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第13話
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閉店間際になると、雪乃がやって来た。
「ありがとうサクラちゃん。もういいわよ。
省吾、この前の通りを200m位行った先に『鮨銀』というお寿司屋さんがあるからそこで待ってて。30分後位に行くから」
「わかった」
「それじゃあ有明さん、またのお越しをお待ちしております。今日は本当にありがとうございました」
「ありがとうサクラちゃん、今日は楽しかったよ、おやすみ」
「おやすみなさい」
サクラと雪乃は下がって行った。
『鮨銀』はいかにも銀座らしい寿司屋だった。
暖簾を潜ると檜と酢飯の香りがした。店は常連客たちでいっぱいだった。
「いらっしゃいませ」
女将が応対に出て来た。
「有明様ですか?」
「はい」
「雪乃ちゃんから伺っています、こちらへどうぞ」
カウンターの予約席に案内された。どうやら雪乃はすでに予約していてくれたようだった。
雪乃の気配りの良さに驚かされた。さりげなく回り道をして待っている、接待の基本を心得ている女だった。
流石は銀座で女王として君臨しているだけのことはある。
「お飲み物は?」
「お勧めの日本酒をお願いします」
「福島の会津のお酒なんですが、『会津娘』というのがございます。温燗がお勧めです」
「ではそれで。取り敢えずお造りの3点盛りを下さい」
「かしこまりました」
大将は40代半ばの歌舞伎役者の女形のように端正な顔立ちと美しい手をしていた。
彼の握る鮨はまるで生きているかのように見えた。
もう一人の職人は30代で、海苔巻きを作っていた。
カウンターが10席ほどの店だった。
客の殆どは男性の個人客で、それなりの成功者たちの雰囲気が漂っていた。
後は銀座のママクラスのアフター客のようだった。
「今日のマグロはどこのだい?」
「今日は珍しく地中海の黒マグロがあったので仕入れました」
「それじゃあその中トロを握ってくれ」
「かしこまりました」
大将は美しい所作で鮨を握ると、客の前に中トロを置いた。
話の内容を聞いていると、その男はどうやら弁護士のようだった。食通ぶる態度が鼻につく、嫌な奴だった。
雪乃が店にやって来た。
「おはようございまーす、うちのダーリン来てる? あっ、いたいた」
「雪乃ちゃん、お疲れ様でした。いつものでいいのかしら?」
「お願いします。女将さん、その大島ステキね?」
「自分にご褒美よ」
「私たちにとってお着物は戦闘服だもんね?」
「その通り」
女将は酒の準備を始めた。
「おまたせ。ここ、いいお店でしょ? 何を食べても飲んでも美味しいのよ」
雪乃に氷の入った白ワインが供された。
「再会を祝して、乾杯」
「乾杯」
「あー、お腹空いたー。大将、ヒラメと穴子、それからボタン海老ね」
「今日はいいブドウ海老がございますが、いかがですか?」
「じゃあそれで。省吾は?」
「マグロの中トロとウニを」
「かしこまりました」
「とりあえずお寿司をいただきましょうか? 話は場所を変えてから」
30分ほどで店を出た。勘定をする時、雪乃が払おうとしたが私はそれを制した。
「店で安く飲ませてもらったからここは出させてもらうよ」
「なんだか悪いわね? 私が誘ったのに」
思った通り、5万円弱だった。だが決して高いとは感じなかった、芸術と呼べるような鮨と酒だったからだ。
店でタクシーを呼んでもらい、俺は雪乃に促されるままタクシーに乗った。
「私の自宅で話しましょう。汐留までお願いします」
(自宅?)
