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第3話
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機内アナウンスで目が覚めた。
これからヒースロー空港への着陸態勢に入るという。
ETA(到着予定時刻)はGMT(グリニッジ標準時)がロンドンのLMT(現地標準時)と同じ、午前5時35分。
流石は英国航空、CAの発音も綺麗なクイーンズ・イングリッシュだった。
「おはようございます。よく眠っていらっしゃいましたよ、お口を開けて」
女が自分の寝顔について言われるのはイヤなはずだ。
私は悦子の寝顔についての言及は避けた。
だが逆に、女が無防備に寝顔を見せるのにはそれなりの意味がある。
「だいぶ飲んだからな? 気圧も低いし酔ったようだ。
飛行中の男のアソコが大きくなるって知っていたか?」
「ホントですか? 見せて下さいよ」
「ポテトチップの袋がパンパンになるだろう? あれと同じだよ。
袋もパンパン、そしてアソコもデカくなる」
「見たい見たい!」
「嘘だよ」
「なーんだ。でもCAの友人が言ってました。機内ではお腹が張って、お客さんの前でオナラしちゃったんですって」
「かわいいじゃないか? そのCAさん」
「すっごい美人なんですよ、彼女」
「あはは、会ってみたいな? その美人オナラCAさんに。
こんなに長い欧州へのフライトが、こんなに短く感じたのは初めてだ。
悦子と一緒で本当に良かった。
ずっと外を見ていられたら退屈もしないのにな?
夜の星空なんてすごく綺麗なはずなんだけど、夜間飛行の障害になるからと見せてはくれない。
空から星を見てみたいよな?
自分よりも下に見える星を」
「学生の時、立山の標高2,000m位の国民宿舎で見た星空は、ボコボコに輝いていましたよ」
「俺も見たよ、人工衛星に流れ星、天の川まで見えるもんな?
見事だったなあ、あの満天の星」
「ずっと座っていたからお尻が痛くなりました」
「足のふくらはぎは揉み解しておけよ。エコノミー・シンドロームにならないように」
私と悦子は自分のふくらはぎをマッサージしながら笑った。
「ヒースローでトランジットしてミラノだ。
それからクルマでサボーナに行く」
「冬のリビエラですね?」
「歌うか?『冬のリビエラ』?」
「森進一ですか?」
「いや、森進一は嫌いだ。原作者の大瀧詠一のヴァージョンの方がいい」
「同じですよ、どっちも。
ではそれをリビエラの海辺で唄って下さいね? 約束ですよ」
「いいけど、カネ取るぞ」
「いいですよ、社長の唄が聴けるのなら」
ヒースロー空港でイベリア航空に乗り換え、雲の白い絨毯の上を順調にフライトを続けていた。
「見て下さいよ! まるで天国にいるみたい!」
「天国ってこんなカンジなのか? 何もない、ただ美しいだけの世界なら俺には退屈だな。
旨い酒とキレイな姉ちゃんがいないと天国じゃねえよ」
「いるじゃないですか? ここに」
「友だちじゃなく、口説ける女がいい」
「どうぞ、口説いてもいいですよ」
「バカ、遠慮しとくよ」
ミラノからクルマをチャーターしてジェノバに向かった。
陽気なイタリア人運転手、カルロスは饒舌な男だった。
「日本からハネムーンかい? いいねえ、新婚さんは!」
「俺は日本のムービースターで、この女は相手役の女優なんだ」
「そうかい! そいつはすげえや! でもその割にはパパラッチが追っかけて来ねえな?」
「おかしいなあ? ヘリも飛んでいないようだしなあ?」
カルロスは時速160kmで走っている古いメルセデスのハンドルから両手を離し、お道化て見せた。
「旦那、今日はアイツらバカンスかもしれねえよ? あはははは」
私たちは大笑いした。
「今日はサボーナの隣のジェノバにホテルを予約しておいた。
チェック・インをしてから街へ出て食事にしよう」
「楽しみです、本場の美味しいイタリアン!」
クルマはジェノバのホテルの前で停まった。
「ありがとうカルロス。楽しかったよ、5日後もミラノまで送ってくれるかい?」
「あったりめえだぜ、旦那。
俺たちはアミーゴじゃねえか!」
私はカルロスに少し多めにチップを渡した。
フロントでチェック・インの手続きをする時、
「予約した草野だ、部屋をふたつ頼む」
「草野様ですね? ようこそジェノバへ!
