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第7話 主よ 私を憐れみ給え

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 刑務所の慰問に向かう、私の足取りは重かった。

 正月も終わり、季節は2月になっていた。
 空から雪の匂いがした。

 今日は彼の死刑が執行される日だった。

 (また、あの死刑囚と対峙するのか・・・)

 私は一体彼に何を話せばいいと言うのだろうか?
 あの男には聖書の神の言葉など通じやしない。
 どうしたら彼の犯した罪の重さを教え、悔い改めさせることが出来るだろう。
 今日がその死へ向かう当日だというのに・・・。



 めずらしく彼から話し掛けて来た。

 「牧師さん、正月はどうだった? 餅とか食べたの?」
 「はい、少しだけですが」
 「俺も食べたよ、不味かったなあ、刑務所の餅は。ふふふっつ、あーはっはっはっ!」

 教誨室に彼の笑い声が不気味に響いた。
 彼が笑うのを止めるのを待って、私は口を開いた。

 「どうですか? 自分の犯した罪と向き合うことは出来ましたか?」
 「向き合う? 何を何のために?」
 「それは正しく死ぬためです。人間として」
 「これから死刑になる人間に、正しいも正しくないもないんじゃないの?
 そんな寝ぼけたことを言っているからキリスト教は日本に普及しないんじゃないの?
 特にプロテスタントは。
 話が硬くてつまんねえんだよ。
 もしかして牧師さん? 俺を牧場の子羊だと思ってない?
 俺は悪魔だぜ」
 「人は皆、神の子なのです」
 「だから?」
 「良心に従って生きなければならないのです。神の御心によって。
 たとえあなたのような凶悪な罪を犯した者でも、神は救いの手を差し伸べ・・・」
 「ハイ、そこまでー。
 牧師さん、死刑ってどうやるか知ってる?」

 私はそれには答えなかった。

 「この教誨室の近くの前室で布を被せられて手錠をされ、そのまま歩かせられるんだ。
 執行室のカーテンが開き、絞首刑のロープが下りている。
 その下に連れて行かれ、そしてロープを首に掛けられるんだよ。
 そして目の前のボタン室で3人の刑務官がそれぞれにボタンを押す。
 すると足元の1メートル四方の床が開き、それで階下へ落下する。
 医務官が聴診器を当てる。その時はまだ、心臓は動いているそうだ。
 意識はあるんだろうな?
 三人でボタンを押すのは誰が殺したかわからなくするためだ。
 自分が殺人者だと思い悩むからな?」
 
 私は最後に言った。

 「何か言い残すことはありませんか?」
 
 すると、その若者は意外な言葉を口にした。


 「牧師さん、色々お世話になりました。地獄で悔い改めて来ます。
 今まで本当にありがとうございました」

 私は思わず、教誨室で号泣してしまった。
 私の想いはすでに、彼に伝わっていたのだった。

 私は胸のロザリオを握りしめ、主に祈りを捧げた。

 「主よ、罪深きこの若者を救いたまえ・・・。アーメン」



 刑は執行された。
 彼の死に顔は穏やかだったという。
 私はやるせない気持ちのまま、刑務所を後にした。




 今日は礼拝堂へは行かず、私は台所に隠して置いたウイスキーを取り出し、飲み始めた。
 
 「私には聖職者など無理だ・・・。
 人間を諭す? 神へ導く?
 この私が? ふざけるな、私ですら自分をどうしていいのかわからない、未熟な人間なのに・・・」

 私は泣いた。そして飲んだ。

 するとまた、神の声がハッキリと聞こえた。


 「我が子よ、お前は何も悔やむことはない。
 無力を嘆くことはないのだ。 
 ただ祈るがよい。神の御心に、弱き者たちのために」

 私は酒を飲むのを止め、泣きながら礼拝堂へ行き、祈りを捧げた。

 そして私は自分の弱さを許すことにした。
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