★未完成交響曲

菊池昭仁

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第31話

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 本船は瀬戸内海へと入った。瀬戸内海は船も漁船も多い。故に航路が設定されている。
 明石海峡航路、備讃瀬戸東航路、水島航路、宇高東、西航路、備讃瀬戸北、南航路、来島海峡航路がそれだ。
 「鳴門の渦潮」は有名だが、瀬戸内海では潮が早く流れも変わる為、あちらこちらで渦が出来ている。
 船は大きく舵を持って行かれる。来島海峡や関門海峡は世界的航路の難所でもある。

 海図を見ると関門海峡の近くに「巌流島」があった。
 あの宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した島だ。
 よくこんな潮の早いところを小舟で島に渡ったと思った。
 「遅いぞ武蔵!」とは、舟が潮で流されてのであろうか?
 「小次郎、敗れたり」


 関門海峡の瀬戸大橋を通過した。高さ50メートルの帆船・日本丸でも通過出来る大きな橋だ。
 オーストラリアのシドニーの港の橋の設計者は「世界のいかなる船をも通過可能な橋である」と豪語したが、帆船・日本丸はその橋を通過することが出来ず、その設計者は責任を痛感して自殺したと聞いたことが、真偽のほどは定かではない。
 

 途中、港のイベントに参加するために門司港に寄港した。
 半舷上陸(キャビンの右舷と左舷が交代で上陸すること)が許可され、飲みに出掛けた。
 
 小倉生で玄界灘育ち・・・。『無法松の一生』村田英雄のヒット曲である。
 流石は筑豊炭田と玄界灘の人たち、気性が荒く豪快だ。
 初めて本場のとんこつラーメンを食べた。美味かった。
 博多駅で辛子明太子を買った。
 本船に戻り、みんなで辛子明太子を肴に酒盛りをした。
 あまりの旨さにすぐに辛子明太子はなくなってしまった。関東で売られいる物とは大違いだった。


 いよいよ長崎に向けて出港である。
 同じキャビンの広島商船高専のダチが、「長崎に活水女子短大があるそうなんよ、先輩からコンパを申し込めと言われておるんやがどないする?」
 「船舶電話で連絡するのか?」
 「そうするしかないやろう? 航海中やからな?」

 早速先輩から教えてもらったという女子寮に電話を掛けた。
 帆船・日本丸には船舶公衆電話が備えられていたが、百円硬貨しか使えない。電話代が非常に高くなるのである。
 3対3でのコンパの約束を取ることが出来た。
 そこで我々イケメン・トリオ(笑)も下心丸出しでコンパに出掛けることになった。
 他のふたりは田中健と西島秀俊に似た奴だった。

 
 長崎では出島に接岸することになっていたが、歴史で習った扇形のイメージしかなかった私にはどうやって接岸するのか疑問だった。

 意外にも長崎への航路は複雑だった。
 1500年代に初めて長崎を訪れたポルトガル船はよくこんな航路を帆船でやって来れたものだと感心した。
 海図もない時代、到底一度では辿り着けなかったはずだ。


 長崎港は近代的な港だった。すこぶる船も多く、大きな造船所もあった。
 出島は名前が残っているだけで大きな岸壁だった。
 長崎は低緯度にあるため、干満の差がその時は5m以上もあったと記憶している。

 
 長崎出身の実習生もいて、その彼女も本船にやって来た。
 年上の彼女さんでOLをされていることもあり、私たち悪友3人も長崎ちゃんぽんの有名店に連れて行ってもらい、ご馳走してくれた。
 とても美味しい長崎ちゃんぽんだった。
 驚いたことにタバコを吸って一服すると、ラーメン丼ぶりにゼラチンの膜が張り、箸を差し入れて持ち上げると半月になるほどしっかりした膜が出来ていた。

 その後、私たちはダチと彼女さんと別れ、グラバー邸などを観光して歩いた。
 そして夜は遂にコンパである。めかし込んで待ち合わせの居酒屋へと出掛けて行った。

 アポイントを取ったのは広島商船の奴だったが、いつの間にか私がコンパ・リーダーにされてしまった。
 女短のリーダーも凄くキレイな女の子だった。ショートカットのロックバンドのTHE MODSが好きな女の子だった。
 我々は自然とカップルにまとまった。

 かなり盛り上がり、彼女たちの提案で長崎の1,000万ドルの夜景を見に行くことになり、ロープウェイのある稲佐山へと歩き出した。
 
 どんどん明かりがなくなり、暗くなって行く。
 私たちはキスするタイミングにワクワクしていた。

 ところがである、その日は生憎ロープウェイは休みだった。
 仕方なく我々は再び「明るい」街へと戻ることになった。

 いつのまにか私たちは各々三組に別れ、デートが始まった。
 私は彼女にオランダ坂を案内された。
 港の夜景が美しいロマンチックな場所だった。

 (いきなりキスというのもなあ)

 と好青年ぶった私は彼女に言った。

 「腕を組んでもらってもいい?」

 彼女は私と快く腕を組んでくれた。オッパイが腕に当たった。
 
 (よし、このまま次の展開に)

 と思ったが当時はまだうぶだった私はカッコをつけてしまった。

 「明日、長崎の街を案内してくれないかな?」
 「いいよ。それじゃ明日、船に迎えに行くね?」


 だが翌日の彼女は別人のように冷たかった。
 並んで撮ってもらった写真を神戸で現像したら彼女は笑っていなかった。

 長崎で手紙を書いたが返事はいつまで待っても日本丸には来なかった。
 他のふたりの文通は続いているようだった。

 私は常に前向きな男である。

 (まあいいや、神戸には松下奈緒が待っているから)

 と、すでに心は神戸にあった。
 この頃から私は浮気者だったわけで、結婚には向かないわけである。
 
 
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