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第7話 追ってきた男
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もうすぐやって来る本格的な冬に備え、私たちは食料の備蓄や必要な冬籠りの準備を始めた。
「じゃあ私と沙織ちゃん、真一君の3人は街のディスカウント・ストアに買い出しに行って来るわね?」
「わかりました。気を付けて行って来て下さい」
「誠二さんの好きなウイスキーとチョコレートも忘れないから安心して。洋介さんは何か欲しい物はある?」
「私は何もいりません。気を付けて行って来て下さい」
「では行って来まーす」
真一君は沙織さんと一緒に出掛けられるということもあり、とてもうれしそうだった。
私と洋介さんは再び薪割りを始めた。
秋も深まり寒くなってはいたが、洋介さんはTシャツ一枚で薪割り続けていた。
木が割れる乾いた音が響き、次々と薪が出来上がっていく。
洋介さんの斧は的確に薪の芯を捉えていた。
私はその割られた薪を番線で束にして結束し、それを軒先に積み上げていった。
調理用のガスコンロを除き、殆どの燃料は薪だった。
風呂、囲炉裏、竈には薪を使っていたのだ。
「少し休憩しませんか?」
「そうですね、では一服しますか?」
私たちは縁側に腰を下ろし、熱いほうじ茶を啜った。
「洋介さんが仲間になってくれて、本当に助かります。
私は力仕事は苦手なので」
「私は体力だけが取り柄ですから。あはははは」
刈り入れの終わった田圃に鳶が数羽飛来し、何かを啄んでいた。
「誠二さん、ご家族は?」
「東京で暮らしています」
「いいですね? 家族がいるということは」
私は心の中で呟いた。
(家族がいることがいい? 私には家族という名の「他人」だ)
確かに私にとってはいいことかもしれないが、女房たちにとって私はただのお荷物でしかない。
そして私がここにやって来た理由の一端はその家族にあったのだから。
「洋介さんはどうして家族を持たなかったのですか?」
「持ってはいけないと思ったからです」
「持ってはいけない?」
「ええ、私のような人間に家族は不要なんです。家族に迷惑や心配を掛けることになりますから」
そう言って洋介さんは横顔で笑った。
その時、クルマが走って来る音が聞こえ、家の敷地の中で停まった。
シルバーメタリックのクーペだった。
気取ったサイドベンツのジャケットを着た、長身の男がクルマから降りて私たちのところへ近付いて来た。
「ここに木下沙織という女がお邪魔していませんか?」
「どちらさまですか?」
「沙織の婚約者です、沙織を迎えに来ました」
「婚約者?」
明らかにその男は沙織ちゃんにとって「招かれざる男」のように思えた。
すると洋介さんが静かにその男に言った。
「ここにはいませんよ、沙織なんて人は」
男は豹変した。
「嘘を吐け! ここに沙織がいるのは分かっているんだ! 早く沙織に会わせろ! 連れて帰る!」
男はかなり興奮していた。
「いずれにせよ、今はここにいません」
「じゃあ帰って来るまでクルマで待ってるよ」
「ご自由にどうぞ」
男がクルマに向かって歩き出した時、ちょうどそこへ洋子さんたちが帰って来た。
男はクルマに駆け寄り、沙織ちゃんの乗る後部座席のガラスを強く拳で叩いた。
「沙織! 帰るぞ! 早く降りて来い!」
沙織ちゃんは身を屈めて怯えていた。
洋子さんが窓を開けてこう言った。
「話しは中でお聞きします」
囲炉裏を囲んでみんなが集まった。
気持ちを落ち着かせようと、洋子さんがみんなに珈琲を淹れてくれた。
「沙織ちゃん、この人が言う通り、この人があなたの婚約者なの?」
「婚約者なんかじゃありません。この人が勝手にそう言っているだけです」
「なんだとこの野朗! また痛い目に遭いてえのか沙織!」
元警官の真一君が珍しく語気を荒げた。
「DVは犯罪ですよ! それに異常な付き纏いもストーカー行為に該当します!」
