6 / 10
第6話 地獄行き
しおりを挟む
島崎次長が急死した。
次長の通夜で私は泣いた、泣き叫んだ。
放心状態の奥さん、シクシクと泣き続けている中学の娘さんと小学生の息子さん。
「信也、俺よりも先に死ぬ奴があるか・・・。
親よりも先に死ぬなんて、親不孝にもほどがあるぞ・・・」
島崎次長のお父さんも、そう次長の遺体に話し掛けて泣いていた。
お母さんは5年前に他界しており、お父さんの悲しみは底知れぬものになっていた。
お父さんも同じ銀行員だったこともあり、息子である島崎次長はお父さんの自慢でもあった。
「もうすぐ支店長だったのにな?
俺は次長止まりだったが、あと少し、あと少しで・・・。
天国で母さんと仲良く暮らせよ、俺もそのうちそっちへ・・・、行くからな・・・」
お父さんの上には銀色のバレーボールほどの球体が浮かび、そこには「1」と書かれていた。
奥さんにはオレンジ色のソフトボールほどの球体に「51」と書かれており、娘さんと息子さんも長寿だった。
「クモ膜下出血だったそうだ。
もうすぐ島崎次長の念願だった支店長になれたというのに、気の毒なことだ」
支店長が泣いている私の背中を摩りながら言った。
私はいたたまれなくなり、島崎次長の通夜を飛び出した。
外は満月の明るい夜だった。
つがいの野良猫が、話しながら私の目の前を通り過ぎて行った。
「あら、ここのご主人、亡くなったのね? たまにキャットフードをくれたいい人だったのに」
「仕方がないよ、命ある者に限りはあるからな?」
「そうね、今日は満月だし、天国の扉も開くわね?」
「いい人ほど、早く死ぬもんだな?」
葬儀も終わり、1週間が過ぎると、誰も島崎次長のことは話題にもしなくなり、何事もなかったかのように支店の中は落ち着きを取り戻していた。
これが現実なんだと私は思った。
こうして人は人々の記憶からも消えていくのだと。
家に帰ると妹の咲が帰っていて、マイケルを撫でていた。
「お兄ちゃん、お帰りー」
妹の咲の頭上には、オレンジ色の直径1メートルの球体が浮いており、そこには「68」と書かれてあった。
妹とは歳が離れているせいか、自分の娘のような存在でもあった。
私はホッとした。
「島崎次長さん、お気の毒だったわね? 奥さんのご主人を亡くした気持ち、よくわかるわ。お子さんもまだ小さいんでしょう?」
「うん、でももう銀行では忘れられているよ」
「忙しいからでしょうね? そんなものよ、世の中は。
人間はイヤな事や悲しい事、辛いことは早く忘れるように出来ているから。
そうじゃなければ生きてはいけないもの」
母の言う通りだと思った。
「ニャー(その通りだ壮一)」
咲に抱かれたまま、マイケルも言った。
私は自室に戻り、背広を脱いで部屋着に着替えた。
階下で母の声がした。
「壮一、お風呂温くなるわよー」
「咲が先に入っていいよー」
「はーい」
咲も返事をした。
自分の命玉はどんな色でどんな大きさなんだろう? そしてそこに書かれた数字はいくつになっているのだろうか?
大好きな瞳と結婚して、子供が出来て、出世して、そしてどうなるんだろう?
どうしよう、もし数字が1桁だったら・・・。
まさか「1」とか「0」だったりして?
私はどんどん不安になっていった。
「死にたくない、絶対に死ぬのはイヤだ!」
私は死の恐怖に怯えた。
マイケルがドアを叩いた。
「壮一、開けてよ」
私はドアを開け、マイケルを招き入れた。
「どうした壮一? そんな怯えた顔をして?」
「マイケル、僕、死ぬのが怖いんだ」
「死を身近に感じて怖くなったんだな?」
「だってさ、もっともっとやりたいことがたくさんあるんだよ。
死んだらどうなるの? 地獄ってあるの?」
「落ち着け壮一、前にも言ったが死ぬのはお前だけじゃない。
俺もお前もみんないつかは死ぬんだ。
地獄はあるよ、でも安心しろ、99.9%の人間はみんな地獄行きだから。
そして徳を積んだ奴から神様と約束をして、記憶を消されて再び地上に甦るんだ。そしてまた、魂の修業が始まる。
だから人生を無駄にしちゃいけない、たとえ1秒たりともだ。
寿命が分からないから尊いんだよ。明日なくなる命かもしれないからこそ、この一瞬一瞬を大切に生きなくちゃな?」
「マイケル・・・」
私はマイケルを抱き締めた。
こうしている間にも、自分の人生の砂時計の砂は静かにサラサラと落ちている。
「壮一、お金は使わなければ減らないけど、時間は使わなくても容赦なく減っていくよ」
「ありがとう、マイケル」
私は冷蔵庫から缶ビールを取出し、いつものようにおつまみのチータラをマイケルにもあげた。
マイケルは美味しそうにそれを食べていた。
「ところでマイケル、額に赤くバッテンが付いているのはどんな意味があるの?」
「ムシャムシャ あああれか? あれは地獄行きが確定しているという印だよ。
大丈夫、壮一にはないから。ムシャムシャ
壮一、チータラもっと頂戴」
私はマイケルにチータラをあげた。
(すると隣の奥さんも、そしてウチの支店長も地獄行きなのか・・・)
私は背筋が凍る想いがした。
次長の通夜で私は泣いた、泣き叫んだ。
放心状態の奥さん、シクシクと泣き続けている中学の娘さんと小学生の息子さん。
「信也、俺よりも先に死ぬ奴があるか・・・。
親よりも先に死ぬなんて、親不孝にもほどがあるぞ・・・」
島崎次長のお父さんも、そう次長の遺体に話し掛けて泣いていた。
お母さんは5年前に他界しており、お父さんの悲しみは底知れぬものになっていた。
お父さんも同じ銀行員だったこともあり、息子である島崎次長はお父さんの自慢でもあった。
「もうすぐ支店長だったのにな?
