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第24話 父と娘
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ソフィアとアリス、そして優香の3人はプチ・トリアノン宮殿にいた。
「さっきの絢爛豪華なベルサイユ宮殿とは違って、小さな建物でしょう?
これがマリー・アントワネットが愛した場所よ。
農園もあって『王妃の村里』とも呼ばれていたの。
このプチ・トリアノンには王妃の許可なく立ち入ることは出来なかったそうよ、たとえそれが夫のルイ16世でもね」
「ベルサイユに比べたら小さいけど、なんか素敵な宮殿ね? 私はこっちの方が好きかな?」
「ここにはマリー・アントワネットや、その関係者たちの幽霊が出るそうよ」
「怖いから早く別なところに行こうよ。
私、そういうのダメなんだ」
優香が言った。
「本にもなっているのよ、『トリアノンの幽霊』というタイトルで。
イギリスの名門校の2人の女性教師、エリザベス・モリソンとフランシス・ラモントが観光でベルサイユを訪れた時のお話しをまとめた物なの。
マリー・アントワネットはこのトリアノンをとても気に入っていた。
バターとかも自分で作って、本当に気の合う数人しかここへは招待しなかったんですって。
私はマリー・アントワネットは嫌いじゃないわ。いいえ、寧ろ好き。
本当の彼女はそんな質素な暮らしに憧れていたんだと思う。
悲劇の王妃と善良な国王、ルイ16世。
ルイ16世はフランス革命にも理解があり、だからこそ弾圧も報復もしなかった。
皮肉なことに、あのギロチンの死刑執行人のシャルル・アンリ・サンソンは、ルイ16世を敬愛していたのよ。
だからとてもイヤな仕事だったはず。
当時、死刑囚に行われていた残虐な処刑を、少しでも和らげることが出来るようにと、ギロチンに改良を加えていたのもルイ16世自身だった。
アントワネットは断頭台に上がるまで毅然としていたらしいわ。
刑が執行される時、サンソンの靴を踏んで「お許しください、わざとではありませんから」と言った逸話は有名ね?」
そこの庭園に腰を降ろし、静かにスケッチをする、マリー・アントワネットがいるようだった。
「そろそろ帰りましょうか? マエストロご夫婦も戻っている頃でしょうから」
ホテルのエントランスホールで、談笑する五郎と晴美がいた。
「あらあなたたち、お帰りなさい。
どうだった? パリ観光は?」
「ソフィアさんにたくさん案内してもらっちゃった。しかも詳しい解説付きで」
「そう、ありがとうソフィアさん。
一緒にお食事でもいかが?」
「ありがとうございます。明日、大学での講義がありますので、今日はこれで失礼します。
ご家族水入らずでお楽しみ下さい」
「ソフィアさん、今日はどうもありがとう」
「とっても楽しかったわ。ありがとう、ソフィアさん」
「ソフィア、忙しいところ、すまなかったね? 私からも礼を言うよ」
「どういたしまして。マエストロのお役に立てて光栄です。
ではまた、今度はご馳走になりますからね?」
ソフィアは気を利かせて去って行った。
私たちはそのままホテルのレストランで夕食を囲んだ。
「ママたちはどこへ行ったの?」
優香が尋ねた。
「30年前に訪れた場所を見て来たわ。ミラボー橋とか。
昔と全然変わっていなかったわ」
「凄いねパリって? ミラボー橋ってどんなところ?」
「アポリネールが恋人、マリー・ローランサンを想って書いた詩の舞台になった橋よ」
「今度みんなで行こうよ、優香」
アリスが言った。
「うん、そうだね?」
私は彼女たちのそんな姿を見ながら、テリーヌを少しだけ口に入れ、それをワインで流し込んだ。
「あなた、何か食べないと。
食欲がないの?」
「大丈夫だ、いつも飲んでる時はあまり食べないから・・・」
私はまた「大丈夫」と言ってしまった。
アリスは黙っていた。それが私との約束だったからだ。
だが、その時、優香が少し強い口調で言った。
「何か食べなきゃダメだよ!」
私は驚いて優香の顔を見た。
優香が自分の体のことを本気で心配してくれたからだ。
晴美もアリスも驚いて優香を見ていた。
「何か少しでも食べないと、体力が持たないよ」
「ああ、そうだな」
私はすっかり冷めてしまった、ヒラメのポワレにナイフとフォークを入れた。
優香は私が食事をすることで、安心したようだった。
「もっと長生きしてもらわないと困るんだよ。私、もっと贅沢したいから」
「そうだな? もっともっとがんばらないとな?」
「そうだよ、もっともっと・・・、私たちを幸せにしてよ、死んじゃやだよ・・・」
優香の流した涙が優香の皿の上に落ちた。
「あーあ、お料理がしょっぱくなっちゃったじゃない」
晴美もアリスも泣いていた。
そしてもちろん私も。
私の罪は贖われたのだろうか?