「うるせえ! てめえは黙ってろ!」
「兎に角、あなたのような危険な男に沙織さんを渡すわけにはいきません。もう二度とここへは来ないで下さい」
洋子さんが毅然と言った。
「お前らには関係のねえことだ! これは俺と沙織の問題だ!」
「それは違います。沙織さんは我々の大切な家族です、身内ですから守るのは当然です」
「いいから沙織、帰るぞ!」
男が沙織ちゃんの手を掴んだ時、素早くその手を洋介さんが捻じあげた」
男はそのまま床に拘束された。
「痛てててて、離せこのヤロウ!」
「誠二さん、警察に通報して下さい」
「わかりました」
「真一君は結束バンドでこの男の手と足を縛って下さい」
「うん、わかった!」
真一君は男の手足を野菜の荷作り用の結束バンドで素早く縛った。
私はすぐに110番を押した。
「もしもし、警察ですか? こちら黄昏村大字・・・」
男が暴れながら叫んだ。
「おめえらただで済むと思うなよ!」
「沙織さんは私たちが守ります。もしまた同じようなことをしたらその時は・・・」
「なんだよ! その時はお前たちを殺すからなあ!」
「出来るものならどうぞ。出来ればの話ですが」
洋介さんは冷静だった。
男は警察に緊急逮捕され、連行されて行った。男のクルマも警察署に運ばれて行った。
「それでは被害者の木下沙織さんも我々とご同行願います」
沙織ちゃんは男とは別の警察車両に乗せられて連れて行かれた。
「沙織ちゃん、後で迎えに行くからね?」
沙織ちゃんは小さく頷いた。
「凄いのね洋介さん、何か格闘技でもやっていたの?」
「いえ、何も」
「もう来ないといいわね? 大丈夫かしら? あのストーカー男」
「おそらくもうここへは来ないでしょう。本当は気の弱い男ですから。だからそれを隠そうと吠える。
ここに沙織さんがいる限り、沙織さんは安全です。私たちみんなで守ってあげましょう」
「そうね、私たちは家族だもんね?」
それにしても洋介さんの咄嗟の行動は凄く慣れているように見えた。
(この人はただの自衛官ではないのではないだろうか?)
洋介さんがより「わからない人」になってしまった。
「じゃあ私と沙織ちゃん、真一君の3人は街のディスカウント・ストアに買い出しに行って来るわね?」
「わかりました。気を付けて行って来て下さい」
「誠二さんの好きなウイスキーとチョコレートも忘れないから安心して。洋介さんは何か欲しい物はある?」
「私は何もいりません。気を付けて行って来て下さい」
「では行って来まーす」
真一君は沙織さんと一緒に出掛けられるということもあり、とてもうれしそうだった。
私と洋介さんは再び薪割りを始めた。
秋も深まり寒くなってはいたが、洋介さんはTシャツ一枚で薪割り続けていた。
木が割れる乾いた音が響き、次々と薪が出来上がっていく。
洋介さんの斧は的確に薪の芯を捉えていた。
私はその割られた薪を番線で束にして結束し、それを軒先に積み上げていった。
調理用のガスコンロを除き、殆どの燃料は薪だった。
風呂、囲炉裏、竈には薪を使っていたのだ。
「少し休憩しませんか?」
「そうですね、では一服しますか?」
私たちは縁側に腰を下ろし、熱いほうじ茶を啜った。
「洋介さんが仲間になってくれて、本当に助かります。
私は力仕事は苦手なので」
「私は体力だけが取り柄ですから。あはははは」
刈り入れの終わった田圃に鳶が数羽飛来し、何かを啄んでいた。
「誠二さん、ご家族は?」
「東京で暮らしています」
「いいですね? 家族がいるということは」
私は心の中で呟いた。
(家族がいることがいい? 私には家族という名の「他人」だ)
確かに私にとってはいいことかもしれないが、女房たちにとって私はただのお荷物でしかない。
そして私がここにやって来た理由の一端はその家族にあったのだから。
「洋介さんはどうして家族を持たなかったのですか?」
「持ってはいけないと思ったからです」
「持ってはいけない?」
「ええ、私のような人間に家族は不要なんです。家族に迷惑や心配を掛けることになりますから」
そう言って洋介さんは横顔で笑った。
その時、クルマが走って来る音が聞こえ、家の敷地の中で停まった。
シルバーメタリックのクーペだった。
気取ったサイドベンツのジャケットを着た、長身の男がクルマから降りて私たちのところへ近付いて来た。
「ここに木下沙織という女がお邪魔していませんか?」
「どちらさまですか?」
「沙織の婚約者です、沙織を迎えに来ました」
「婚約者?」
明らかにその男は沙織ちゃんにとって「招かれざる男」のように思えた。
すると洋介さんが静かにその男に言った。
「ここにはいませんよ、沙織なんて人は」
男は豹変した。
「嘘を吐け! ここに沙織がいるのは分かっているんだ! 早く沙織に会わせろ! 連れて帰る!」
男はかなり興奮していた。
「いずれにせよ、今はここにいません」
「じゃあ帰って来るまでクルマで待ってるよ」
「ご自由にどうぞ」
男がクルマに向かって歩き出した時、ちょうどそこへ洋子さんたちが帰って来た。
男はクルマに駆け寄り、沙織ちゃんの乗る後部座席のガラスを強く拳で叩いた。
「沙織! 帰るぞ! 早く降りて来い!」
沙織ちゃんは身を屈めて怯えていた。
洋子さんが窓を開けてこう言った。
「話しは中でお聞きします」
囲炉裏を囲んでみんなが集まった。
気持ちを落ち着かせようと、洋子さんがみんなに珈琲を淹れてくれた。
「沙織ちゃん、この人が言う通り、この人があなたの婚約者なの?」
「婚約者なんかじゃありません。この人が勝手にそう言っているだけです」
「なんだとこの野朗! また痛い目に遭いてえのか沙織!」
元警官の真一君が珍しく語気を荒げた。
「DVは犯罪ですよ! それに異常な付き纏いもストーカー行為に該当します!」
「うるせえ! てめえは黙ってろ!」
「兎に角、あなたのような危険な男に沙織さんを渡すわけにはいきません。もう二度とここへは来ないで下さい」
洋子さんが毅然と言った。
「お前らには関係のねえことだ! これは俺と沙織の問題だ!」
「それは違います。沙織さんは我々の大切な家族です、身内ですから守るのは当然です」
「いいから沙織、帰るぞ!」
男が沙織ちゃんの手を掴んだ時、素早くその手を洋介さんが捻じあげた」
男はそのまま床に拘束された。
「痛てててて、離せこのヤロウ!」
「誠二さん、警察に通報して下さい」
「わかりました」
「真一君は結束バンドでこの男の手と足を縛って下さい」
「うん、わかった!」
真一君は男の手足を野菜の荷作り用の結束バンドで素早く縛った。
私はすぐに110番を押した。
「もしもし、警察ですか? こちら黄昏村大字・・・」
男が暴れながら叫んだ。
「おめえらただで済むと思うなよ!」
「沙織さんは私たちが守ります。もしまた同じようなことをしたらその時は・・・」
「なんだよ! その時はお前たちを殺すからなあ!」
「出来るものならどうぞ。出来ればの話ですが」
洋介さんは冷静だった。
男は警察に緊急逮捕され、連行されて行った。男のクルマも警察署に運ばれて行った。
「それでは被害者の木下沙織さんも我々とご同行願います」
沙織ちゃんは男とは別の警察車両に乗せられて連れて行かれた。
「沙織ちゃん、後で迎えに行くからね?」
沙織ちゃんは小さく頷いた。
「凄いのね洋介さん、何か格闘技でもやっていたの?」
「いえ、何も」
「もう来ないといいわね? 大丈夫かしら? あのストーカー男」
「おそらくもうここへは来ないでしょう。本当は気の弱い男ですから。だからそれを隠そうと吠える。
ここに沙織さんがいる限り、沙織さんは安全です。私たちみんなで守ってあげましょう」
「そうね、私たちは家族だもんね?」
それにしても洋介さんの咄嗟の行動は凄く慣れているように見えた。
(この人はただの自衛官ではないのではないだろうか?)
洋介さんがより「わからない人」になってしまった。
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