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第一楽章

第9話 親友 聡子

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 朋華とのデュエトは、今までに経験したことがないほど甘美なものだった。

 私の乳首を長い舌でチロチロと舐めながら、硬直した私のそれを弄んでいる。

 「これ、いいでしょう?」
 「うっ、うん・・・」

 あまりの彼女のテクニックに、私はつい声を出してしまった。
 このまま彼女にイニシアチブを握られるわけにはいかない。今度は私が上になろうとした時、先に彼女に滑り込まれてしまった。

 朋華は私のはち切れそうに硬く膨張したそれを口に含むと、

 「もっと気持ち良くしてあげましょうか? でもダメよ、すぐに出しちゃ」

 彼女の髪が私の下半身をスウィープし、朋華の温かい口の感触が心地いい。
 それを絶妙な緩急をつけて上下させながら、淫らな音を立て、朋華はリズミカルにそれを繰り返した。

 このままでは彼女の口内に射精してしまうと考えた私は、彼女の口から自分を抜き去り、身体を反転させると反撃を始めた。

 かなり大きめの彼女の陰核を、私は何の予告もなしに強く吸った。
 通常であれば触れるか触れないかくらいのやさしさで開始されるクンニリングスが、彼女には意外だったようで、朋華のカラダがビクンと大きく反応した。

 すでに花弁は蜜で溢れ、私は熟した桃にしゃぶりつくように、音を立てて愛液を啜った。

 ジュルジュル ジュルジュプ

 次第に高音になってゆく朋華の喘ぎ声。
 さほど時を待たずして朋華はガクガクとカラダを痙攣させ、途切れ途切れに言った。

 「イッちゃった・・・」

 彼女の荒い息遣いに私は我を忘れて行為に没頭した。
 そして朋華も何度も私に戦いを挑んで来た。


 私たちはいつの間にか疲れて眠ってしまい、そのまま朝を迎えた。
 ヨコハマの街はまだ薄紫のまま沈黙している。
 時折通る新聞配達のバイクの音だけが聞こえた。

 「かわいい顔して眠っていたわ」
  
 彼女はそう言って私にフレンチ・キスをした。
 船の出港する合図なのか、霧笛が聴こえる。

 彼女はベッドを降り、何も纏わず窓辺に立った。
 きゅっとせり上がった美しいヒップライン、くびれたウエスト、形のいいツンとしたバストはまるでパリコレのモデルのようだった。
 私は彼女のカラダに見惚れた。

 「此処から見える山下公園、そしてヨコハマの港。すごく素敵」
 「そんな恰好でいると、ジョギングしているランナーに見られてしまうよ」
 「見られても平気よ。私のヌードは世界一だから」
 「君が平気でも僕が困る」

 私はパウダールームからバスローブを取って来ると、朋華の背中にそれをそっと掛け、後ろからやさしく抱きしめた。

 「ありがとう、やさしいのね?」
 「先にシャワーを浴びるよ。君はゆっくり湯舟に浸かるといい」
 「その前にもう一度、夕べの続きがしたい」

 私たちのフレンチ・モーニングは続いた。




 琴子は音楽サロンのリハーサル室でベルディの代表作、歌劇『アイーダ』の練習を始めようとしていた。

 ファラオの時代に引き裂かれたエジプトとエチオピアの男女の悲恋を描いたオペラだ。

 ラダメスは神託によりエジプトの若き司令官となるが、王女アムネリスに仕える隷女、アイーダと恋に落ちてしまう。
 ラダメスに恋心を寄せるアムネリスはアイーダに嫉妬する。
 アイーダはエチオピア王の娘だった。
 そしてアイーダはラダメスと父が争うのを嘆き、神に自らの死を願う。
 最後にラダメスは反逆者としての烙印を押され、「地下牢で生き埋めの刑にせよ」と判決が下されてしまう。
 地下牢にはアイーダが潜んでいて、この世で愛を遂げられないのであれば、死んであの世で一緒になることを誓い合うふたり。  
 そしてラダメスとアイーダが死んでゆくという悲しい物語だ。
 

