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第6話 地獄行き

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 島崎次長が急死した。
 次長の通夜で私は泣いた、泣き叫んだ。

 放心状態の奥さん、シクシクと泣き続けている中学の娘さんと小学生の息子さん。

 「信也、俺よりも先に死ぬ奴があるか・・・。
 親よりも先に死ぬなんて、親不孝にもほどがあるぞ・・・」

 島崎次長のお父さんも、そう次長の遺体に話し掛けて泣いていた。

 お母さんは5年前に他界しており、お父さんの悲しみは底知れぬものになっていた。
 お父さんも同じ銀行員だったこともあり、息子である島崎次長はお父さんの自慢でもあった。

 「もうすぐ支店長だったのにな?
 俺は次長止まりだったが、あと少し、あと少しで・・・。
 天国で母さんと仲良く暮らせよ、俺もそのうちそっちへ・・・、行くからな・・・」

 お父さんの上には銀色のバレーボールほどの球体が浮かび、そこには「1」と書かれていた。


 奥さんにはオレンジ色のソフトボールほどの球体に「51」と書かれており、娘さんと息子さんも長寿だった。

 
 「クモ膜下出血だったそうだ。
 もうすぐ島崎次長の念願だった支店長になれたというのに、気の毒なことだ」

 支店長が泣いている私の背中を摩りながら言った。
 私はいたたまれなくなり、島崎次長の通夜を飛び出した。
 外は満月の明るい夜だった。

 つがいの野良猫が、話しながら私の目の前を通り過ぎて行った。
 
 「あら、ここのご主人、亡くなったのね? たまにキャットフードをくれたいい人だったのに」
 「仕方がないよ、命ある者に限りはあるからな?」
 「そうね、今日は満月だし、天国の扉も開くわね?」
 「いい人ほど、早く死ぬもんだな?」

 


 葬儀も終わり、1週間が過ぎると、誰も島崎次長のことは話題にもしなくなり、何事もなかったかのように支店の中は落ち着きを取り戻していた。
 これが現実なんだと私は思った。
 こうして人は人々の記憶からも消えていくのだと。

 


 家に帰ると妹の咲が帰っていて、マイケルを撫でていた。

 「お兄ちゃん、お帰りー」

 妹の咲の頭上には、オレンジ色の直径1メートルの球体が浮いており、そこには「68」と書かれてあった。
 妹とは歳が離れているせいか、自分の娘のような存在でもあった。
 私はホッとした。

 
 「島崎次長さん、お気の毒だったわね? 奥さんのご主人を亡くした気持ち、よくわかるわ。お子さんもまだ小さいんでしょう?」
 「うん、でももう銀行では忘れられているよ」
 「忙しいからでしょうね? そんなものよ、世の中は。
 人間はイヤな事や悲しい事、辛いことは早く忘れるように出来ているから。
 そうじゃなければ生きてはいけないもの」

 母の言う通りだと思った。

 「ニャー(その通りだ壮一)」

 咲に抱かれたまま、マイケルも言った。

 

 私は自室に戻り、背広を脱いで部屋着に着替えた。
 階下で母の声がした。

 「壮一、お風呂温くなるわよー」
 「咲が先に入っていいよー」
 「はーい」

 咲も返事をした。


 自分の命玉はどんな色でどんな大きさなんだろう? そしてそこに書かれた数字はいくつになっているのだろうか?

 大好きな瞳と結婚して、子供が出来て、出世して、そしてどうなるんだろう?
 どうしよう、もし数字が1桁だったら・・・。

 まさか「1」とか「0」だったりして?

 私はどんどん不安になっていった。

 「死にたくない、絶対に死ぬのはイヤだ!」

 私は死の恐怖に怯えた。


 マイケルがドアを叩いた。

 「壮一、開けてよ」

 私はドアを開け、マイケルを招き入れた。

 「どうした壮一? そんな怯えた顔をして?」
 「マイケル、僕、死ぬのが怖いんだ」
 「死を身近に感じて怖くなったんだな?」
 「だってさ、もっともっとやりたいことがたくさんあるんだよ。
 死んだらどうなるの? 地獄ってあるの?」
 「落ち着け壮一、前にも言ったが死ぬのはお前だけじゃない。
 俺もお前もみんないつかは死ぬんだ。
 地獄はあるよ、でも安心しろ、99.9%の人間はみんな地獄行きだから。
 そして徳を積んだ奴から神様と約束をして、記憶を消されて再び地上に甦るんだ。そしてまた、魂の修業が始まる。
 だから人生を無駄にしちゃいけない、たとえ1秒たりともだ。
 寿命が分からないから尊いんだよ。明日なくなる命かもしれないからこそ、この一瞬一瞬を大切に生きなくちゃな?」
 「マイケル・・・」

 私はマイケルを抱き締めた。
 こうしている間にも、自分の人生の砂時計の砂は静かにサラサラと落ちている。
 
 「壮一、お金は使わなければ減らないけど、時間は使わなくても容赦なく減っていくよ」
 「ありがとう、マイケル」

 私は冷蔵庫から缶ビールを取出し、いつものようにおつまみのチータラをマイケルにもあげた。
 マイケルは美味しそうにそれを食べていた。

 「ところでマイケル、額に赤くバッテンが付いているのはどんな意味があるの?」
 「ムシャムシャ あああれか? あれは地獄行きが確定しているという印だよ。
 大丈夫、壮一にはないから。ムシャムシャ
 壮一、チータラもっと頂戴」

 私はマイケルにチータラをあげた。

 (すると隣の奥さんも、そしてウチの支店長も地獄行きなのか・・・)

 私は背筋が凍る想いがした。
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