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最終話 この命 尽きるとも
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結婚式の準備に慌ただしい毎日が過ぎて行った。
日取りも結婚式場も決まり、私と瞳は招待客のリストの作成に頭を抱えていた。
「ねえ、壮一の友だちとか、銀行の職場の人は何人くらいになりそう?」
「そうだなあ? 友人が10人くらいで、職場関係は30人くらいかなあ?
瞳の方は?」
「私の方は友だちは6人、職場関係は10人くらいかなあー。なるべく黒字にするには親類縁者を多くしたいわね、ご祝儀も多いし」
「そうだな? 親戚とかだとご祝儀も期待出来るもんな?」
「楽しみだなあ、私たちの結婚式」
そんなことを話しながら、私たちはキスをした。
「しようか?」
「招待客を決めてからな」
「じゃあ早く決めちゃおうよ」
「そうだな」
3日後、私は突然、瞳の家で激しい腹痛に襲われ、救急搬送された。
「壮一! 壮一、大丈夫! しっかりして!」
「ひ、ひと、み・・・。
だ、だいじょ、う、ぶだよ・・・」
私は自分の球体の数字を考えた。
(マイケルが私の球体の数字を言わなかったのは、その数字が「0」だったからなのかもしれない)
病院に着くと、すぐに緊急オペになった。
リカバリールームで麻酔から覚めた私は尿意を感じ、ナースコールを押した。
「すみません、オシッコがしたいんですけど」
「そのままして大丈夫よ、尿道カテーテルがついてるから」
「そうですか」
ただ、それには違和感があり、そのうち私は眠りに落ちた。
意識が戻ると、傍に瞳や母さん、妹がいた。
「大丈夫? まだ痛い?」
「ああ、手術をしたばかりだからね?」
「腹膜炎になりかけていたらしいわよ、でも手術が成功して本当に良かったわ」
「盲腸がこんなに痛いとは思わなかったよ」
「もう少しで腸に穴が開くところだったんですって。
ただ、経過観察があるから、2週間はかかるそうよ」
「よかった、結婚式に間に合いそうで」
「結婚式も大切だけど、壮一のことはもっと大切だよ」
「そうよ、まずは体を治してからね? 瞳ちゃんが色々やってくれて助かったわ」
「ありがとう、瞳」
「旦那様の一大事だもの、当然よ」
入院生活は退屈だった。
本を読んだり雑誌を見たり、あとはラジオやテレビを観て過ごしていた。
厄介だったのはリハビリとして、病院を歩くように指示されたことだった。
当然、入院患者とも顔を合わせるので、例の球を観るのが辛かった。
入院患者の数字は半数が「20以下」と書かれていた。
そんな中で、私は友人が出来た。
彼の名前は山岸智也、年齢が近かったこともあり、私たちはウマが合った。
彼はいつも談話室で缶コーヒーを飲んでいた。
最初は彼から声を掛けて来た。
「入院、長いの?」
「うん、今日で10日、君は?」
「もう2か月だよ、俺、山岸、君は?」
「俺は三浦壮一。
入院生活って退屈だよね?」
「まあな・・・」
山岸は寂しそうな顔をしていた。
彼の頭上にはピンクの直径1メートルくらいの球体が浮かんでおり、そこには「58」と数字が書かれていた。
瞳は毎日、私を見舞いに来てくれた。
「毎日は大変だからいいよ」
「全然平気だよ、まだ退院出来ないの?」
「白血球の数値が良くないらしいんだ。
点滴の針を変えるのが痛くてさ」
「私が代わってあげたい」
瞳は私の手をやさしく握ってくれた。
「ありがとう、瞳」
瞳と談話室に行くと、山岸と奥さんらしき人が子供を抱いて話をしていた。
「こんにちは、山岸の奥さんか? 初めまして、三浦です」
瞳と奥さんはそれぞれ黙礼をした。
「初めまして、山岸です。ああ、そしてこれが俺の子供だ、かわいいだろう?」
「ボク、何歳?」
瞳がその子に尋ねると、その子は指を3本立てていた。
「へえー、3才なの? すごいね?」
だが奥さんは寂しそうに笑っていた。
「いつも主人がお世話になっています」
「いえ、こちらこそ」
「三浦の奥さんか?」
「婚約したばかりなんだよ、俺たち」
「そうか、なら早く退院出来るといいな?」
「うちのダーリンがお世話になっています!」
「ステキなフィアンセさんだね?」
山岸は力なく笑った。
それから数日が過ぎた頃、私は山岸の奥さんが子供を抱いて談話室で泣いているのを偶然見かけてしまった。
彼女の頭上には「35」と書かれた、虹色の30センチほどの命玉が輝き、抱かれた子供には「22」と書かれていた。
私は奥さんに声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
彼女はすぐに手で涙を拭った。
「三浦さんに恥ずかしいところを見られちゃいましたね?」
「辛いですよね? 旦那さんの入院が長いと」
「彼はもう長くはないんです。末期の大腸がんなんです、彼・・・」
「大丈夫ですよ奥さん、彼はまだまだ死にませんから」
私は迂闊なことを言ってしまったと後悔した。
「ありがとう・・、三浦さん。でも私、どうしていいのか、もうわからなくて・・・。
この子とこれからどうやって暮らしていけばいいのかと思うと不安で・・・」
「大丈夫、心配要りませんよ、彼は長生きしますから」
「どうしてそんなことがわかるんですか! お医者さんでもないあなたが!