 「始めるわよ聡子、よろしくね?」
 「まかせて頂戴、私の大好きなベルディちゃんの『アイーダ』なんだから」
 「じゃあ第一幕の頭からお願い」

 だが今日は思ったような声が出せなかった。
 理由はわかっている。彼のことで頭が一杯になっていたからだ。

 聡子がピアノ伴奏を止めた。

 「どうしたの琴子? ぜんぜん駄目じゃない! 体調でも悪いの?」
 「ちょっと疲れてるだけ。最近、寝不足だし」
 「体調管理はプロとして最も大切な事よ。琴子の歌が聴きたくて、お客さんたちはお金を払ってコンサートに来てくれるんだから。
 何か悩みでもあるの? 彼とは順調なんでしょう? あの「イルカ王子」の彼とは?」

 聡子はクルマのキーに付けた、あのイルカのキーホルダーをぶらぶらさせて見せた。

 「最近ご無沙汰なのよ、彼と」
 「いやらしいわねえ? ご無沙汰だなんて」
 「勘違いしないでよ、まだ彼とはそんな関係じゃないんだから」
 「えーっ! 昭和なの! 結婚の約束までしているのにまだヤッてないなんて信じらんない! 
 もしカラダの相性が合わなかったら最悪じゃない!」

 聡子の言う通りだった。
 別にお互いにその気がないわけではなかったが、タイミングを逸してしまっていたのは事実だった。

 もちろん私はバージンではなかった。だが今度の恋は結婚を前提とした真剣なものだったので単なる成り行きでは関係を持ちたくはなかったのだ。

 「これじゃ今日は練習にならないわね? ちょっと早いけど飲みに行かない? これじゃどうせやっても喉を傷めるだけよ」

 私と聡子は行きつけのオーガニックBARへと向かった。


 
 「いつものでいいわよね?」
 「うん」
 「すみませーん!」

 するとウエイターのジュンがやって来た。
 金髪サラサラヘアのジャニーズ系美男子。
 彼は機械工学を学ぶ大学生バイトで、聡子とは10才以上も歳が離れている。

 聡子は姉とふたり姉妹だったこともあり、弟みたいな年下のジュンが好みだった。
 そして2年前に彼と別れた聡子は今、恋人募集中。

 
 「取り敢えずいつものね?」
 「モヒートと野菜のバーニャカウダー、アサリのガーリック炒め。それから茹でピーナッツにカプレーゼでしたよね? 殆どおつまみは聡子ネエが食べちゃいますけどね?」
 「いいじゃないのよお、琴子は小食動物で私は肉食獣なんだからあ。ガオーッ! あはははは」

 聡子はジュンに襲い掛かるふりをしておどけて笑っていた。

 「ボク、ライオンとか好きですよ。聡子ネエみたいなライオンさんなら食べられちゃいたいなあ」
 「いいわよー、じゃあ今度デートしよう! 焼肉デート。
 ジュンはまだ学生だから聡子お姉ちゃんが御馳走してあげる!」
 「えーっ、本気にしちゃいますよー。ボク、年上が好みですから」
 「じゃあ後で連絡するから携帯番号教えて?」
 「はい、よろこんで!」

 聡子の行動の素早さにはいつも迷いがない。
 結果を気にせす行動出来る聡子を私はいつも羨ましく思っていた。

 音大時代からそうだった。
 「これは!」というかわいい男子がいると、すぐに自分から声を掛けてしまうのだ。
 だがそれはどれも長続きはしなかった。
 彼女は音楽も恋愛も、熱し易くて冷めやすい性格でもあったからだ。
 それでもピアニストの聡子はそれでいいのかもしれない。
 オペラと違い、ピアノ曲は無限に存在しているからだ。

 私はその時、リヒャルト・シュトラウスの歌劇『薔薇の騎士』を思い出していた。

 18世紀のウイーン。ハプスブルグ家のマリア・テレジアに統治されていた時代、17歳の若き貴族、オクタヴィアンをカンカンと愛称で呼び、歳の離れた夫の陸軍元帥のいない間を狙って寝室に彼を招き入れ、度々関係を持ってしまう元帥侯爵夫人、テレーズ31才。
 テレーズはそんな若い彼との情愛を重ねてゆく度、自分が老いていくことへの恐怖を覚え始める。

 「この城のすべての時計を停めてしまいたい」と。

 そして彼女は預言するのだ。

 「カンカン、じきにあなたは私よりも若くて美しい女性に夢中になるはずよ」
 「そんなことはありません。私はあなたを愛しています」

 だがテレーズの予言した通り、彼はゾソフィーという若い娘に一目惚れしてしまい、「銀の薔薇」を彼女に差し出して愛を告げる。

 テレーゼは言う。

 「わたくしはあなたと、あなたが愛するゾソフィーをも愛します」と。

 私も聡子もどんどん年を重ねて行くのだ。
 時は私たちを待ってはくれない。

 聡子はモヒートを飲み、私は親指と人差し指で人参スティックを摘まむと、バーニャカウダーを付けて肩肘をついてそれを齧ってみた。

 「それでその後、お医者様の彼とは会っていないの?」
 「こっちから連絡してデートに誘っても、論文作成で忙しいとか言われて」
 「まあ大学病院の臨床医だから仕方がないけどねー。ヤリたくないのかしら? だってまだヤリたい盛りでしょう? 彼?
 もしかしてそっち系だったりして?」
 「それはないと思うけど・・・」
 「琴子だってアメリカに行っちゃった彼と別れてからずっとご無沙汰なんでしょう? あるわよね? 性欲?」
 「あんたもう酔ってるの?」
 「真面目な話よ。男と女の真面目なエッチの話」

 聡子が言うのも頷けなくもない。
 男性の肌の温もりに癒されたいと思うこともある。
 だがそれは私から誘うべきことではない。聡子と私では性格が違い過ぎた。

 「でも琴子、ちょっと不謹慎かもしれないけど、今度の定期公演の『アイーダ』にはぴったりかもね?
 恋に揺れる乙女心、琴子の歌唱力とその彼への揺れる想いが合体すれば、きっとすばらしい『アイーダ』になるんじゃないかしら?」
 「そうかなあ。でもそれってちっと辛いかも・・・」

 その時、テーブルに置いた琴子のスマホが鳴った。輝信からだった。

 「今、電話しても大丈夫?」
 「ちょっと待ってて、今、移動するから」

 胸が高鳴った。
 私は聡子にゴメンのポーズをした。
 すると彼女は親指を立てて微笑み、「よかったね」と口パクをして喜んでくれた。

 
 小走りに女子トイレに駆け込み、息を切らせて私はスマホを口元に寄せた。

 「ごめんなさい、はあはあ、聡子と今、食事をしていたものだから」
 「そうだったんだ。じゃあ用件だけ言うね? 今度の金曜日の予定は?」
 「何もないけど?」

 私はデートのお誘いだと直感した。

 「ふたりで「ブルーノート東京」に行かないか? 僕の好きな小野リサが歌うんだけどどう?」
 「別にいいけど」
 
 今すぐにでも彼に抱き付きたい気分だったが、私は必死で悦びを抑えた。

 「じゃあ金曜日、開けて置いてね? チケットは用意しておくから」
 「うん、わかった!」

 電話を切った後、私はスマホを握り締め、軽くジャンプしてしまった。
 金曜の夜が待ち遠しかった。


 テーブルに戻ると聡子がニヤニヤして私を待っていた。

 「その顔はデートのお誘いね?
 ということで今日は琴子の奢りだからね?
 ジュン、モヒートお替りーっ! ジョッキで頂戴!」

 私たちは学生時代の時のように笑った。
 持つべきものは親友だと感じた。

 (ありがとう、聡子)
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