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最終回

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 クロちゃんのパンダ号に乗って、ゴルゴ亀次郎がやって来た。
 

 「いやあ、さすがにクロ殿のパンダ号は早いのう。
 まるで洪水の時のナマケモノのようじゃ。実に素早い」
 「中古だよ中古。サファイア王女はケチだから」
 「誰がケチだって?」

 クロちゃんの耳を引っ張るサファイア。

 「痛い、痛い。ごめんよサファイア」
 「調子こいてんじゃねえぞコラ! この熊猫が!」
 「ごめんごめん、許して姫様~!」
 「今度言ったら剥製だかんな! 
 それでね? ゴルゴ亀次郎さん、呪って欲しいのはこのふたりなの。
 巨乳好きのオヤジ、レイモンド卿と、ニューハーフのビッチ、エメラルドよ」
 「ほほー、このお二人をですかな? 呪って欲しい相手とは?」

 その時だった。
 クロちゃんがゴルゴ亀次郎の後ろに立った時、亀次郎の甲羅から突然現れたバズーカ砲が火を噴いたのは。
 砲弾はわずかにクロちゃんをそれたが、あやうくクロちゃんが帽子か、剥製にされるところだった。

 「な、なんなんですか! いきなりバズーカなんて撃って!
 死んじゃいますよ! あぶないあぶない」
 「ワシの後ろに立つな。今度はその真っ黒い腹に、鯉のぼりみていな風穴が空くぜ」

 さすがはゴルゴ亀次郎、ゴルゴ13と同じだった。
 どうりで長生きするわけだ。

 「呪いをかける前に、この水晶玉を覗いてみなされ。
 それを見てもまだ呪いたければ呪いをかけて進ぜよう。
 報酬はワシのスイスバンクの口座へ支払って下され。
 報酬は1呪で100万ユーロ。ふたりだと200万ユーロじゃ。今なら呪いのキャンペーン期間中なので180万ユーロの10%オフじゃ」
 「わかったわ。それじゃあ覗いてみるわね?」

 水晶玉にはまず、レイモンドが映っていた。
 そこはどうやらアフリカのようだった。
 水汲みに片道10kmの道を、泥水を入れたかめを運ぶ子供たちの姿が見えた。
 そしてその子供たちのために井戸を掘り、新しい学校を造るために陣頭指揮を執っているレイモンド卿の姿があった。
 食料を配り、医療チームも派遣していた。
 そしてレイモンド男爵は小さな子供の手を握り、

 「負けるんじゃないぞ、どんなに苦しくてもな?
 その辛さがいつか必ずお前を強くしてくれる」
 「うん」
 
 レイモンドがそのアフリカの子供にチョコレートを渡そうとした時、シスターがそれを制止した。

 「その施しは争いを生みます。ここにいるすべての子供たちに行き渡るだけの物がなければ、そのチョコレートを渡すべきではありません」
 「すまなかったシスター、君の言う通りだ。
 でもな、だったらみんなで分け合えばいいんじゃないのかね?
 ひとりで全部を食べるのではなく、たとえひと欠片でもいい。
 みんなで分かち合う喜びを私はこの子たちに教えたいんだ」

 
 そして今度はエメラルドが映っていた。
 ベッドに横たわる、寝たきりのおばあさんの足を優しく摩っているエメラルド。

 「痛くないかい? おばあちゃん? 大丈夫? こんなに足が細くなっちゃって。
 ほらね? だんだん温かくなってきたでしょう?」
 「ありがとうよ、エメラルド。いつもすまないねえ」
 「桜が咲いたら車椅子でお花見に行こうね?
 私、お弁当作って来てあげるから」
 「早くお花見にならないかねえ」
 「もうすぐだよ、楽しみだね? おばあちゃん?」


 亀次郎が言った。


 「どうじゃな? 呪いをかけますかな? このおふたりに?」
 
 サファイアは泣いた。

 「ご、ごめんなさい・・・、私、私、何にも知らずにただ自分のことばかり考えていました。呪いなんてもう、いいです。
 私が間違っていました・・・」
 「人間はな? 欲望の塊なのじゃ。人に褒められたい、よく思われたい。あれも欲しい、これも欲しいとな?
 もっと、もっと、もっと、もっとと留まることを知らん。
 「足るを知る」つまり「もう十分いただいています」という感謝の気持ちを知らんのじゃ。
 この世には「当たり前」が溢れておる。
 だがな? それはけっして当たり前ではなく、「奇跡」なのじゃ。
 住む家があり、親しい仲間や家族がおる。
 ご飯が食べられて、勉強も出来る。
 お風呂にもたっぷりのお湯を張って浸かることが出来て、愛し合う恋人や配偶者もおる。
 そしてその素晴らしさを感じることが出来るのは、健康で、五体満足のカラダがあるからじゃ。
 病気をして体調がすぐれない時は、美味しいごちそうも食べる気がしないからのう。
 当たり前なんて何もないんじゃよ。
 水道の蛇口をひねれば直接水が飲める国がどれほどある? ワシは知らんよ、この国以外にはのう。 
 スイッチをつければ明かりが点く。そんな国も少ないものじゃ。
 医療や教育、介護など、他の国では殆どその恩恵がないのが実情じゃ。
 では社会保障の充実している国はどうじゃ? いいと思うかね?
 意外にも自殺者が多いんじゃよ。それはな? 「人から頼りにされるという生甲斐がない」からなんじゃ。
 よいかなサファイア王女。
 茶筒と同じなんじゃよ、人間は。
 横から見れば四角でも、上から見れば丸なのじゃから。
 ひとつのことばかり見ないで、全体を色々な角度から見ることじゃ。
 そして嫌なことばかりを探さず、良いところを探す努力をする。
 人間はすぐに「この人はこうゆう人間だ」というレッテルを貼りたがるからのう。
 その人の一面しか見ないで決めつけてしまうんじゃ。
 相手を好きか嫌いかで判断してしまう。
 それが相手にも伝わるものじゃよ。
 では、いつでも呪いたい時は言いなされ、ごきげんよう」

 ゴルゴ亀次郎は来た道をゆっくりと帰って行った。ノロノロと『のろい亀』らしく。



 その夜、男爵主催の舞踏会が開かれた。
 サファイアが椅子に座り、レイモンド男爵とエメラルドが踊っている姿を微笑ましく見ていると、

 「サファイア、僕と一緒に踊ってくれないか?」

 アンドレだった。
 
 「よろこんで!」

 ふたりのワルツはまるで薔薇のワルツのように艶やかに優雅だった。
 人々の視線はそんなふたりに釘付けとなり、ふたりのワルツはいつまでも続いていた。



 『男爵様 このわたくしを一体誰だと思っていらっしゃるのかしら? 泣く子も笑うサファイアですわよ』完

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