これが普通の女なら素直に喜ぶところだろうが、ミステリアスな女、雪乃である。俺は身構えた。
豪華なエントランスのタワーマンションだった。
雪乃の部屋は23階の海側に面していて、煌めく夜景が美しい。
「何か飲む?」
「水、もらえるかな?」
「色んな飲物があるけど、やっぱり水が一番美味しいわよね?」
雪乃はグラスに氷をたっぷり入れて、ミネラルウォーターを注いでくれた。
「いい部屋だな?」
「一緒にここで暮らす?」
「からかわないでくれよ」
「お風呂、沸かしてくるね?」
「本当のことを話してくれないか? どうして俺をからかうのか? 俺は大金持ちでもなんでもない、ただの会計士だ」
「有明省吾、38才。バツイチ。慶応大学経済学部卒の公認会計士。今付き合っている女性はオペ看の神埼渚さん、29才。もう調べさせてもらっているから大丈夫よ」
「君ならもっと婿候補に相応しい男は沢山いるはずだ。どうして俺なんだ?」
「私ね、この人だって思ったの。初めて省吾と新幹線で隣同士の席に座ったあなたを見た時から」
「恋愛なんて、ましてや結婚相手なんて直感で決めるものじゃないだろう?」
「あら、ウチの専務、大番頭の木島も喜んでいたわよ。あれで木島は人を見抜く力は確かなの」
「悪いが俺には結婚しようと決めている渚がいる。君とは結婚出来ない」
「だから?」
「だからって、俺は浮気はしない」
「浮気はしない? あなたは私の誘いを受けてお店に来てくれたじゃないの? 何もしていなくてもそれは浮気でしょ?」
「・・・」
「男と女はね? どれだけ愛しているかじゃないの、いかに「縁」があるかどうかなのよ。つまり絆が強いかどうかなの。
私とあなたは運命ではなく、宿命で結ばれていたのよ。そしてやっと巡り会えた」
「君はシャーマンか? そんなの誰が信じるものか?」
「私にはわかるの。何もかも」
私は一気に水を飲み干した。
「もう一杯水をもらってもいいか?」
「もちろん」
雪乃はグラスに水を注ぐと、それを口に含み、私に口移しで水を飲ませてくれた。
俺はなぜかそれに抗うことが出来なかった。
「おいしい?」
雪乃は笑ってそう言った。
「ありがとうサクラちゃん。もういいわよ。
省吾、この前の通りを200m位行った先に『鮨銀』というお寿司屋さんがあるからそこで待ってて。30分後位に行くから」
「わかった」
「それじゃあ有明さん、またのお越しをお待ちしております。今日は本当にありがとうございました」
「ありがとうサクラちゃん、今日は楽しかったよ、おやすみ」
「おやすみなさい」
サクラと雪乃は下がって行った。
『鮨銀』はいかにも銀座らしい寿司屋だった。
暖簾を潜ると檜と酢飯の香りがした。店は常連客たちでいっぱいだった。
「いらっしゃいませ」
女将が応対に出て来た。
「有明様ですか?」
「はい」
「雪乃ちゃんから伺っています、こちらへどうぞ」
カウンターの予約席に案内された。どうやら雪乃はすでに予約していてくれたようだった。
雪乃の気配りの良さに驚かされた。さりげなく回り道をして待っている、接待の基本を心得ている女だった。
流石は銀座で女王として君臨しているだけのことはある。
「お飲み物は?」
「お勧めの日本酒をお願いします」
「福島の会津のお酒なんですが、『会津娘』というのがございます。温燗がお勧めです」
「ではそれで。取り敢えずお造りの3点盛りを下さい」
「かしこまりました」
大将は40代半ばの歌舞伎役者の女形のように端正な顔立ちと美しい手をしていた。
彼の握る鮨はまるで生きているかのように見えた。
もう一人の職人は30代で、海苔巻きを作っていた。
カウンターが10席ほどの店だった。
客の殆どは男性の個人客で、それなりの成功者たちの雰囲気が漂っていた。
後は銀座のママクラスのアフター客のようだった。
「今日のマグロはどこのだい?」
「今日は珍しく地中海の黒マグロがあったので仕入れました」
