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第7話

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 葉瑠子がフルートを携えて店にやって来た。
 葉瑠子は無言で私に目配せをした。

 (彼をいただきに来たわよ)

 葉瑠子の目はそう言っているようだった。


 「お言葉に甘えて今夜はフルートを持って来ちゃいましたあ~」

 おどけるように明るく振る舞う葉瑠子。

 「よく来たね葉瑠ちゃん、大歓迎だよ。オケのマドンナが場末のバンドにようこそ」
 「場末なんかじゃありませんよ、みなさん音大出のJAZZ menじゃないですかあ?」
 「まあサックスの田中君はジュリアード出身のJAZZエリートだけどね?」
 「JAZZの好きな奴はみんな仲間だよ」
 「今日はフルートのセロニアスは休みだから丁度良かった。
 ギャラは出ないけど終わったらみんなでラーメンでも食べに行こう。奢ってあげるから」
 「わあ、私、ラーメン大好きですう! それじゃあチューニングをお願いしまーす」
 

 チューニングが終わり、リハーサルが始まった。

 「せっかく葉瑠ちゃんが来たんだから、今夜は早紀ちゃんの歌とは別にフルートがメインのインストロメンタルのナンバーもやろうか?
 葉瑠ちゃん、適当にやっていいからさ、俺たちが葉瑠ちゃんに合わせるよ。曲は何にする?」
 「それじゃあHubert LawsのJAZZバージョン、『Autumn Leaves』でお願いします」
 「俺の母校の先輩じゃねえか? やるね?」

 田中君がテナーサックスを構えた。

 「リズムはこんな感じでいいかい?」

 ドラムの伊東さんがリード・パーカッションを叩き始め、それにコントラバスの大神さんと清彦が、弾むようなタッチでそれに加わった。
 しばらくテナー・サックスの田中さんの主旋律が続いた。
 そして今夜の主役、葉瑠子のフルートが躍り出た。

 枯葉が静かにゆっくりと落ちるように舞うかと思えば、時には吹き荒れ、跳ね回る枯葉。葉瑠子のフルートが歌っていた。素晴らしい演奏だった。
 

 「凄えよ葉瑠子、アイロン・ハープがあるともっと良かったのになあ」
 「流石だよ、よくこんな短時間でJAZZの基本をマスターしたもんだ。クラッシックの女王の君が」
 「よくサックス奏者がフルートに楽器を持ち替えたりもするが、フルートは管楽器の中でいちばん肺活量がいる楽器でもある。その小柄な体でよくこんな曲が吹けるよ」
 「ジャン・ピエール・ランパルなんて肺活量、デカそうだもんな?」
 「次はビル・エバンスのアルバム、『What's New』に収録された『Straight No Chaser』でもいいですか?」
 「もちろんだよ」

 ウッドベースの大神さんが演奏を始めた。しゃがれたいい音だった。

 葉瑠子の音楽に私は嫉妬した。
 息継ぎに吸い込む息遣いが実にセクシーだった。
 そして空間を切り裂くようなハイトーン。
 私は思わず清彦に抱かれて歓喜する葉瑠子を想像してしまった。


 「どうだった、左近寺君? 私のフルート」
 「やられたよ。どうせお嬢様の横笛かと思ったら結構イカしていた」
 「ありがとう。えへっ、左近寺君に褒められちゃった」
 
 葉瑠子は勝ち誇ったように私に挑戦的な眼差しを向けた。

 「私もJAZZ、本格的にやってみようかなあ? 左近寺君たちと一緒に」
 「フルートのセロニアスは引き抜かれそうだしな? いいんじゃないか? なあみんな?」
 「美人ボーカリストに美人フルーティストのコンビかあ。いいんじゃないか? これで俺たちのデビューも夢じゃないかもな? あはははは」

 
 葉瑠子のデビュー演奏は大盛況だった。
 それに引き換えその日の私の歌は最悪だった。
 私はかなり凹んだ。

 
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