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第39話
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一週間ほどのハワイのバカンスは、あっという間に過ぎて行った。
灼熱の太陽、爽やかな風に揺れるヤシの木。街を歩けば甘い花の香りが漂い、夜になると街中が宝石のように輝き出す。聴こえて来るスチールギターが奏でるハワイアン。最高の気分だった。
船乗りには免税特権があり、酒やタバコは安く手に入る。
私たちは珍しい洋酒やタバコを買い漁り、自慢し合った。
当時はまだジョニ黒やレミーのVSOPがもてはやされていた時代だったが、ハワイではカミュ・ブックやヘネシーのラーセンシップ、XOランタンなど、様々な高級酒が売られていた。
私が一番気に入ったのはボルツ・バレリーナだった。
透明な瓶のリキュールの中にバレリーナの人形が入っており、瓶の底にあるネジを巻くとバレリーナがオルゴールの音に合わせて回転し、中に封じ込められた金箔が雪のように舞うのである。私はその光景に酔いしれた。
ただし、タバコはみんな、日本のタバコの方が旨いと言っていた。
色々な土産を買った。ハワイの空気の缶詰、ボールペンに女性の写真があり、傾けると服が消え、ヌードになったり、樽に入った人形の樽を上にずらすと、人形のペニスが飛び出す物もあった。
職員さんからは「あんまりポルノ的な物は税関で没収されるから気をつけろよ」と注意された。
鰻の皮で作った財布や瓶に詰められた砂アートなどもあった。
ハワイの地ビール、コナ・コーヒーやドールのパイナップルの缶詰、『天狗』のビーフジャーキーなども買った。
ビーフジャーキーは黄色の認証マークのある物以外は日本では動植物検疫に引っ掛かるので陸揚げが出来ないと教えられた。
ポルノ雑誌等は当然厳禁だった。運輸省航海訓練所の実習生がポルノ雑誌などはもっての他だ。
日本の税関はすこぶる優秀であり、すぐに見つかってしまうらしい。それは教官たちから厳命された。
我々は国費で航海訓練を受けている身だからだ。
また1ヶ月も掛けて日本に帰るのかと思うと憂鬱になった。
命賭けの帆船実習がまた始まった。
入港はワクワクするが、出港は寂しく、不安にもなる。海の恐ろしさを十分学べば尚更だった。
毎日様々な訓練や実習、難解な講義が続いた。
途中、南鳥島や硫黄島を通過した。当時はこれらの島には米軍と自衛隊も駐留していたが、激戦地で亡くなった日本兵たちの亡霊に悩まされているという話を聞いたことがある。後にクリント・イーストウッドが監督をした映画、『硫黄島からの手紙』を映画館で見た時は、背筋が凍る思いがした。
硫黄島は遠くから見ても不気味だった。私たちはそんな戦争を、既に昔の話として片付けてしまっている。
この頃になると東海ラジオが聴こえるようになり、いよいよ日本に近づいているんだという実感が湧いて来た。
やがて本船は石廊崎や観音崎をレーダーに捉え、海上保安庁の東京マーチスの航路管制に従い、浦賀水道、中之作航路へと進入し、東京の晴海埠頭に帰港した。
接岸すると運輸省の関係者たちが本船に乗り込んで来て、訓練所の所長だったか? 実習生は後部デッキに集められ、訓示があった。
「うん、みんないい顔になって戻って来たな?」
そう言って褒めてくれた。本来なら「無事に帰港出来ておめでとう」となるのだろうが、機関員の行方不明事件もあったのでそれには触れなかった。
その機関員の奥さんらしき人が、小学生くらいの娘さんたちを伴い、職員への労いであろうか、幾つものイチゴの箱を本船に差し入れていた。
今でもその母子の寂しそうな後ろ姿は忘れることが出来ない。
遺体もなく死ぬ、それは船乗りの宿命なのだと知った。
接岸作業も終了し、一息ついていると船内放送があった。
「ピピーッ 菊池学生、菊池学生、お電話です」
(電話? まだ入港したばかりなのに誰だろう?)
