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最終話

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 『St.Elmo's Fire』で、マスターの冴島さんと高畠会長に結婚式の招待状を渡した。

 「結婚式を挙げることになりました。内輪だけの祝いですが、日頃お世話になっている方への御礼のご招待ですのでご祝儀は辞退いたします。よろしければおふたりにご臨席いただけると幸いです」
 「それはおめでとうございます。もちろん伺いますよ。何かお手伝いしましょうか?」
 「いえ、冴島さんはゲストとしておいで下さい。当日は私と千雪が接待しますので」
 「おめでとう。私も伺うよ。よかったね? 千雪さん」
 「会長、ありがとうございます。お忙しいのにすみません」
 「殆ど私が出る集まりは、仕方なく行くものばかりだよ。
 あなたたちの新しい門出だ。是非、出席させてもらうよ」
 「ありがとうございます高畠会長。畏れ入ります」

 
 三島と千雪が店を出ると、突然千雪が呼び止められた。
 気質かたぎとは思えない連中だった。

 「千雪じゃねえか? 久しぶりだな? 探したんだぜ、クスリも買いに来ねえしよお。
 随分といい女になったじゃねえか? 肌艶も良くなって。 うへへへ
 まあ立ち話も何だ。またお互い仲良くしようぜ。おい、クルマを持って来い」
 「へい」

 若い男がコインパーキングへ走って行った。
 千雪は酷く怯えていた。

 「もう私に付き纏わないで!」
 「もうシャブは止めたのか? やめられねえよなあ? あんないい物。
 楽しもうぜ? あの時みたいによお」
 「千雪、行こう」

 私が千雪の手を取ってその場を離れようとした時、手下の男に左頬を殴られた。

 「若の女に何しとるんじゃワレ!」
 
 もう一人が腹に膝蹴りをして私はうずくまってしまった。
 そこへ黒いベルファイヤーがやって来ると、その男は千雪をクルマへ乗せようとした。

 「止めて! 誰か助けて!」

 千雪が叫んだ。
 遂に私の封印が解かれた瞬間だった。
 私は般若の形相となり、向かいの工事現場から1mの単管パイプを拾い上げると、背後からそのヤクザの肩にパイプを思い切り振り下ろした。

 鎖骨が折れた感触があった。男が千雪の手を離した。
 千雪はすぐに私の後ろに隠れた。

 「死にてえのかコノヤロー!」
 「お前、『血虎会』に逆らうと東京湾に沈むことになるぜ!」

 一人の子分が隠し持っていた匕首あいくちを抜いた。
 
 「うわーーーーっつ!」

 私は叫びながらその男を滅多打ちにした。
 そして出て来た運転手の顔をパイプで殴りつけると、クルマのフロントガラスをパイプで叩き割り、子分から奪った匕首を取り上げ、クルマのタイヤを刺してパンクさせた。

 パトカーのサイレンが近づいて来た。
 だがもう私の彼らに対する殺意は止まらなかった。
 
 (殺せ! 殺せ! コイツラはお前の敵だ!)

 私の頭の中で呪文のように政府軍の将校、ロドリゲスの声が聞こえた。
 私はトドメを刺すため、千雪をクルマに押し込めようとした男に向き直ると、その男の脳天を鉄パイプで砕こうと振り上げた時、私の腕を止める者がいた。
 冴島だった。

 「三島先生、そいつは殺す価値もない奴ですよ」

 私はようやく我に戻った。
 警察が来たので3人のチンピラたちは逃げて行った。


 「どうしたんですか? 喧嘩していると110番通報が寄せられたもので」

 制服警官の一人が私たちに尋ねた。

 すると高畠会長が警官たちを諌めた。

 「チンピラたちに絡まれただけですよ。向こうへ走って逃げて行きました。
 このクルマを残して。銀座も物騒になったものです」
 「危害を加えられたり脅迫をされたり、お怪我はありませんでしたか?」
 「大丈夫です」

 冴島が言った。
 私たちは再び店に戻って行った。

 
 「三島先生って怒ると怖い人なんですね?」
 「冴島さんほどではありませんよ」
 「どこで格闘術を学ばれたんですか? あの身のこなし、判断力、そして殺意は武術ではなく、軍隊で教わるものです。以前、先生は自衛隊にいらした経験がおありですか?」
 「実戦で覚えました。
 今から10年前、2年ほど中米のニカラグアでの内戦を取材していた時に身につけさせられました。
 そしていつの間にか政府軍の兵士になっていました」
 「あの映画にもなった『復讐の白い航跡』ですね? 拝読させていただきました」
 「毎日ゲームのように人が殺され、殺していました。
 生き延びるために必死でした」

 冴島は私にワイルドターキーのロックを、そして千雪にはレモンスカッシュを作ってくれた。
 
 「そうでしたか? 取り敢えずこれでも飲んで落ち着いて下さい」
 「ありがとう。マスター」
 「ありがとうございます」
 「しばらくはここをうろつかん方がいい。銀座も質が落ちたものだ」

 高畠会長がそう言って私たちを心配してくれた。

 「はい。気をつけます」
 「でも千雪さんが無事で良かった。強いご主人を持って良かったですね? 頼りになる。
 ずっとあなたを守ってくれるでしょうな?」
 「あなたがヤクザをやっつけるなんてびっくりしちゃった」
 「俺もびっくりしたよ。結婚したらしばらく日本を離れよう。
 今まで俺たちは色々あったから、南の島でのんびりしようじゃないか?」
 「それがいい。人生には休息も必要だからな?」
 「そうですね? 休息は大切ですよね? 人間には」
 「私とマスターには中々休息はないがね?」
 「私と会長の休日は、死んでからになりますね?」
 「あはははは。そうだな?」
 


 結婚式の当日は、雲一つ無い、秋晴れの快晴だった。

 誓いの言葉と指輪の交換を終え、私と千雪はライスシャワーを浴びながらみんなの前を歩いていた。


 「死ねやーっ!」


 目出し帽を被った男が強い憎しみを込めてトカレフの全弾8発を撃ち尽くした。


 パンパン パンパン パン パン パンパン


 一瞬の出来事だった。
 そのうちの4発が私の胸と腹、腕と大腿部に命中した。
 すぐに冴島がその男を取り押さえた。

 「早く救急車を! そして警察に連絡して下さい! すぐに!」

 千雪が倒れた私を抱きしめた。


 「いやーーーーーーーっつ!」


 胸から噴水のように溢れ出る血を狂ったように抑える千雪。
 千雪のウエディングドレスが血で赤く染まって行った。血だらけの花嫁。

 私は仰向けで千雪に抱かれ、薄れて行く意識の中で空を見ていた。
 青い空にひとつの旅客機が飛行機雲を描いて飛んでいる。
 私は思わずユーミンの『ひこうき雲』を口ずさんだ。

 
 「白い♪ 坂道がー♪ 空までー♪ 続いていたー♪・・・」


 「慶ーーーーーーっつ!」


 晩秋の午後に教会の鐘が鳴り、白い鳩が飛んで行った。


                    『曼殊沙華』完

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