俺は次長止まりだったが、あと少し、あと少しで・・・。
天国で母さんと仲良く暮らせよ、俺もそのうちそっちへ・・・、行くからな・・・」
お父さんの上には銀色のバレーボールほどの球体が浮かび、そこには「1」と書かれていた。
奥さんにはオレンジ色のソフトボールほどの球体に「51」と書かれており、娘さんと息子さんも長寿だった。
「クモ膜下出血だったそうだ。
もうすぐ島崎次長の念願だった支店長になれたというのに、気の毒なことだ」
支店長が泣いている私の背中を摩りながら言った。
私はいたたまれなくなり、島崎次長の通夜を飛び出した。
外は満月の明るい夜だった。
つがいの野良猫が、話しながら私の目の前を通り過ぎて行った。
「あら、ここのご主人、亡くなったのね? たまにキャットフードをくれたいい人だったのに」
「仕方がないよ、命ある者に限りはあるからな?」
「そうね、今日は満月だし、天国の扉も開くわね?」
「いい人ほど、早く死ぬもんだな?」
葬儀も終わり、1週間が過ぎると、誰も島崎次長のことは話題にもしなくなり、何事もなかったかのように支店の中は落ち着きを取り戻していた。
これが現実なんだと私は思った。
こうして人は人々の記憶からも消えていくのだと。
家に帰ると妹の咲が帰っていて、マイケルを撫でていた。
「お兄ちゃん、お帰りー」
妹の咲の頭上には、オレンジ色の直径1メートルの球体が浮いており、そこには「68」と書かれてあった。
妹とは歳が離れているせいか、自分の娘のような存在でもあった。
私はホッとした。
「島崎次長さん、お気の毒だったわね? 奥さんのご主人を亡くした気持ち、よくわかるわ。お子さんもまだ小さいんでしょう?」
「うん、でももう銀行では忘れられているよ」
「忙しいからでしょうね? そんなものよ、世の中は。
人間はイヤな事や悲しい事、辛いことは早く忘れるように出来ているから。
そうじゃなければ生きてはいけないもの」
母の言う通りだと思った。
「ニャー(その通りだ壮一)」
咲に抱かれたまま、マイケルも言った。
私は自室に戻り、背広を脱いで部屋着に着替えた。
階下で母の声がした。
「壮一、お風呂温くなるわよー」
「咲が先に入っていいよー」
「はーい」
咲も返事をした。
自分の命玉はどんな色でどんな大きさなんだろう? そしてそこに書かれた数字はいくつになっているのだろうか?
大好きな瞳と結婚して、子供が出来て、出世して、そしてどうなるんだろう?
どうしよう、もし数字が1桁だったら・・・。
まさか「1」とか「0」だったりして?
私はどんどん不安になっていった。
「死にたくない、絶対に死ぬのはイヤだ!」
私は死の恐怖に怯えた。
マイケルがドアを叩いた。
「壮一、開けてよ」
私はドアを開け、マイケルを招き入れた。
「どうした壮一? そんな怯えた顔をして?」
「マイケル、僕、死ぬのが怖いんだ」
「死を身近に感じて怖くなったんだな?」
「だってさ、もっともっとやりたいことがたくさんあるんだよ。
死んだらどうなるの? 地獄ってあるの?」
「落ち着け壮一、前にも言ったが死ぬのはお前だけじゃない。
俺もお前もみんないつかは死ぬんだ。
地獄はあるよ、でも安心しろ、99.9%の人間はみんな地獄行きだから。
そして徳を積んだ奴から神様と約束をして、記憶を消されて再び地上に甦るんだ。そしてまた、魂の修業が始まる。
だから人生を無駄にしちゃいけない、たとえ1秒たりともだ。
寿命が分からないから尊いんだよ。明日なくなる命かもしれないからこそ、この一瞬一瞬を大切に生きなくちゃな?」
「マイケル・・・」
私はマイケルを抱き締めた。
こうしている間にも、自分の人生の砂時計の砂は静かにサラサラと落ちている。
「壮一、お金は使わなければ減らないけど、時間は使わなくても容赦なく減っていくよ」
「ありがとう、マイケル」
私は冷蔵庫から缶ビールを取出し、いつものようにおつまみのチータラをマイケルにもあげた。
マイケルは美味しそうにそれを食べていた。
「ところでマイケル、額に赤くバッテンが付いているのはどんな意味があるの?」
「ムシャムシャ あああれか? あれは地獄行きが確定しているという印だよ。
大丈夫、壮一にはないから。ムシャムシャ
壮一、チータラもっと頂戴」
私はマイケルにチータラをあげた。
(すると隣の奥さんも、そしてウチの支店長も地獄行きなのか・・・)
私は背筋が凍る想いがした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる