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第17話
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清彦の両親と初めてお会いした。
気に入られたようで安心した。
「はじめまして、園部早紀と申します」
「清彦から話は聞いていますよ。オペラ歌手をされているんですってね?
私もオペラが大好きなの。そのプリマドンナが清彦のお嫁さんになってくれるなんて夢みたい!」
予め清彦からそれを聞いていたので私も義母に話を合わせた。
「プリマではありません、ただのチョイ役です。
オペラの世界は私より凄い人が沢山いますから」
「でもイタリアにも留学していたんでしょう? 聴いてみたいわ、早紀さんのアリア」
「よろこんで」
「楽しみにしてるわね? 赤ちゃんは向こうで産むつもりなの?」
「まだわかりません。清彦さんとよく相談して決めようと思っています」
「そう。もし良かったら私がそっちに行ってお産のお手伝いをしてあげますからね、その時は遠慮なく言って頂戴」
「そんなこと言って、本当は母さんがアメリカに来たいだけだろう? 大学もアメリカだったから」
「うふっ。バレちゃった? でも早紀さんの役に立ちたいのは本当よ」
「ありがとうございます」
「まあ丈夫な孫を産んでくれ。それより結婚式だな? なるべく早い方がいいだろう?」
(デキ婚だから早い方がいいわよね? 親としては)
「式は考えていないんだ。ごく内輪だけでやるつもりだよ」
「まあそれもそうだな? 今はそういう時代だしな?」
義父は明らかにホッとしている様子だった。
何しろ私たちは二度目の結婚である。招待客にもそれなりに気を遣わなくてはならない。
結婚式の件は私を慮ってのことだった。
「我儘言ってごめん。父さん母さん」
「お前たちの好きなようにしなさい。俺たちはそれに協力するよ」
「取り敢えず籍だけは早く入れなさいよ」
「うん、そのつもりだよ」
「私たちもまたお爺ちゃんお婆ちゃんね? あなた」
「人生は早いもんだな?」
清彦には前の奥さんとの間に娘さんがいたが、もちろん義母はそれには触れなかった。
帰りのタクシーの中で清彦に言った。
「素敵なご両親ね?」
「息子の俺は今でも親の脛齧りの放蕩息子だけどね?」
「そんなことはないわ。清彦は立派なピアニストだもん」
「ありがとう早紀。俺、ニューヨークで頑張ってみるよ、早紀とこの子のために」
「私も頑張って丈夫な赤ちゃんを産むね?」
「お互いに頑張ろうな? 早紀」
「うん」
その日も葉瑠子は店に来ていた。
「父から聞いたわ。早紀と結婚するんですってね?」
「まさか君のお父さんと俺の親父が知り合いだとは思わなかったよ」
「これもまた運命かもよ? ねえ、ちょっとお食事しない? 食事だけでいいから」
「君とふたりで食事をする理由がないよ」
「あなたにはなくても少なくとも私にはあるわ。あなたのことが好きだから」
「悪いが俺には早紀がいる、だから俺にはもう付き纏わないでくれ」
「あら、あなたのお父上からはお許しはいただいているわよ。食事くらいならって」
「親父が?」
「いいじゃないの食事くらい。お父様の顔を立ててあげなさいよ」
「じゃあこれが最後だと約束してくれ」
「わかっているわよそんなこと」
左近寺は仕方なく、葉瑠子との食事を承諾した。
食事に向かうタクシーの中で、葉瑠子が急に苦しみ出した。
「大丈夫か? 病院に行った方がいいんじゃないか?」
「大丈夫、いつものことだから。ちょっと横になれば治るわ。
運転手さん、ここで停めて下さい」
そこはラブホテルの前だった。
「早く病院に行った方がいいよ」
「大丈夫、少し横になれば収まるから、いつもの発作なの」
タクシーを降りた葉瑠子はふらつく足取りでホテルへと入って行った。
心配になった左近寺は、葉瑠子の後を止むなくついて行った。
ホテルの部屋に入るなり、葉瑠子がいきなりキスをして来た。
だがそれはとてもチカラのないキスだった。
「やめろ! とにかく横になれ」
「仮病だと思った? 仮病じゃないわよ、私、心筋梗塞なの。いつ死ぬかわからない、本当よ」
葉瑠子はバッグの中からタブレットケースを取り出して左近寺に見せた。
「余命半年なんて笑っちゃうわよね? まだやりたいことが沢山あるのにバカみたい」
「余命半年ってなんだよ」
「とにかく私には時間がないの。だからお願い、今日だけでいいの、私に思い出を頂戴。
それから病気のことは早紀には言わないで。あの子、あれでも私の友だちだから、心配掛けたくないの」
「・・・」
葉瑠子は左近寺を抱いてそのままベッドに倒れ込んだ。
左近寺はそんな葉瑠子が気の毒になり、やさしく葉瑠子を抱き締めた。
だがそれ以上のことはしなかった。
静かに時間だけが過ぎて行った。
「死にたくない・・・」
葉瑠子は左近寺の腕の中でずっと泣き続けていた。
気に入られたようで安心した。
「はじめまして、園部早紀と申します」
「清彦から話は聞いていますよ。オペラ歌手をされているんですってね?
