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第5話

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 翌日、私たちはジェノバから電車に乗り、ポルトフィーノを訪れた。

 「信じられませんよ。電車が1時間の遅れですよ、事故も故障もないのに。ホント、イタリア人っていい加減!」
 「おおらかだと言ってやれよ。日本のJRがそれだけ優秀だってことだ。
 1時間で良かったよ、この前来た時は6時間だったからな」
 「いつになったら電車が来るのかって訊いたら「わかりません」って平気で言うし。
 そして「何かあったんですか?」って訊いても「何もありません」って。すごく適当」
 「だからイタリアなんだよ。
 いいじゃないか、旅のトラブルはいい思い出だ」


 その後、私たちはタクシーで岬の上に建つ、サン・ジョルジュ城塞からポルトフィーノを見下ろした。

 「すごくかわいい! まるでジブリの『ハウルの動く城』の背景画みたい!」
 「ここはイタリアで一番美しい、いや、世界で一番美しい街だと言われている。
 フェラーリやランボルギーニのクルマの名前にもなったり、ハリウッド・セレブなど、世界の富豪たちが集まるリゾートだ。
 あの東京ディズニー・シーの街並みは、このポルトフィーノを模したと言われている」
 「へえー、とっても綺麗ですね?」
 「ここサン・ジョルジュ城塞からのポルトフィーノ眺めはとてもすばらしい。 とても参考になるよ」

 私たちはスマホで写真や動画を撮りまくった。
 
 「社長、一緒に撮りましょうよ」

 私は悦子と写メを撮りながら、昨夜のキスを思い出していた。
 悦子のニナ・リッチの香水の香りと、微かにロゼワインの味がした。
 あれははたして浮気だったのだろううか? 

 酔った悦子の戯事ざれごと? それとも悦子の気まぐれ?

 そもそも浮気の定義とは何だ?
 手を握る? 肩を抱く? 髪に触れる?
 ハグ? キス? ディープキス? それともセックス?
 その基準は行為の問題ではないと私は思う。

 それは「想い」だ。

 相手に対する想い。そこに恋愛対象としての意志が存在するなら、それは何もしなくても「浮気」なのだ。

 ゆえに私は彼女からキスをされようとされまいと、私にとっては既に「浮気」が始まっていた。
 私は悦子のことが「女として」好きだからだ。


 「どうしたんですか社長? ボッーッとしちゃって?」
 「浮気の基準って何だと思う?」
 「キスだと思います」
 「どうして?」
 「だって、手を触れたりするのは意識せずとも偶然にもあることじゃないですか?
 でもキスは、相手のことが好きだからする、明確な恋愛表現だからです」

 悦子はそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。

 「でも心配しないで下さい。
 昨夜のキスは「おやすみなさい」のキスですから、浮気じゃありません」
 「おいしいキスだったよ、ほんのりワインの香りがして」
 「やだもー、そんなこと言われると「本気のキス」をしたくなるじゃないですかあー、うふっ」
 「俺たち、友だちだよな?」
 「そうですよ、友だちです。親友ですけど」

 すると悦子が私にやさしくキスをした。
 それは明快なキスだった。

 「どんな味がしました?」
 「朝食の時に飲んだ、カプチーノの味がした」
 「あはははは さあポルトフィーノの街をお散歩しましょ」
 
 私たちは待たせておいたタクシーに乗り、岬を下りて行った。

 美しい宝石のような街、ポルトフィーノへ。

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