「それじゃあその中トロを握ってくれ」
「かしこまりました」
大将は美しい所作で鮨を握ると、客の前に中トロを置いた。
話の内容を聞いていると、その男はどうやら弁護士のようだった。食通ぶる態度が鼻につく、嫌な奴だった。
雪乃が店にやって来た。
「おはようございまーす、うちのダーリン来てる? あっ、いたいた」
「雪乃ちゃん、お疲れ様でした。いつものでいいのかしら?」
「お願いします。女将さん、その大島ステキね?」
「自分にご褒美よ」
「私たちにとってお着物は戦闘服だもんね?」
「その通り」
女将は酒の準備を始めた。
「おまたせ。ここ、いいお店でしょ? 何を食べても飲んでも美味しいのよ」
雪乃に氷の入った白ワインが供された。
「再会を祝して、乾杯」
「乾杯」
「あー、お腹空いたー。大将、ヒラメと穴子、それからボタン海老ね」
「今日はいいブドウ海老がございますが、いかがですか?」
「じゃあそれで。省吾は?」
「マグロの中トロとウニを」
「かしこまりました」
「とりあえずお寿司をいただきましょうか? 話は場所を変えてから」
30分ほどで店を出た。勘定をする時、雪乃が払おうとしたが私はそれを制した。
「店で安く飲ませてもらったからここは出させてもらうよ」
「なんだか悪いわね? 私が誘ったのに」
思った通り、5万円弱だった。だが決して高いとは感じなかった、芸術と呼べるような鮨と酒だったからだ。
店でタクシーを呼んでもらい、俺は雪乃に促されるままタクシーに乗った。
「私の自宅で話しましょう。汐留までお願いします」
(自宅?)
これが普通の女なら素直に喜ぶところだろうが、ミステリアスな女、雪乃である。俺は身構えた。
豪華なエントランスのタワーマンションだった。
雪乃の部屋は23階の海側に面していて、煌めく夜景が美しい。
「何か飲む?」
「水、もらえるかな?」
「色んな飲物があるけど、やっぱり水が一番美味しいわよね?」
雪乃はグラスに氷をたっぷり入れて、ミネラルウォーターを注いでくれた。
「いい部屋だな?」
「一緒にここで暮らす?」
「からかわないでくれよ」
「お風呂、沸かしてくるね?」
「本当のことを話してくれないか? どうして俺をからかうのか? 俺は大金持ちでもなんでもない、ただの会計士だ」
「有明省吾、38才。バツイチ。慶応大学経済学部卒の公認会計士。今付き合っている女性はオペ看の神埼渚さん、29才。もう調べさせてもらっているから大丈夫よ」
「君ならもっと婿候補に相応しい男は沢山いるはずだ。どうして俺なんだ?」
「私ね、この人だって思ったの。初めて省吾と新幹線で隣同士の席に座ったあなたを見た時から」
「恋愛なんて、ましてや結婚相手なんて直感で決めるものじゃないだろう?」
「あら、ウチの専務、大番頭の木島も喜んでいたわよ。あれで木島は人を見抜く力は確かなの」
「悪いが俺には結婚しようと決めている渚がいる。君とは結婚出来ない」
「だから?」
「だからって、俺は浮気はしない」
「浮気はしない? あなたは私の誘いを受けてお店に来てくれたじゃないの? 何もしていなくてもそれは浮気でしょ?」
「・・・」
「男と女はね? どれだけ愛しているかじゃないの、いかに「縁」があるかどうかなのよ。つまり絆が強いかどうかなの。
私とあなたは運命ではなく、宿命で結ばれていたのよ。そしてやっと巡り会えた」
「君はシャーマンか? そんなの誰が信じるものか?」
「私にはわかるの。何もかも」
私は一気に水を飲み干した。
「もう一杯水をもらってもいいか?」
「もちろん」
雪乃はグラスに水を注ぐと、それを口に含み、私に口移しで水を飲ませてくれた。
俺はなぜかそれに抗うことが出来なかった。
「おいしい?」
雪乃は笑ってそう言った。
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