1 / 30
第1話
しおりを挟むうたをわすれたカナリヤは うしろのやまにすてましょか
いえいえそれはなりませぬ
うたをわすれたカナリヤは せどのこやぶにうめましょか
いえいえそれはなりませぬ
うたをわすれたカナリヤは やなぎのむちでぶちましょか
いえいえそれはかわいそう
うたをわすれたカナリヤは ぞうげのふねにぎんのかい
つきよのうみにうかべれば わすれたうたをおもいだす
童謡『かなりや』
私は歌を忘れたカナリヤだった。
離婚、母と愛犬との死別、スキャンダル、ネットでの誹謗中傷、移籍した事務所との確執。
あまりにも辛い事が続いて、私は歌うことが出来なくなってしまっていた。
ステージに立ってスポットライトを浴びると体が震えて歌が歌えない。
藝大の院でアカデミックに声楽を研究した私は単身、イタリアへ留学し、さらに声楽に磨きをかけた。
そしてそこで知り合った同じ大学のカルロスと恋に落ち、結婚した。
彼はバリトンのオペラ歌手を目指していて、私はソプラニスタになるために毎日が必死だった。
ディーヴァ、歌姫になるのが私の夢だった。
オペラ歌手になるためにはイタリア語が母国語のように操れなくてはならない。
私はカルロスからイタリア語とセックスを学んだ。
カルロスとは2年で破局した。
彼が私の元を去って行ったからだ。
私は失意のどん底に落ち、志半ばで日本へ帰国することにした。
日本に帰国してからはイタリア語の通訳、翻訳の仕事をしながら声楽のレッスンを続けていた。
そんなある日、私の個人リサイタルに来ていた芸能プロダクションの尾形に声を掛けられた。
「いいリサイタルでした。特に高音がムチのようにしなやかで伸びやか、ブレがない。
いかがですか園部早紀さん? ウチの専属歌手になりませんか?」
「御社はオペラ業界にも顔が利きますか?」
「正直に申し上げると、オペラ業界はあまり得意分野ではありません。ウチはポップスが殆どの音楽事務所です。
ポップス・シンガーとしてデビューしてみる気はありませんか?」
「すみませんが私はオペラのアリアを歌うことにしか興味がありませんので、折角のお誘いですがお断りいたします」
私は何事も即断即決だった。短い人生に迷う時間はない。
「そうでしたか? 残念です。でももし気が変わりましたらここへご連絡をいただけると幸いです。
ではいずれまた近い内に。園部さんとは長いお付き合いになりそうな気がします」
尾形は私に名刺を渡すと踵を返して去って行った。
私はその名刺をゴミ箱に捨てた。
(冗談じゃないわよ! この私に演歌や歌謡曲を歌えと言うの? 音楽と真剣に向き合って来たこの私に!)
何度かオペラの舞台にも立ったがプリマドンナの役は貰えず、合唱のメンバーにしかなれなかった。
恋も音楽も上手くはいかなかった。
寄ってくる男たちは皆、私の音楽には興味はなく、私のカラダが目当てだった。
うんざりだった。
私は自暴自棄になり、お酒とタバコを覚えるようになり、次第に声を潰していった。
自慢だったソプラノ・ヴォイスはハスキー・ヴォイスへと変わってしまった。
生きているのが辛かった。
そんなある日、酒場で偶然、ジュリー・ロンドンの歌と出会った。
『酒とバラの日々』
稲妻に打たれたような衝撃だった。
類稀なる美貌と艶のあるウエットに富んだ歌声。
私は彼女にすっかり魅了されてしまった。
(これがJAZZなの?)
私のJAZZシンガーとしての人生は、ここからスタートしたのである。
10
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
★寺子屋『ひまわり』
菊池昭仁
現代文学
教育だけは平等であるべきである。日本社会の荒廃は教育の衰退が根本原因となっていることは否めない。貧富の差は仕方がないかもしれない。だがせめて憲法第26条第2項で保証されている国民の「教育を受ける義務」については給食や制服、上履きや縦笛や学用品など、様々な物が有償になっているのが現状だ。そして精神教育、道徳や哲学が軽んじられている。そんな教育の理想について考えてみました。これは筆者の夢です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる