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第4話 過ぎゆく秋

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 土に汗が滴り落ちてゆく。
 私は無心でニンジンを掘っていた。
 趣味の家庭菜園とは違い、これは「道の駅」やスーパーに野菜を卸す、仕事の一環として農作業だった。

 沙織ちゃんは辛そうだった。
 無理もない、彼女は農業も力仕事もしたことがないはずだ。
 だが、弱音を吐くことも、手を止めることもなかった。
 洋子さんが沙織ちゃんに声を掛けた。

 「農作業はたいへんでしょう? 自分のペースでいいからね。
 休み休みで」
 「はい、ありがとうございます。
 いつも何気なく食べていたお野菜も、こうして農家のみなさんが大変なご苦労をして作っていたんですね?」
 「そうよ、このニンジンもお店では3本で198円で売られているわ。でも私たちの手元に残るお金はその金額の半分もない。
 この1本のニンジンが30円。
 100本作ってやっと3,000円。それでも私たちはほぼ自給自足の生活だからこの程度でも十分にしあわせだけどね?」
 
 そう言って洋子さんは笑った。
 洋子さんは末期のガン患者だ。彼女も体力の要る農作業は容易ではないはずだった。

 一方、初日でまだ慣れていない沙織ちゃんとは対照的に、洋介さんは黙々と私たちの倍の仕事をこなしていた。
 三郎さんが洋介さんに言った。

 「洋介さん、おめえさんは元気じゃな?」
 「なんだか懐かしくて楽しくって。私の実家も田舎で農家をしていますから」
 「そうかい? どうりで慣れてるわけだ」

 洋子さんが立ち上がった。
 それは沙織ちゃんへの気遣いでもあった。
 
 「少し早いけど休憩にしましょう!」

 みんな腰を伸ばした。

 
 洋子さんがみんなにお茶を配りながら言った。

 「もうすぐ秋も終わりねー」
 「早ええもんだな? 季節が変わるのは。 
 ジジイになるとどんどん時間が早くなっちまう」
 「ホントね? 私もおばさんだから分かるなあ」

 洋子さんは来年を迎えることが出来るのだろうか?
 そう考えるとお茶が少し渋く感じた。

 黄昏村はすっかり紅葉に包まれ、手編みのセーターのように赤や黄色、そして茶色に染まって行った。
 抜けるような青空が、凛とした秋の風情を醸し出している。
 寒くはなるが、ここは雪があまり降らないらしい。
 私も今年はここで年越しをすることになるはずだ。

 「いい所ですね? 黄昏村は」

 洋介さんが目の前の山林を眺めて言った。

 「洋介さんにそう言ってもらえるとうれしいわ。
 私もこの村が大好きよ。
 やさしい仲間がいるこの黄昏村が」
 
 沙織ちゃんもうれしそうに頷いていた。
 遠慮しているようだったので、私は洋介さんと沙織ちゃんにそれぞれ饅頭を渡した。

 「先日、道の駅で買った物です。よかったらどうぞ」
 「すみません。いただきます」
 「ありがとうございます、誠二さん」

 私たちはいつもファーストネームで呼び合っていた。
 そうしたのは洋子さんだった。
 最初は私も抵抗があったが、今ではそれがいいと思うようになった。
 渾名ではなく名前で呼び合う仲間。
 それは相手への信頼と敬意でもある。

 「じゃあお昼までのあと1時間半、がんばりましょう!」

 そしてみんなが立ち上がった時だった、三郎さんが突然倒れた。
 洋子さんは元看護師だった。すぐに三郎さんに駆け寄り声を掛け、心臓の音と呼吸を確認し、素早く脈を取り瞳孔を確認した。

 「大丈夫だとは思うけど、脈が弱いわね」
 「救急車を呼びますか?」
 「救急車では時間が掛かるから、私のクルマで一番近い病院に運びましょう」

 そして洋子さんは三郎さんの靴を脱がせ、ズボンのベルトを緩めて作業着のボタンを外した。
 その時、三郎さんの肌に入れ墨が彫られているのが少し見えた。
 だがそれを指摘する者は誰もいなかった。
 それは普段の三郎さんの人柄が、その事実を遥かに上回っていたからだと思う。
 三郎さんの過去がどうであろうと、我々仲間にはどうでもいいことだった。

 「私が運転しましょう。鍵はどこですか?」
 「玄関の柱に掛けてあるからお願い」
 「わかりました」

 すると洋介さんは母屋に駆けて行き、すぐにクルマのエンジンを掛け、みんなで三郎さんを後部座席に静かに乗せた。

 「取り敢えず私と洋介さんで行って来るから後はお願いね!」
 「わかりました」

 私と真一君、そして沙織ちゃんは洋子さんたちのクルマを見送ると、農作業を再開した。

 「三郎さん、何でもないといいですね?」
 「ああそうだね?」

 私は真一君に気のない返事をした。

 それはかつて医療従事者として勤務した経験のある洋子さんの表情が、ただ事ではないことを物語っていたからだった。
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