★未完成交響曲

菊池昭仁

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第32話

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 帆船・日本丸は神戸港の客船ターミナルへ接岸した。
 多くの見物客の中に、笑顔で大きく手を振る、ひときわ美しく輝いている人、そう、松下奈緒さん似の彼女がいた。

 「菊池さーん!」

 入港作業が終わり、私は帆船・日本丸のアコモデーション・ラダーを駆け下り、彼女もターミナルから駆け下りて来た。
 まるで外国映画のように。

 そこで私たちはみんなの見ている前で抱き合い、キスを交わす筈だった・・・。

 「お帰りなさい菊池さん。紹介します、彼です」
 「初めまして・・・」

 私の恋はあっけなくFinとなってしまった。
 その日の夜はみんなで三宮に飲みに出掛け、私は三宮のディスコ、『スーパーステーション』で酒をがぶ飲みし、踊り狂った。
 フラれる度に学んだ。

     女はカネと同じだ 追えば逃げてゆく
     女もカネも 寄ってくる男にならないと駄目だ

 
 
 本船は神戸港を出港し、次の寄港地、宮城県の石巻港へと向かった。


 石巻港でも一般公開を行い、仙台から父の姉夫婦が私に会いに来てくれた。
 叔父は仙台の大きな郵便局長を定年退職し、隠居をしていた。独り息子の従兄弟は仙台一高から早稲田の法学部に進んだ秀才である。
 父の話だと叔父は戦時中、海軍経理学校を出て、海軍主計中尉で終戦を迎えたと言っていた。
 叔父は懐かしそうに本船を見学し、帰り際私に小遣いをくれた。

 石巻港の近くには航空自衛隊、松島航空基地もあり、ブルーインパルスの基地でもあった。
 タクシーの運転手さんが仲間と飲みに行く時、松島航空基地を通り、解説してくれた。

 
 色んな港で女と歩いている私を見て、大島商船高専の悪友は、

 「菊池、お前、どの港に行っても女がおるのお?
 よほどええチ◯コを持っておるんじゃのう?」
 「あはははは いつも見て知っとるくせに、この野郎」

 私たちは運命共同体である。同じメシを食べ、同じ風呂に入り、同じキャビンで寝る。
 私は彼に、毎回フラれていることは言わなかった。



 連日厳しい訓練が続いた。帆船実習は過酷である。気を抜けば大怪我をしたり命を落とすこともある。
 そして仲間を危険に晒すことにもなるからだ。
 常に人員確認と安全確認の繰り返しである。

 「総員6名、現在6名。異常なし!」

 航海中に総員が揃わないということは海中転落が想定されるからだ。

 膨大な暗記と計算問題と様々な実習。灯台や地表物標によるジャイロコンパスやレーダーを使った地文航法、太陽や星を観測し、複雑な台数幾何学、微積分等を駆使した天文航法の実習、各種航海計器の使用法や航海法規、運用、操船術に関する講義、実習。及びそのテストやレポートの提出で毎日がヘトヘトだった。

 そんな中、毎日のように酒を飲み、思い出話しに花を咲かせた。
 面白いもので、船内での会話は主に関西弁と広島弁のハイブリッドになる。
 それは西の人間の明るさと強引さ、そして話し易さと親しみ易さがあるからだ。
 私たちは誰隔てなく、呼び捨てで仲良くなった。

 
 10月に、北海道の小樽港へ寄稿することになった。
 10月下旬ではあったが、もう雪がちらついていた。
 毎朝の課業は掃除から始まる。タンツーというオークのデッキ材を裸足になり、「ワッショイ、ワッショイ」と掛け声を掛けさせられながら腰を落として椰子の実を半分にした物で甲板を磨く。
 裸足は寒さに堪えた。
 これは非常に重要な作業であり、海水がデッキ材に掛かるとヌメリ等が生じ、船内を走り回るクルーにとってはとても危険だからである。
 

 小樽は寿司が旨いということで、みんなで寿司屋に出掛けた。
 北海道や東北の寿司はおにぎりのように寿司がデカい。私たちは久しぶりの寿司を堪能した。

 小樽では遠足もプログラムされており、鰊御殿やリスのいる森林公園など、様々な場所を観光バズで訪れた。


 夜、小樽の街で飲もうと私たちはタクシーに分乗して街へと向かった。
 吹雪になって来て、道路にみるみる雪が積もってゆく。


 「運転手さん、スナックでいいところある?」

 すると、趣のある古いスナックへと案内してくれた。
 気立てのいいママとスタッフさんたち。

 「俺たち帆船・日本丸に乗っているんですよ」
 「そうかい? それならこれを飲みな。「日本丸の連中が来たら飲ませてやってくれ」ってボトルを入れて行ってくれたから」

 これが船乗りの心意気というものだと感激した。
 私たちは美味しくその酒をいただいた。


 次の港は函館港だった。
 私たちは帆船・日本丸にすっかり馴染んでいた。
 
     
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