無責任なこと言わないで!」
私はこの時、病院生活のストレスで、つい口が滑ってしまった。
「それは僕にはその人の寿命が見えるからです。
彼はあと58年生きられます! 旦那さんはまだ死にません!
僕を信じて下さい! 奥さん!」
と、私が言った瞬間、私のカラダはみるみる小さくなり、全身が体毛に覆われ、ついに猫になってしまった。
そこへ、マイケルが現れた。
「壮一、あれほど言ったのに・・・。
仕方がない、ついておいで、キングに合わせてあげるから」
私はマイケルに必死に声をかけようとするが、ニャアニャアという鳴き声しか出せなかった。
「それから壮一、もう言葉はしゃべれないんだよ、君は猫になったんだから」
私はマイケルの猫パンチで目が覚めた。
寝室の窓からはまぶしい朝日が差し込んでいた。
どうやら私は夢を見ていたようだった。
「おはよう、マイケル」
「ニャー」
マイケルは人間の言葉など話さない、タダの猫のままだった。
それに球体もマイケルの上に浮いてはいない。
茶の間に降りて行くと、母さんがお茶を飲んでテレビを見て笑っていたが、頭上に球体は見えなくなっていた。
「おはよう、壮一。
今日はパンでいい? 昨日、おいしい食パンを買って来たのよ」
「うん」
銀行に行くと、島崎次長がいた。
「三浦代理、何だこの報告書は? やり直せ!」
「はい」
「何をニヤニヤしてるんだ! 気持ち悪い奴だな? 早くやれ!」
よかった、島崎次長の頭にも球体は無かった。
そして次長は生きている。
すべては夢だったのだ。
考えてみれば、そんなことが現実にあるはずがなかった。
それにしても、かなりリアルで不思議な夢だった。
仕事が終わり、瞳と食事に出かけた。
「ねえ、もう退院して大丈夫なの?」
「えっ!」
「どうしたの? そんなに驚いた顔して。
緊急手術して入院、本当に大変だったね?」
その時私は瞳の左手の薬指に、あの婚約指輪が光っているのを見た。
「ねえ、新婚旅行はどうする? ハワイ? それともモルジブにする?
いずれにしても海は外せないわよね~? ハネムーンだもん! 海、サイコー!」
瞳は満足げに指輪を翳していた。
(おかしい、あれは夢だったはずだ、島崎次長も死んでいなかったじゃないか!)
私は記憶と現実の整合性がつかなくなっていた。
夢と現実が混濁している。私は完全に戸惑っていた。
(これは夢のなか? それとも現実? 私はパラレルワールドにいるのか?)
食事を終え、瞳と別れて夜道を歩いていると、長い白髭を生やした老人とすれ違った。
その老人は言った。
「時間を無駄にしてはいかん、死は必ずやって来るのじゃ」
私が慌てて振り返ると、そこに老人の姿はもうなかった。
目の前を一匹の黒猫が私を一瞥し、そのまま横切って去って行った。
私はまだ、夢から醒めてはいないのだろうか?
