もうこの船を下りないわよ。たとえ酷い嵐の航海になろうとも」
「俺たちの嵐の海への船出に、乾杯」
「乾杯」
嬉しそうに微笑む悦子と私がいた。
朝食を終え、悦子の左手と恋人繋ぎをしてレストランを出る時、私は彼女の手に結婚指輪がなくなっていることに気付いた。
「指輪はどうした?」
「外したの、もう必要ないから」
悦子が私の手を強く握った。私も彼女の手を強く握り返した。
私たちは早朝のリビエラの浜辺にやって来た。
冬のリビエラの灰色の空と海、穏やかな地中海のコントラストが果てしなく続いていた。
風は止み、凪だった。
穏やかに押し寄せては引き、引いては押し寄せる波。
まるでチェロのボーイングのようだった。
「これが陽一さんの言っていたサボーナ? 冬のリビエラの海なのね?」
「これが冬のリビエラだ。お前に見せたかった景色だ」
私は『冬のリビエラ』を口ずさんだ。
冬のリビエラ 男って奴は
港を出ていく 船のようだね
哀しければ 哀しいほど
黙り込むもんだね
私と悦子は靴を脱ぎ捨て、さざ波に立って抱き合い、キスをした。
冷たい地中海の波が、ふたりの足元を洗った。
波が砂に沁み込んでいく音が聞こえる。
明日の事は明日また考えればいい。
私は今、確かに「重愛」を抱き締めていた。
『ガールフレンド』完
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