★ランブルフィッシュ

菊池昭仁

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第5話

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 朝の5時を過ぎると、自分が管理しているキャバクラの売上金を持って聖沢会長の元へ届ける。
 本社ビルの5階フロアが会長室になっており、聖沢の幼馴染で潰れた観光ホテルの総支配人だった村木がいつも会長と一緒にいた。村木には強盗を撃退する力はもうない、おそらく会長の引き出しには拳銃くらいは忍ばせているのかもしれない。
 故に村木は会長の話し相手という役割の方が大きいようだった。
 私はこの男が嫌いではなかった。それは俺に期待しているような眼差しと言葉を掛けてくれるからだった。
 村木は俺をねぎらってくれた。

 「ご苦労さん」
 「お疲れ様です、村木さん」

 俺は机に座っている会長に売上金とその売上伝票を渡した。
 現金袋を見て、聖沢は言った。

 「これだけか?」
 「はい」

 売上が少ない理由は明白だった。キャバクラとは名ばかりで『マジカル・くらぶ』はノーパン喫茶、『マジック』カラオケスナック、『ディーバ』は喫茶店の居抜きであり、内装はチープで、そして何より、女の子の質が劣っていたからだ。
 1時間飲み放題で4,000円。酒はレッドと鏡月だった。ミネラルウォーターではなく水道水をボトルに入れて出していた。客は別に旨い酒を飲みにやってくるのではない。女が目当てだから酒などどうでも良かった。
 バブルの頃ならいざ知らず、スナックに毛が生えたようなキャバクラに客は来ない。
 『マジカル・くらぶ』はメイド・キャバクラがコンセプトだった。フロアが鏡張りだったので、ティーバッグのパンティを履いて接客すると、一日500円の手当が付くが、誰もそれに乗るキャストはいない。
 三十路を過ぎたデブのリーダー、サキと新宿歌舞伎町の自称ナンバーワンだったというトークだけはまずまずのヤク中娘、レイと進学校推薦をされたほど学力優秀なミク、そしていつもリーダーのサキのウイッグを梳かされているレオ。  
 彼女は大手レコード会社のアニソンコンテストにも上位入賞するほどの歌姫だった。
 レオの歌声を初めて聴いた時、俺は鳥肌が立つほど彼女の歌に魅了された。
 正確な音程、リズム、そして伸びやかでブレのないロングトーン、完璧だった。
 彼女は親孝行であり、妹思いでもあった。
 妹を短大に進学させるために学費は彼女が援助していた。
 レオはアニソンファンのお客にも人気があり、毎週木曜日には埼玉で税理士事務所を経営している三木谷が新幹線に乗ってやって来る。三木谷は彼女のパトロンだった。
 60近いオヤジのくせにアニメ好きマイクを持つと離さない。しかも歌う曲は『セーラームーン』などのアニソンばかりで反吐が出る。

 年金が入ると店にやって来てカラオケで鳥羽一郎の『兄弟船』を歌って1時間で帰る、松五郎という爺さんがいた。
 三木谷がマイクを離さずに次々と曲を入れてゆく。

 「今日は帰るわ」

 松五郎がそう言って帰ろうとした時、私は松五郎を引き止めた。そして次の曲に『兄弟船』を割り込ませた。
 私は松五郎にマイクを渡した。

 「松五郎さん、お願いします」

 店内に微妙な空気が流れ、三木谷が俺を睨みつけた。

 松五郎は一曲だけそれを歌い終わると、俺に礼を言って帰って行った。
 その後三時間、三木谷のワンマンショーは続いた。

 キャバクラにカラオケなど最悪である。うるさくて話も出来ない。だがそこに聖沢の狙いがあった。
 ブスしかいないキャバクラに通わせるには女の子を触らせるしかない。つまりここは、キャバクラという名の「お触りパブ」だったのである。
 しかしその中で一人だけ、女優のように美しい、雪乃という女がいた。
 リーダーのサキの知り合いらしく、2,3ヶ月に一度だけ店に出てくれた。
 昼間は歯科助手をしていると言っていたが、どうやら彼氏と同棲しているらしい。
 不定期なので雪乃は「幻のナンバーワン・キャバ嬢」と呼ばれていた。
 非常に礼儀正しく、バレンタインには私にチョコの詰め合わせをくれた。
 後はその他大勢。そこら辺にいるスナックの女の子たちだった。


 「川村、売上を伸ばすにはどうすればいいと思う?」
 「いい女を入れることですか?」 
 「そうだ、お前女をスカウトして来い」
 「・・・」

 私は黙っていた。なぜならウチの店の報酬は他店よりも安かったからだ。
 時給1,500円の店にいい女など集まるはずがなかった。
 それは会長もわかっている。

 「その後には店に活気を出すことだ。女の子のモチベーションを上げろ。そのためには女の子から信頼されるマネージャーにならなければならねえ。信頼されるとはどういうことかわかるな? お前にはカネがない、カネがなければ誠実な態度で彼女たちに接することだ。汗だくになって毎日店の掃除をしろ。女の子たちはそんなお前を見ている。それが彼女たちの信頼を得る唯一の方法だ」

 
 私は言われた通り、店の鏡のフロアを這いつくばって磨き上げ、トイレ掃除も徹底してやった。
 それが会長へも報告されたようで、私は一週間でピンサロを卒業し、キャバクラの三店舗を任されることになった。
 ピンサロのスタッフたちからは慰留された。

 「忠ちゃん、キャバなんて行かないで、このままこっちにいればいいのに。聖沢会長に頼んであげようか?」
 「私もそう思うんですが、会長命令なのでやむを得ません。短い間でしたがお世話になりました」
 「いつでもまた遊びに来てね? 抜いてあげるから」
 「あはははは。ありがとうございます」

 私は営業部長という肩書をもらい、キャバの専属支配人となった。
 

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