そう言えば、今日は10年前に死んだ、親父の命日だった。
『命玉』 完
日取りも結婚式場も決まり、私と瞳は招待客のリストの作成に頭を抱えていた。
「ねえ、壮一の友だちとか、銀行の職場の人は何人くらいになりそう?」
「そうだなあ? 友人が10人くらいで、職場関係は30人くらいかなあ?
瞳の方は?」
「私の方は友だちは6人、職場関係は10人くらいかなあー。なるべく黒字にするには親類縁者を多くしたいわね、ご祝儀も多いし」
「そうだな? 親戚とかだとご祝儀も期待出来るもんな?」
「楽しみだなあ、私たちの結婚式」
そんなことを話しながら、私たちはキスをした。
「しようか?」
「招待客を決めてからな」
「じゃあ早く決めちゃおうよ」
「そうだな」
3日後、私は突然、瞳の家で激しい腹痛に襲われ、救急搬送された。
「壮一! 壮一、大丈夫! しっかりして!」
「ひ、ひと、み・・・。
だ、だいじょ、う、ぶだよ・・・」
私は自分の球体の数字を考えた。
(マイケルが私の球体の数字を言わなかったのは、その数字が「0」だったからなのかもしれない)
病院に着くと、すぐに緊急オペになった。
リカバリールームで麻酔から覚めた私は尿意を感じ、ナースコールを押した。
「すみません、オシッコがしたいんですけど」
「そのままして大丈夫よ、尿道カテーテルがついてるから」
「そうですか」
ただ、それには違和感があり、そのうち私は眠りに落ちた。
意識が戻ると、傍に瞳や母さん、妹がいた。
「大丈夫? まだ痛い?」
「ああ、手術をしたばかりだからね?」
「腹膜炎になりかけていたらしいわよ、でも手術が成功して本当に良かったわ」
「盲腸がこんなに痛いとは思わなかったよ」
「もう少しで腸に穴が開くところだったんですって。
ただ、経過観察があるから、2週間はかかるそうよ」
「よかった、結婚式に間に合いそうで」
「結婚式も大切だけど、壮一のことはもっと大切だよ」
「そうよ、まずは体を治してからね? 瞳ちゃんが色々やってくれて助かったわ」
「ありがとう、瞳」
「旦那様の一大事だもの、当然よ」
入院生活は退屈だった。
本を読んだり雑誌を見たり、あとはラジオやテレビを観て過ごしていた。
厄介だったのはリハビリとして、病院を歩くように指示されたことだった。
当然、入院患者とも顔を合わせるので、例の球を観るのが辛かった。
入院患者の数字は半数が「20以下」と書かれていた。
そんな中で、私は友人が出来た。
彼の名前は山岸智也、年齢が近かったこともあり、私たちはウマが合った。
彼はいつも談話室で缶コーヒーを飲んでいた。
最初は彼から声を掛けて来た。
「入院、長いの?」
「うん、今日で10日、君は?」
「もう2か月だよ、俺、山岸、君は?」
「俺は三浦壮一。
入院生活って退屈だよね?」
「まあな・・・」
山岸は寂しそうな顔をしていた。
彼の頭上にはピンクの直径1メートルくらいの球体が浮かんでおり、そこには「58」と数字が書かれていた。
瞳は毎日、私を見舞いに来てくれた。
「毎日は大変だからいいよ」
「全然平気だよ、まだ退院出来ないの?」
「白血球の数値が良くないらしいんだ。
点滴の針を変えるのが痛くてさ」
「私が代わってあげたい」
瞳は私の手をやさしく握ってくれた。
「ありがとう、瞳」
瞳と談話室に行くと、山岸と奥さんらしき人が子供を抱いて話をしていた。
「こんにちは、山岸の奥さんか? 初めまして、三浦です」
瞳と奥さんはそれぞれ黙礼をした。
「初めまして、山岸です。ああ、そしてこれが俺の子供だ、かわいいだろう?」
「ボク、何歳?」
瞳がその子に尋ねると、その子は指を3本立てていた。
「へえー、3才なの? すごいね?」
だが奥さんは寂しそうに笑っていた。
「いつも主人がお世話になっています」
「いえ、こちらこそ」
「三浦の奥さんか?」
「婚約したばかりなんだよ、俺たち」
「そうか、なら早く退院出来るといいな?」
「うちのダーリンがお世話になっています!」
「ステキなフィアンセさんだね?」
山岸は力なく笑った。
それから数日が過ぎた頃、私は山岸の奥さんが子供を抱いて談話室で泣いているのを偶然見かけてしまった。
彼女の頭上には「35」と書かれた、虹色の30センチほどの命玉が輝き、抱かれた子供には「22」と書かれていた。
私は奥さんに声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
彼女はすぐに手で涙を拭った。
「三浦さんに恥ずかしいところを見られちゃいましたね?」
「辛いですよね? 旦那さんの入院が長いと」
「彼はもう長くはないんです。末期の大腸がんなんです、彼・・・」
「大丈夫ですよ奥さん、彼はまだまだ死にませんから」
私は迂闊なことを言ってしまったと後悔した。
「ありがとう・・、三浦さん。でも私、どうしていいのか、もうわからなくて・・・。
この子とこれからどうやって暮らしていけばいいのかと思うと不安で・・・」
「大丈夫、心配要りませんよ、彼は長生きしますから」
「どうしてそんなことがわかるんですか! お医者さんでもないあなたが!