私は酒を控え、ゆっくりと食事を続けた。
「さっきの絢爛豪華なベルサイユ宮殿とは違って、小さな建物でしょう?
これがマリー・アントワネットが愛した場所よ。
農園もあって『王妃の村里』とも呼ばれていたの。
このプチ・トリアノンには王妃の許可なく立ち入ることは出来なかったそうよ、たとえそれが夫のルイ16世でもね」
「ベルサイユに比べたら小さいけど、なんか素敵な宮殿ね? 私はこっちの方が好きかな?」
「ここにはマリー・アントワネットや、その関係者たちの幽霊が出るそうよ」
「怖いから早く別なところに行こうよ。
私、そういうのダメなんだ」
優香が言った。
「本にもなっているのよ、『トリアノンの幽霊』というタイトルで。
イギリスの名門校の2人の女性教師、エリザベス・モリソンとフランシス・ラモントが観光でベルサイユを訪れた時のお話しをまとめた物なの。
マリー・アントワネットはこのトリアノンをとても気に入っていた。
バターとかも自分で作って、本当に気の合う数人しかここへは招待しなかったんですって。
私はマリー・アントワネットは嫌いじゃないわ。いいえ、寧ろ好き。
本当の彼女はそんな質素な暮らしに憧れていたんだと思う。
悲劇の王妃と善良な国王、ルイ16世。
ルイ16世はフランス革命にも理解があり、だからこそ弾圧も報復もしなかった。
皮肉なことに、あのギロチンの死刑執行人のシャルル・アンリ・サンソンは、ルイ16世を敬愛していたのよ。
だからとてもイヤな仕事だったはず。
当時、死刑囚に行われていた残虐な処刑を、少しでも和らげることが出来るようにと、ギロチンに改良を加えていたのもルイ16世自身だった。
アントワネットは断頭台に上がるまで毅然としていたらしいわ。
刑が執行される時、サンソンの靴を踏んで「お許しください、わざとではありませんから」と言った逸話は有名ね?」
そこの庭園に腰を降ろし、静かにスケッチをする、マリー・アントワネットがいるようだった。
「そろそろ帰りましょうか? マエストロご夫婦も戻っている頃でしょうから」
ホテルのエントランスホールで、談笑する五郎と晴美がいた。
「あらあなたたち、お帰りなさい。
どうだった? パリ観光は?」
「ソフィアさんにたくさん案内してもらっちゃった。しかも詳しい解説付きで」
「そう、ありがとうソフィアさん。
一緒にお食事でもいかが?」
「ありがとうございます。明日、大学での講義がありますので、今日はこれで失礼します。
ご家族水入らずでお楽しみ下さい」
「ソフィアさん、今日はどうもありがとう」
「とっても楽しかったわ。ありがとう、ソフィアさん」
「ソフィア、忙しいところ、すまなかったね? 私からも礼を言うよ」
「どういたしまして。マエストロのお役に立てて光栄です。
ではまた、今度はご馳走になりますからね?」
ソフィアは気を利かせて去って行った。
私たちはそのままホテルのレストランで夕食を囲んだ。
「ママたちはどこへ行ったの?」
優香が尋ねた。
「30年前に訪れた場所を見て来たわ。ミラボー橋とか。
昔と全然変わっていなかったわ」
「凄いねパリって? ミラボー橋ってどんなところ?」
「アポリネールが恋人、マリー・ローランサンを想って書いた詩の舞台になった橋よ」
「今度みんなで行こうよ、優香」
アリスが言った。
「うん、そうだね?」
私は彼女たちのそんな姿を見ながら、テリーヌを少しだけ口に入れ、それをワインで流し込んだ。
「あなた、何か食べないと。
食欲がないの?」
「大丈夫だ、いつも飲んでる時はあまり食べないから・・・」
私はまた「大丈夫」と言ってしまった。
アリスは黙っていた。それが私との約束だったからだ。
だが、その時、優香が少し強い口調で言った。
「何か食べなきゃダメだよ!」
私は驚いて優香の顔を見た。
優香が自分の体のことを本気で心配してくれたからだ。
晴美もアリスも驚いて優香を見ていた。
「何か少しでも食べないと、体力が持たないよ」
「ああ、そうだな」
私はすっかり冷めてしまった、ヒラメのポワレにナイフとフォークを入れた。
優香は私が食事をすることで、安心したようだった。
「もっと長生きしてもらわないと困るんだよ。私、もっと贅沢したいから」
「そうだな? もっともっとがんばらないとな?」
「そうだよ、もっともっと・・・、私たちを幸せにしてよ、死んじゃやだよ・・・」
優香の流した涙が優香の皿の上に落ちた。
「あーあ、お料理がしょっぱくなっちゃったじゃない」
晴美もアリスも泣いていた。
そしてもちろん私も。
私の罪は贖われたのだろうか?
私は酒を控え、ゆっくりと食事を続けた。
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