長旅お疲れ様でした。
この書類にサインをお願いします」
すると悦子が言った。
「社長、お部屋はひとつでも良かったのに。勿体ない」
「俺は友だちとは一緒に寝ない主義だからな?
それに俺は鼾も凄い」
「私は歯ぎしりが酷いようです。夫から言われました。
何がそんなに口惜しいんでしょうね?」
私と悦子は夜のジェノバの街へ繰り出した。
「とても綺麗、やさしい灯りですね?」
「イタリアも南と北では全然違うからな?
日本でも九州と北海道では違う。ナポリとミラノでは大違いだ。
もっとも俺は、治安の悪いナポリの方が好きだけどな?」
「ジェノバにずっと来たかったんですよ、『母をたずねて三千里』のマルコのふる里じゃないですか?」
「よく知ってるな? 悦子の時代にはないアニメだけどな?
今考えると酷い話だよ。貧しい人たちを救うために病院を造り、負債の穴埋めのために幼いマルコと母親を引き離し、移民船に乗せてブエノスアイレスまで女房を出稼ぎに出すなんてな?
それを子供のマルコが遠いアルゼンチンまで母親に会いに行くっていう物語だが、原作の『クオーレ』にはマルコがなぜ、母親のアンナを探しに出掛けるのかといういきさつはなく、日本の脚本家が考えたストーリーだそうだ」
「あのアニメを見て、私、いつも大泣きしていました」
クリスマス前のジェノバはかなり冷えた。
私と悦子は小さなレストランテに入いることにした。
「寒いからこの店で暖まるとするか?」
「素敵なお店ですね?」
私と悦子は少し曇ったガラス扉を開けた。
これからヒースロー空港への着陸態勢に入るという。
ETA(到着予定時刻)はGMT(グリニッジ標準時)がロンドンのLMT(現地標準時)と同じ、午前5時35分。
流石は英国航空、CAの発音も綺麗なクイーンズ・イングリッシュだった。
「おはようございます。よく眠っていらっしゃいましたよ、お口を開けて」
女が自分の寝顔について言われるのはイヤなはずだ。
私は悦子の寝顔についての言及は避けた。
だが逆に、女が無防備に寝顔を見せるのにはそれなりの意味がある。
「だいぶ飲んだからな? 気圧も低いし酔ったようだ。
飛行中の男のアソコが大きくなるって知っていたか?」
「ホントですか? 見せて下さいよ」
「ポテトチップの袋がパンパンになるだろう? あれと同じだよ。
袋もパンパン、そしてアソコもデカくなる」
「見たい見たい!」
「嘘だよ」
「なーんだ。でもCAの友人が言ってました。機内ではお腹が張って、お客さんの前でオナラしちゃったんですって」
「かわいいじゃないか? そのCAさん」
「すっごい美人なんですよ、彼女」
「あはは、会ってみたいな? その美人オナラCAさんに。
こんなに長い欧州へのフライトが、こんなに短く感じたのは初めてだ。
悦子と一緒で本当に良かった。
ずっと外を見ていられたら退屈もしないのにな?
夜の星空なんてすごく綺麗なはずなんだけど、夜間飛行の障害になるからと見せてはくれない。
空から星を見てみたいよな?
自分よりも下に見える星を」
「学生の時、立山の標高2,000m位の国民宿舎で見た星空は、ボコボコに輝いていましたよ」
「俺も見たよ、人工衛星に流れ星、天の川まで見えるもんな?
