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第27話
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パリに来てから半年が過ぎた。
「凛、華、先生を呼んで来て頂戴。
もう朝ごはんだよって」
「はーい!」
凛と華はバタバタとアトリエに走って行った。
「せんせー、ご飯ですよー!」
娘たちは伊作を「先生」と呼んでいた。
伊作を「パパ」と呼んで欲しい気持ちはあるが、焦らず娘たちに任せることにした。
一度、パリを下見に来た子供たちはすっかりパリがお気に入りとなり、パリに馴染んでいた。
フランス人の友だちも出来たようで、フランス語の発音は娘たちの方が上手だった。
夫の博行とは離婚の話が進まず、私たちは既にパリでの生活を始めていた。
今は裁判で離婚調停中だった。
常務に退職したいと話すと、
「何も辞めることはないだろう? パリのウチの支店で働けばいいじゃないか? 君ほどのスキルを断つのは勿体無いからな?」
「恐れ入ります常務、気に掛けていただきありがとうございます。
では、お言葉に甘えさせていただきます」
「しかし君の行動力には脱帽だよ、よく決断したな?」
「一度きりの人生ですので」
「羨ましいよ、僕もそう言いたいものだ。アハハハハ」
いい上司に恵まれたと思った。
私は親会社の銀行のパリ支店に転勤扱いにしてもらった。
「凛ちゃんと華ちゃん。
先に食べていていいよ、これをもう少し描いたら行くからママに言っておいてくれるかな?」
「この赤ってとってもキレイ。ママの口紅の色みたい」
「この赤はね? 輪島塗のお椀の赤なんだよ」
「お味噌汁のお椀のこと?」
「そうだよ、あの内側の色なんだ」
アトリエに入ると、絵筆を握る伊作と天使たち。
自分に絵心があれば、この風景を絵に残したいと思った。
「あなた、ご飯出来たわよ。
昨日から寝ていないんじゃない? 大丈夫?」
「ああ、あと少しなんだ」
「無理しないでね? でも無理か? 伊作は芸術家だもんね?
さあ、早く食べましょう、学校に遅れちゃうわよ」
「はーい。先生、がんばってねー」
「行ってらっしゃい、気をつけてね?」
この何気ない暮らし、これこそが私の求めていた生活だった。
自然に愛せる人たちとの生活。私は満たされていた。
この時までは。
「凛、華、先生を呼んで来て頂戴。
もう朝ごはんだよって」
「はーい!」
凛と華はバタバタとアトリエに走って行った。
「せんせー、ご飯ですよー!」
娘たちは伊作を「先生」と呼んでいた。
伊作を「パパ」と呼んで欲しい気持ちはあるが、焦らず娘たちに任せることにした。
一度、パリを下見に来た子供たちはすっかりパリがお気に入りとなり、パリに馴染んでいた。
フランス人の友だちも出来たようで、フランス語の発音は娘たちの方が上手だった。
夫の博行とは離婚の話が進まず、私たちは既にパリでの生活を始めていた。
今は裁判で離婚調停中だった。
常務に退職したいと話すと、
「何も辞めることはないだろう? パリのウチの支店で働けばいいじゃないか? 君ほどのスキルを断つのは勿体無いからな?」
「恐れ入ります常務、気に掛けていただきありがとうございます。
では、お言葉に甘えさせていただきます」
「しかし君の行動力には脱帽だよ、よく決断したな?」
「一度きりの人生ですので」
「羨ましいよ、僕もそう言いたいものだ。アハハハハ」
いい上司に恵まれたと思った。
私は親会社の銀行のパリ支店に転勤扱いにしてもらった。
「凛ちゃんと華ちゃん。
先に食べていていいよ、これをもう少し描いたら行くからママに言っておいてくれるかな?」
「この赤ってとってもキレイ。ママの口紅の色みたい」
「この赤はね? 輪島塗のお椀の赤なんだよ」
「お味噌汁のお椀のこと?」
「そうだよ、あの内側の色なんだ」
アトリエに入ると、絵筆を握る伊作と天使たち。
自分に絵心があれば、この風景を絵に残したいと思った。
「あなた、ご飯出来たわよ。
昨日から寝ていないんじゃない? 大丈夫?」
「ああ、あと少しなんだ」
「無理しないでね? でも無理か? 伊作は芸術家だもんね?
さあ、早く食べましょう、学校に遅れちゃうわよ」
「はーい。先生、がんばってねー」
「行ってらっしゃい、気をつけてね?」
この何気ない暮らし、これこそが私の求めていた生活だった。
自然に愛せる人たちとの生活。私は満たされていた。
この時までは。
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