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第2話 猫のマイケル

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 階下で母の声がした。
 外出から戻って来たようだ。

 「壮一、シュークリーム買って来たわよー、降りてきなさーい」
 「今は要らない、後で食べるよー」

 私は母を見るのが怖かった。
 母の頭上に浮かぶ球体と、そこに書かれた数字を見るのが。

 「アンタの好きなプモリのシュークリームよー」
 「取っておいてー、後で食べるからー」
 「ヘンねー? いつもなら飛んで来るのに」

 母はシュークリームの箱を開け、珈琲を淹れ始めたようだった。
 一体、母の頭上にはどんな玉が浮かび、どんな数字が書かれているのだろう?

 母は53歳だった。
 せめて30、いや50以上の数字があって欲しかった。

 20年前に父を亡くし、私と妹を必死に育ててくれた母。
 私は今まで、母に何も親孝行らしいことをしていないことに気付いた。
 私は怖かった。

 すると、ドアをカリカリする音が聞こえた。
 猫のマイケルだった。
 私は躊躇した。私はマイケルが大好きだったからだ。


 「壮一、マイケルだよ、ここを開けておくれよ」

 私はまた、夢を見ていると思った。
 人の寿命は見えるわ、猫のマイケルがしゃべるわ、そんなことがあるはずがないからだ。
 私は恐る恐るドアを開けた。

 「オイ壮一、いつものように猫じゃらしで遊んでくれよ」
 
 マイケルの頭上にも玉が浮いていた。
 そこには10と書かれ、銀色のバスケットボールくらいの玉が浮かんでいた。

 「よかったあ! マイケルと後10年は一緒にいられる!
 猫の寿命からすれば、相当長生きだもんな! マイケル!」

 私はマイケルをギュと抱き締めた。

 「壮一、苦しいよー」
 「ごめんごめん」

 私はタンスの上に置いておいた猫じゃらしのオモチャを取ると、マイケルにそれを向けた。


 「ほーら、マイケル、大好きな猫じゃらしだぞー」
 「んっ? 壮一、君はネコのボクの言葉が分かるのかい?」
 「マイケルこそ、俺の言葉が分かるくせに」

 マイケルは私をジッと見詰めると、

 「じゃあ、見えるんだ? 命玉いのちだまが」
 「えっ、見えるって、どうしてそれを?」
 「そうだよ壮一。猫語を理解しているということは、我々猫族、犬族と同じように相手の寿命が見えるということだからね? そしてその者の心までもがさ」
 「マイケルも見えるの! じゃあ俺の玉はどんな色? どれくらいの大きさ? そして数字は?」

 マイケルは自分の右前足を舐めながら言った。

 「まあ、それはどうでもいいじゃないか。
 生まれるということはいつか、死ぬことなんだからさ。
 でも辛いだろ? それが見えるのって。
 ボクたち猫や犬が喋れないのはね、玉のことを人間に話さないようにと神様がお決めになったからなんだ。
 たまにボクたちと喋れる人間を見掛ける時もあるけど、まさか壮一もとはねー」
 「そうだったんだ。俺、もう誰とも会いたくないよ、怖いんだ」
 「壮一、サングラス持っていたよね?」
 「ああ、夏の日差しの強い日や、冬の白銀の雪に太陽の照り返しが眩しい時には掛けるけど」
 「それを掛けてごらんよ。 以前、会った猫語が分かるオジサンが言っていたんだ。
 サングラスを掛けると命玉が見えなくなるって」

 私はゆっくりとサングラスをして、マイケルを見た。
 マイケルは三毛猫だったが、見ると命玉は消えていた。

 「どう? 見えなくなった?」
 「うん! 消えた! 消えたよマイケル!」
 「よかったね、壮一。
 人の命の残りがわかるなんて嫌だもんね? 特に大切な人の余命なんか、知りたくないもんね?」
 「うん・・・」

 マイケルの言う通りだった。
 私は婚約者の瞳の命玉を見るのが一番怖かった。

 「壮一、猫じゃらし、早くやってよ」
 「そうだったね、ほーらほら、マイケルー、どう? 楽しいだろう?」

 マイケルは楽しそうに何度も猫じゃらしを前足で猫パンチしていた。

 「壮一、もっと早く振ってよ! もっと早くうっ!」
 「こうか? これでどう? マイケル?」
 「うん、そうそう、そんなカンジ!」

 私とマイケルは夢中になって猫じゃらしで遊んだ。

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