私もオペラが大好きなの。そのプリマドンナが清彦のお嫁さんになってくれるなんて夢みたい!」
予め清彦からそれを聞いていたので私も義母に話を合わせた。
「プリマではありません、ただのチョイ役です。
オペラの世界は私より凄い人が沢山いますから」
「でもイタリアにも留学していたんでしょう? 聴いてみたいわ、早紀さんのアリア」
「よろこんで」
「楽しみにしてるわね? 赤ちゃんは向こうで産むつもりなの?」
「まだわかりません。清彦さんとよく相談して決めようと思っています」
「そう。もし良かったら私がそっちに行ってお産のお手伝いをしてあげますからね、その時は遠慮なく言って頂戴」
「そんなこと言って、本当は母さんがアメリカに来たいだけだろう? 大学もアメリカだったから」
「うふっ。バレちゃった? でも早紀さんの役に立ちたいのは本当よ」
「ありがとうございます」
「まあ丈夫な孫を産んでくれ。それより結婚式だな? なるべく早い方がいいだろう?」
(デキ婚だから早い方がいいわよね? 親としては)
「式は考えていないんだ。ごく内輪だけでやるつもりだよ」
「まあそれもそうだな? 今はそういう時代だしな?」
義父は明らかにホッとしている様子だった。
何しろ私たちは二度目の結婚である。招待客にもそれなりに気を遣わなくてはならない。
結婚式の件は私を慮ってのことだった。
「我儘言ってごめん。父さん母さん」
「お前たちの好きなようにしなさい。俺たちはそれに協力するよ」
「取り敢えず籍だけは早く入れなさいよ」
「うん、そのつもりだよ」
「私たちもまたお爺ちゃんお婆ちゃんね? あなた」
「人生は早いもんだな?」
清彦には前の奥さんとの間に娘さんがいたが、もちろん義母はそれには触れなかった。
帰りのタクシーの中で清彦に言った。
「素敵なご両親ね?」
「息子の俺は今でも親の脛齧りの放蕩息子だけどね?」
「そんなことはないわ。清彦は立派なピアニストだもん」
「ありがとう早紀。俺、ニューヨークで頑張ってみるよ、早紀とこの子のために」
「私も頑張って丈夫な赤ちゃんを産むね?」
「お互いに頑張ろうな? 早紀」
「うん」
その日も葉瑠子は店に来ていた。
「父から聞いたわ。早紀と結婚するんですってね?」
「まさか君のお父さんと俺の親父が知り合いだとは思わなかったよ」
「これもまた運命かもよ? ねえ、ちょっとお食事しない? 食事だけでいいから」
「君とふたりで食事をする理由がないよ」
「あなたにはなくても少なくとも私にはあるわ。あなたのことが好きだから」
「悪いが俺には早紀がいる、だから俺にはもう付き纏わないでくれ」
「あら、あなたのお父上からはお許しはいただいているわよ。食事くらいならって」
「親父が?」
「いいじゃないの食事くらい。お父様の顔を立ててあげなさいよ」
「じゃあこれが最後だと約束してくれ」
「わかっているわよそんなこと」
左近寺は仕方なく、葉瑠子との食事を承諾した。
食事に向かうタクシーの中で、葉瑠子が急に苦しみ出した。
「大丈夫か? 病院に行った方がいいんじゃないか?」
「大丈夫、いつものことだから。ちょっと横になれば治るわ。
運転手さん、ここで停めて下さい」
そこはラブホテルの前だった。
「早く病院に行った方がいいよ」
「大丈夫、少し横になれば収まるから、いつもの発作なの」
タクシーを降りた葉瑠子はふらつく足取りでホテルへと入って行った。
心配になった左近寺は、葉瑠子の後を止むなくついて行った。
ホテルの部屋に入るなり、葉瑠子がいきなりキスをして来た。
だがそれはとてもチカラのないキスだった。
「やめろ! とにかく横になれ」
「仮病だと思った? 仮病じゃないわよ、私、心筋梗塞なの。いつ死ぬかわからない、本当よ」
葉瑠子はバッグの中からタブレットケースを取り出して左近寺に見せた。
「余命半年なんて笑っちゃうわよね? まだやりたいことが沢山あるのにバカみたい」
「余命半年ってなんだよ」
「とにかく私には時間がないの。だからお願い、今日だけでいいの、私に思い出を頂戴。
それから病気のことは早紀には言わないで。あの子、あれでも私の友だちだから、心配掛けたくないの」
「・・・」
葉瑠子は左近寺を抱いてそのままベッドに倒れ込んだ。
左近寺はそんな葉瑠子が気の毒になり、やさしく葉瑠子を抱き締めた。
だがそれ以上のことはしなかった。
静かに時間だけが過ぎて行った。
「死にたくない・・・」
葉瑠子は左近寺の腕の中でずっと泣き続けていた。
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