嫌な予感がした。
「菊池、電話なんてどうしたんだ?」
私は走って船舶電話へと向かった。
「もしもし」
「菊池君? 私、〇〇よ」
それは中学の時の同級生の女の子だった。別に付き合った訳ではないが、実習に行く前にクラス会があり、帆船日本丸でハワイに行くことは告げていた。
彼女は東京で働いていた。
「今、帰国したばかりなんだよ。よくわかったな?」
「学校に電話していつ日本に帰って来るか訊いたのよ。お船にお邪魔してもいい?」
彼女はすぐにタクシーを飛ばして本船にやって来た。
私は彼女に船内を案内して回った。仲間たちからはかなり冷やかされた。
「よっぽど菊池に惚れてるんだな? あはははは」
「凄えな菊池」
その日は外泊が許されていたので、私は彼女と東京へ食事に出掛けることにした。
灼熱の太陽、爽やかな風に揺れるヤシの木。街を歩けば甘い花の香りが漂い、夜になると街中が宝石のように輝き出す。聴こえて来るスチールギターが奏でるハワイアン。最高の気分だった。
船乗りには免税特権があり、酒やタバコは安く手に入る。
私たちは珍しい洋酒やタバコを買い漁り、自慢し合った。
当時はまだジョニ黒やレミーのVSOPがもてはやされていた時代だったが、ハワイではカミュ・ブックやヘネシーのラーセンシップ、XOランタンなど、様々な高級酒が売られていた。
私が一番気に入ったのはボルツ・バレリーナだった。
透明な瓶のリキュールの中にバレリーナの人形が入っており、瓶の底にあるネジを巻くとバレリーナがオルゴールの音に合わせて回転し、中に封じ込められた金箔が雪のように舞うのである。私はその光景に酔いしれた。
ただし、タバコはみんな、日本のタバコの方が旨いと言っていた。
色々な土産を買った。ハワイの空気の缶詰、ボールペンに女性の写真があり、傾けると服が消え、ヌードになったり、樽に入った人形の樽を上にずらすと、人形のペニスが飛び出す物もあった。
職員さんからは「あんまりポルノ的な物は税関で没収されるから気をつけろよ」と注意された。
鰻の皮で作った財布や瓶に詰められた砂アートなどもあった。
ハワイの地ビール、コナ・コーヒーやドールのパイナップルの缶詰、『天狗』のビーフジャーキーなども買った。
ビーフジャーキーは黄色の認証マークのある物以外は日本では動植物検疫に引っ掛かるので陸揚げが出来ないと教えられた。
ポルノ雑誌等は当然厳禁だった。運輸省航海訓練所の実習生がポルノ雑誌などはもっての他だ。
日本の税関はすこぶる優秀であり、すぐに見つかってしまうらしい。それは教官たちから厳命された。
我々は国費で航海訓練を受けている身だからだ。
また1ヶ月も掛けて日本に帰るのかと思うと憂鬱になった。
命賭けの帆船実習がまた始まった。
入港はワクワクするが、出港は寂しく、不安にもなる。海の恐ろしさを十分学べば尚更だった。
毎日様々な訓練や実習、難解な講義が続いた。
途中、南鳥島や硫黄島を通過した。当時はこれらの島には米軍と自衛隊も駐留していたが、激戦地で亡くなった日本兵たちの亡霊に悩まされているという話を聞いたことがある。後にクリント・イーストウッドが監督をした映画、『硫黄島からの手紙』を映画館で見た時は、背筋が凍る思いがした。
硫黄島は遠くから見ても不気味だった。私たちはそんな戦争を、既に昔の話として片付けてしまっている。
この頃になると東海ラジオが聴こえるようになり、いよいよ日本に近づいているんだという実感が湧いて来た。
やがて本船は石廊崎や観音崎をレーダーに捉え、海上保安庁の東京マーチスの航路管制に従い、浦賀水道、中之作航路へと進入し、東京の晴海埠頭に帰港した。
接岸すると運輸省の関係者たちが本船に乗り込んで来て、訓練所の所長だったか? 実習生は後部デッキに集められ、訓示があった。
「うん、みんないい顔になって戻って来たな?」
そう言って褒めてくれた。本来なら「無事に帰港出来ておめでとう」となるのだろうが、機関員の行方不明事件もあったのでそれには触れなかった。
その機関員の奥さんらしき人が、小学生くらいの娘さんたちを伴い、職員への労いであろうか、幾つものイチゴの箱を本船に差し入れていた。
今でもその母子の寂しそうな後ろ姿は忘れることが出来ない。
遺体もなく死ぬ、それは船乗りの宿命なのだと知った。
接岸作業も終了し、一息ついていると船内放送があった。
「ピピーッ 菊池学生、菊池学生、お電話です」
(電話? まだ入港したばかりなのに誰だろう?)
嫌な予感がした。
「菊池、電話なんてどうしたんだ?」
私は走って船舶電話へと向かった。
「もしもし」
「菊池君? 私、〇〇よ」
それは中学の時の同級生の女の子だった。別に付き合った訳ではないが、実習に行く前にクラス会があり、帆船日本丸でハワイに行くことは告げていた。
彼女は東京で働いていた。
「今、帰国したばかりなんだよ。よくわかったな?」
「学校に電話していつ日本に帰って来るか訊いたのよ。お船にお邪魔してもいい?」
彼女はすぐにタクシーを飛ばして本船にやって来た。
私は彼女に船内を案内して回った。仲間たちからはかなり冷やかされた。
「よっぽど菊池に惚れてるんだな? あはははは」
「凄えな菊池」
その日は外泊が許されていたので、私は彼女と東京へ食事に出掛けることにした。
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