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第2話 

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 結婚していた頃、木下は女房の実家で彼女の親と同居していた。

 結婚の許しを得るために、由紀子の両親に挨拶に訪れた時、

 「よかったわ、譲二さんみたいな人が由紀子といっしょになって、私たちと一緒に暮らしてくれるなんて」
 「将来はみんなで調剤薬局も出来るしな?
 私も由紀子も、そして譲二君も薬剤師だから」
 「これで生まれて来る子供がお医者さんになれば、開業も出来るわね?」


 本当は、義父たちは由紀子を医者にしたかった。
 事実、由紀子は成績も優秀で、いくつかの医学部も受験したがダメだった。

 浪人することも考えたそうだが、二次志望の薬学部へ進学したのだ。

 由紀子は今でもその時の挫折から這い上がれないままだった。


 「信じらんない! あんなんでよくドクターをやっているわ!
 患者さんを殺す気かしら?」

 由紀子はよくそんな愚痴を言っていた。



 
 酒も出たので、帰りは由紀子が家までクルマで送ってくれた。
 その帰りのクルマの中で由紀子が言った。

 「ごめんなさいね? 気を遣わせちゃって。
 でもうれしそうだったわ、うちの両親。
 あんなに楽しそうな親を見たのは久しぶりよ。
 ありがとう、譲二」
 「嫌われなくて良かったよ」
 「嫌うだなんてとんでもない。あなたは理想の婿殿で、私の理想のダーリンなんだから」

 由紀子は一人娘だったので、両親は跡継ぎが欲しかった。
 木下は次男でもあり、親の面倒を見る必要もない。

 由紀子の家は代々、医療畑の家系だった。
 義母たちは早速家をリフォームし、二世帯住宅仕様に改築して木下を歓迎した。

 愛娘まなむすめと孫と一緒に生活できる幸福。
 老後の介護の問題も安心だった。

 木下も由紀子と暮らせるならそれでいいと軽く考えていた。


 だが、娘の由佳ゆかが生まれてからは風向きが変わり始めた。
 両親の孫娘に対する執着は相当なものだった。

 「あなたたちは忙しいでしょうから、孫の由佳のことは私とお父さんでやるから大丈夫よ。
 安心してお仕事しなさいね。 
 由佳は絶対にお医者さんにしてみせるから」


 そして妻の由紀子も変わった。
 由佳が生まれて、私たち夫婦はキスどころか、肌を合わせることさえなくなった。


 「なあ、そろそろいいだろう?」
 「ダメよ、まだお父さんたちが起きているのよ。
 明日も早いし」

 
 木下と由紀子は次第に仮面夫婦になっていった。
 親の前や外では、仲の良い夫婦を演じていた。



 ある日、木下は溜まったストレスを吐き出すためにキャバクラで酒を飲み、ピンサロに寄って深夜に帰宅したことがあった。

 リビングで義父が一人で酒を飲んでいた。

 「今帰りかね? いい御身分だね? 俺たちになんでもやらせて」


 私は翌日、離婚届の用紙を役所に取りに行った。


 そしてその夜、由佳を寝かしつけた由紀子に離婚届を差し出して木下は言った。

 「離婚しよう」
 「何かのジョーク? どっきり?」
 「俺のところは記入しておいたから」
 「どうして? ワケわかんない!
 イヤよ、絶対。絶対に別れないから!
 何が気に入らないの? 私があなたの求めに応じないから?
 女のカラダはデリケートなの! 今はムリでもそのうち何とかなるわ、今度は男の子が欲しいし」
 「そうじゃないんだ。
 俺には結婚が向いていない、それがわかったんだ」

 由紀子は木下のパジャマのズボンを下すと、夢中でフェラチオを始めた。

 「やめてくれ、もういいんだ」
 「抱いて! 私を好きにしていいから!」
 「悪いが、もうお前を女として見られなくなったんだ。
 明日も早いだろう? おやすみ」

 由紀子はずっと泣いていた。
 木下は由紀子に背を向け、いつの間にか夢の中に落ちて行った。



 朝、みんなで朝食を食べている時、みそ汁を飲みながら義父が言った。

 「私はお前のような男、最初から娘の夫だとは思ったことはない。
 孫と娘は私たちが面倒をみる。だから出て行け、このクズ野郎」
 「私もあなたのことを義父だなんて思ったことはありませんでした。
 由紀子さんと由佳のこと、よろしくお願いします。
 私は競走馬の種牡馬ではないので」
 「言われなくてもわかっているわよ! この、人でなし!」

 それはいつもやさしい義母の言葉とは思えなかった。

 その日、木下はそんな「動物園の檻」から脱走した。

 
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