見事だったなあ、あの満天の星」
「ずっと座っていたからお尻が痛くなりました」
「足のふくらはぎは揉み解しておけよ。エコノミー・シンドロームにならないように」
私と悦子は自分のふくらはぎをマッサージしながら笑った。
「ヒースローでトランジットしてミラノだ。
それからクルマでサボーナに行く」
「冬のリビエラですね?」
「歌うか?『冬のリビエラ』?」
「森進一ですか?」
「いや、森進一は嫌いだ。原作者の大瀧詠一のヴァージョンの方がいい」
「同じですよ、どっちも。
ではそれをリビエラの海辺で唄って下さいね? 約束ですよ」
「いいけど、カネ取るぞ」
「いいですよ、社長の唄が聴けるのなら」
ヒースロー空港でイベリア航空に乗り換え、雲の白い絨毯の上を順調にフライトを続けていた。
「見て下さいよ! まるで天国にいるみたい!」
「天国ってこんなカンジなのか? 何もない、ただ美しいだけの世界なら俺には退屈だな。
旨い酒とキレイな姉ちゃんがいないと天国じゃねえよ」
「いるじゃないですか? ここに」
「友だちじゃなく、口説ける女がいい」
「どうぞ、口説いてもいいですよ」
「バカ、遠慮しとくよ」
ミラノからクルマをチャーターしてジェノバに向かった。
陽気なイタリア人運転手、カルロスは饒舌な男だった。
「日本からハネムーンかい? いいねえ、新婚さんは!」
「俺は日本のムービースターで、この女は相手役の女優なんだ」
「そうかい! そいつはすげえや! でもその割にはパパラッチが追っかけて来ねえな?」
「おかしいなあ? ヘリも飛んでいないようだしなあ?」
カルロスは時速160kmで走っている古いメルセデスのハンドルから両手を離し、お道化て見せた。
「旦那、今日はアイツらバカンスかもしれねえよ? あはははは」
私たちは大笑いした。
「今日はサボーナの隣のジェノバにホテルを予約しておいた。
チェック・インをしてから街へ出て食事にしよう」
「楽しみです、本場の美味しいイタリアン!」
クルマはジェノバのホテルの前で停まった。
「ありがとうカルロス。楽しかったよ、5日後もミラノまで送ってくれるかい?」
「あったりめえだぜ、旦那。
俺たちはアミーゴじゃねえか!」
私はカルロスに少し多めにチップを渡した。
フロントでチェック・インの手続きをする時、
「予約した草野だ、部屋をふたつ頼む」
「草野様ですね? ようこそジェノバへ!
長旅お疲れ様でした。
この書類にサインをお願いします」
すると悦子が言った。
「社長、お部屋はひとつでも良かったのに。勿体ない」
「俺は友だちとは一緒に寝ない主義だからな?
それに俺は鼾も凄い」
「私は歯ぎしりが酷いようです。夫から言われました。
何がそんなに口惜しいんでしょうね?」
私と悦子は夜のジェノバの街へ繰り出した。
「とても綺麗、やさしい灯りですね?」
「イタリアも南と北では全然違うからな?
日本でも九州と北海道では違う。ナポリとミラノでは大違いだ。
もっとも俺は、治安の悪いナポリの方が好きだけどな?」
「ジェノバにずっと来たかったんですよ、『母をたずねて三千里』のマルコのふる里じゃないですか?」
「よく知ってるな? 悦子の時代にはないアニメだけどな?
今考えると酷い話だよ。貧しい人たちを救うために病院を造り、負債の穴埋めのために幼いマルコと母親を引き離し、移民船に乗せてブエノスアイレスまで女房を出稼ぎに出すなんてな?
それを子供のマルコが遠いアルゼンチンまで母親に会いに行くっていう物語だが、原作の『クオーレ』にはマルコがなぜ、母親のアンナを探しに出掛けるのかといういきさつはなく、日本の脚本家が考えたストーリーだそうだ」
「あのアニメを見て、私、いつも大泣きしていました」
クリスマス前のジェノバはかなり冷えた。
私と悦子は小さなレストランテに入いることにした。
「寒いからこの店で暖まるとするか?」
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私と悦子は少し曇ったガラス扉を開けた。
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