無責任なこと言わないで!」
私はこの時、病院生活のストレスで、つい口が滑ってしまった。
「それは僕にはその人の寿命が見えるからです。
彼はあと58年生きられます! 旦那さんはまだ死にません!
僕を信じて下さい! 奥さん!」
と、私が言った瞬間、私のカラダはみるみる小さくなり、全身が体毛に覆われ、ついに猫になってしまった。
そこへ、マイケルが現れた。
「壮一、あれほど言ったのに・・・。
仕方がない、ついておいで、キングに合わせてあげるから」
私はマイケルに必死に声をかけようとするが、ニャアニャアという鳴き声しか出せなかった。
「それから壮一、もう言葉はしゃべれないんだよ、君は猫になったんだから」
私はマイケルの猫パンチで目が覚めた。
寝室の窓からはまぶしい朝日が差し込んでいた。
どうやら私は夢を見ていたようだった。
「おはよう、マイケル」
「ニャー」
マイケルは人間の言葉など話さない、タダの猫のままだった。
それに球体もマイケルの上に浮いてはいない。
茶の間に降りて行くと、母さんがお茶を飲んでテレビを見て笑っていたが、頭上に球体は見えなくなっていた。
「おはよう、壮一。
今日はパンでいい? 昨日、おいしい食パンを買って来たのよ」
「うん」
銀行に行くと、島崎次長がいた。
「三浦代理、何だこの報告書は? やり直せ!」
「はい」
「何をニヤニヤしてるんだ! 気持ち悪い奴だな? 早くやれ!」
よかった、島崎次長の頭にも球体は無かった。
そして次長は生きている。
すべては夢だったのだ。
考えてみれば、そんなことが現実にあるはずがなかった。
それにしても、かなりリアルで不思議な夢だった。
仕事が終わり、瞳と食事に出かけた。
「ねえ、もう退院して大丈夫なの?」
「えっ!」
「どうしたの? そんなに驚いた顔して。
緊急手術して入院、本当に大変だったね?」
その時私は瞳の左手の薬指に、あの婚約指輪が光っているのを見た。
「ねえ、新婚旅行はどうする? ハワイ? それともモルジブにする?
いずれにしても海は外せないわよね~? ハネムーンだもん! 海、サイコー!」
瞳は満足げに指輪を翳していた。
(おかしい、あれは夢だったはずだ、島崎次長も死んでいなかったじゃないか!)
私は記憶と現実の整合性がつかなくなっていた。
夢と現実が混濁している。私は完全に戸惑っていた。
(これは夢のなか? それとも現実? 私はパラレルワールドにいるのか?)
食事を終え、瞳と別れて夜道を歩いていると、長い白髭を生やした老人とすれ違った。
その老人は言った。
「時間を無駄にしてはいかん、死は必ずやって来るのじゃ」
私が慌てて振り返ると、そこに老人の姿はもうなかった。
目の前を一匹の黒猫が私を一瞥し、そのまま横切って去って行った。
私はまだ、夢から醒めてはいないのだろうか?
そう言えば、今日は10年前に死んだ、親父の命日だった。
『命玉』 完
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