★未完成交響曲

菊池昭仁

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第16話

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 2年生になると、ブラスバンド部は金賞の常連校になっていた。
 あの弱小だったブラバンは、小学校での合奏や合唱の経験者、ピアノやエレクトーンを習っていたという新入部員たちも加わり、顧問の大瀧先生の的確な指導により、さらにレベルが上がったからだ。

 演奏する曲目も難度の高い曲目になり、『聖火と祭』『ディスコ・キッド』など、レパートリーは次第に増えていった。

 『ディスコ・キッド』は当時流行していたディスコ・ミュージックを吹奏楽用にアレンジしたもので、つん裂くようなピッコロから始まり、それにドラムセッションのタムタムの軽快なリズムが聴衆はもちろん、演奏している我々をも魅了した。

 『聖火と祭』は私たちトランペットが主役だった。
 スネアドラムを担当していた女子が、

 「菊池君たちのトランペットのファンファーレがあまりにも息がびったりで、思わずドラムを叩くのが遅れちゃったわ」

 と笑っていた。


 会津若松市民会館での吹奏楽コンクールでは、大太鼓やティンパニー、銅鑼、チューバなどの大型楽器をリヤカーに積んで演奏会場まで運んだ。
 それが当たり前の時代だった。
 
 中体連の野球部の応援にも駆り出された。
 真夏の炎天下で高校野球のブラスバンド部が演奏しているが、あれはかなりキツイ。
 定番の『巨人の星』やピンクレディなどを部長が編曲して、唇の感覚がなくなるまでトランペットを吹き続けたものだ。
 高校に入ってもブラバンを続けて、アルバイトでカネを稼いでヤマハのプロモデル、銀メッキのトランペットを買うのが私の夢だった。
 そのトランペットを磐城高校の人が吹いていて、その美しくやわらかな音色に私は驚いた。

 「それ、いくらするんですか?」
 
 と訊くと、

 「30万。バイトして買ったんだ」

 とその高校生は答えた。
 音楽は技術が向上すれば後はいい楽器で演奏するしかない。
 特にバイオリンなどがそうだ。
 10万円のバイオリンより、数億円もするストラディバリオスで演奏するのはバイオリニストの夢だ。
 
 全国大会で金賞を取るような学校は、練習で使う楽器と本番で使う楽器が違うという学校もあった。

 音楽をやるにはカネが掛かる。
 音大を受験するにはその大学の実力者に毎週個人レッスンに通わなければならないという。
 音大受験を目指している同級生からそんな話を聞いた。
 音楽はある意味「金持ちの道楽」であることは否めない。
 だが私はそんな音楽の虜になってしまっていた。


 そんな時、三者面談があり、めずらしく父がやって来た。
 面談内容は今後の進路についてだった。

 「お父さん、息子さんは当然会津高校から大学進学ということになりますよね?」
 「いえ、息子は大学には行かせません」

 私は「眼の前が真っ暗になる」とはこういうことを言うんだと思った。
 大学に行って植物学者になり、同時に絵本作家になるのが私の夢だったからだ。

 「それでは若松商業はどうでしょう? 息子さんなら一番でいられるでしょうから、将来的に就職も、日銀に学校推薦がもらえるようですから」

 私のことを快く思っていないこの担任は、

 (ざまあみろ)

 という顔で私を見ていたのを私は今も忘れてはいない。
 「高卒で日銀に入ってどうするんだ」と、私は無神経なその担任を睨みつけた。
 学年で1番、2番を争っていた私が高卒? 私は酷く落胆し、父親を恨んだ。
 私の志望校は若松商業高校の情報処理科になった。
 今までの努力はすべて水泡に帰した。

 進学校を受験するクラスメイトたちは歓喜した。

 「それじゃあ会津高校は受けないんだね?」
 「どこの高校にするの?」

 私は必ず金持ちになってコイツらを見返してやりたいと思った。


 学校の掲示板に自衛隊工科学校、東電学園、そして富山商船高専の募集ポスターが貼られていた。
 初めは自衛隊を考えたが友だちから反対された。
 
 「自衛隊に行ってどうするんだ?」と。

 自衛隊と東電学園は給料を貰いながら勉強が出来た。
 それは魅力だった。カネが欲しかったからだ。

 地元の高校に行きたくなかった私は、高専という選択肢があることを知った。
 福島工業高専に行く気はなかったが、東京都立航空高専には興味があった。
 だが東京で下宿生活をするような資金的余裕はなかった。
 富山商船高専は全寮制で学費も高校よりもはるかに安かった。
 別に船乗りに憧れたわけではない。ただ我が子を大学にもやれない親と一緒に暮らすのが嫌だった。
 私は何も考えず、富山商船高専を受験することを決めた。

 
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