★未完成交響曲

菊池昭仁

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第7話

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 マセガキだった。
 
 幼稚園の時、会津から新婚旅行にやって来た、母の妹に幼稚園まで送ってもらった時、大好きだったヤヨイ先生に私はこう言い放った。

 「先生、ケイコおばちゃんは田舎から来たので何も知りません。よろしくおねがいします!」

 ヤヨイ先生は岩手出身の保育士で、父と同郷だったこともあり、ヤキモチ焼きの母はあまり良く思ってはいなかった。

 叔母は大きく口を開けて笑っていた。

 母と、それに合わせて田舎から出て来た祖母と、叔母の4人で東京見物に出掛けた。
 私のために上野動物園と水族館にも寄ってくれて、普段は絶対に買ってはもらえない、バットマンのお面と、光って音が出る光線銃のブリキのオモチャを買ってもらい、私はご満悦だった。


 ケイコおばちゃんからは「あっちん君」と呼ばれ、私を我が子のようにかわいがってくれた。
 私もケイコおばちゃんが大好きだった。

 ケイコおばちゃんは料理が上手で、母に内緒でよく私に小遣いをくれた。


 「ケイコがカレーを作ったから食べにおいでだって。
 行って来たら?」

 母にそう促されて私はよく叔母の家に従姉妹たちとカレーを食べに行った。


 「あっちん君、カレーはバーモントカレーとゴールデンカレーを混ぜて作るんだよ」

 と教えてもらい、私は早速母にそれをねだった。


 うちのカレーはいつもバーモントカレーのみだった。肉は豚のコマ肉。

 もっとも当時の家庭のカレーといえば、西城秀樹がコマーシャルをしていた、

    
    リンゴとハチミツとろ~り溶けてる♪


 のバーモントカレーが主流だった。



 私が高専の5年生になり、運輸省航海訓練所での乗船実習を控えていた時、叔母のご主人が突然他界した。
 心臓発作だった。

 朝、叔父は布団の中で冷たくなっていたという。

 警察の検死などがあり、かなり叔母は疑われたと言っていた。


 叔母と叔父のところには娘がふたりいたが、叔父は男の子が欲しかったようで、私をよく可愛がってくれた。
 
 小中学校の時、酔うと財布から千円札を取り出し、自分の娘たちや私たち甥や姪に小遣いをくれた。

 叔父は大変太っており、休みの日にはいつも昼間からチョコレートを齧りながらウイスキーをストレートで飲んでいた。
 叔父は水力発電所の技師をしていた。
 寡黙でやさしい叔父だった。

 叔父の実家は街で小さな駄菓子屋を営んでおり、貧しかったそうだ。

 高校は地元の工業高校へ進学したが、ずば抜けて成績が良く、担任の教師が家まで大学進学を勧めに来たほどだったと言う。

 「息子さんは大変優秀です! お母さん、是非彼を大学に行かせてあげて下さい!」

 だがその願いは聞き入れてもらえなかった。

 そんな叔父は酒を静かに飲みながら私を見つめ、

 「がんばれよ」

 といつも励ましてくれた。

 私はその叔父の境遇と自分の境遇を重ね合わせた。
 私も叔父と同じ境遇だったからだ。


 とても子煩悩な人で、本棚にはかなり難しい本が並んでいた。

 叔父に長女が生まれた時に購入したのか? 『エポック博士の育児論』とかいう分厚い本があった。


 それゆえ私もなるべく学費が安く、工学系の知識を学べる富山商船高専に進学した。
 別に航海士に憧れたわけではない。海も富山に行ってから見たに近い。

 貧乏な家から商業高校に通うのが屈辱だったからだ。
 
 本当は都立航空高専に行きたかったが、下宿代とか学費の面で断念した。

 富山商船高専は全寮制で、寮費は食費込みで13,000円程度だった。

 そうは言ってもそれなりに学費は掛かったはずだが、学校の入学説明会で、父は奨学金を申し込まなかった。

 「昭仁が卒業してから奨学金の返済をさせるのはかわいそうだから」

 母にはそう言っていたらしい。
 
 私は自分が親になって、それがどれだけ大変なことかを知った。
 

 「大学に行きたかったのに行けなかったのは家が貧乏だったからだ!」

 私はそう言って、よく親を詰ったことを反省した。
 親父らしいと思った。

 父も母も借金を嫌う人だったので、お金もなかったが借金もなかった。
 それゆえ家はずっと借家住まいで、クルマもなかった。


 卒業間近になって困ったのは、実習で必要な「小遣い」だった。

 乗船実習から帰って来た先輩からは、

 「最低100万はいるぞ」

 と言われ、私はそれを真に受け絶望した。

 母にそれを電話で話すと、

 「しょうがない。ケイコから借りてあげる」

 と、叔母に頼ることになった。
 叔母は快諾してくれたようだが、帰省した夜、母と叔母の家に向かった。
 玄関に行くと叔母に一度追い返された。


 「姉ちゃん、今、銀行さんが来ているから少し待っててな?」


 叔母は懇意にしている銀行員に100万円の現金を持って越させたのだった。

 夜、銀行員が帰るまで、母と近くのお寺の前でそれを待っている時、私はつくづく貧乏は嫌だと痛感した。


 三等航海士として就職して1年、帰国して私はすぐに叔母に100万円を返済した。

 叔母はとても喜んでくれた。

 「まさかこんなに早く、あっちん君がお金を返してくれるとは思わなかった」と。


 そんなケイコおばちゃんも他界してしまった。
 
 ありがとう、ケイコおばちゃん、叔父さん。
 私が卒業出来たのはあなたたちのおかげです。

 
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