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第12話
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金曜日の銀座は賑わっていた。ハザードランプを点けて停車している高級外車、ブランドで着飾った紳士淑女たち。甘い香りが漂う銀座は日本ではなく、ここは金持ちたちの特区だった。
私は携帯のナビに従い、雪乃がいるクラブ、『月の砂漠』へと赴いた。
ドアの入口には物腰の柔らかい、白髪のタキシードを着た老紳士が立っていた。
私はそのドアマンに尋ねた。
「ここは『月の砂漠』さんですよね? 雪乃さんはいらっしゃいますか?」
「有明様でいらっしゃいますね? お待ちしておりました。どうぞご案内いたします」
ドアマンがドアを開けると、そこはまるでパリの社交界といった雰囲気で、俺は圧倒された。
巨大なスワロフスキーのシャンデリアが吊り下がり、靴が沈むようなレッドカーペット、そして目が眩むような美しい女たちがいた。
様々な香水の香りが男たちの欲情を掻き立てる。
私は一番奥のボックス席に案内された。
「今、チイママを呼んでまいります。お寛ぎになって少しお待ち下さい」
すぐに雪乃のヘルプのホステスがやって来た。
「はじめまして、サクラです。雪乃様が来るまで有明様のお相手をさせていただきます」
(雪乃様? 雪乃はそんなに慕われているのか?)
ボーイがヘネシーのXOとバカラのグラス一式をテーブルに置いた。
それを手際よくグラスに注ぐサクラ。空色のカクテルドレスから覗くブラが艶めかしい。これも計算された演出なのだろう。
「私も何かいただいてもよろしいですか?」
「いいよ」
「すみません、私にギムレットをお願いします」
「かしこまりました」
ここでは女は大切な商品だ。ボーイは恭しく飲物を持ってくるとサクラの前にノンアルのギムレットを置いた。
男は女に酒を飲ませて口説きたがるが、ホステスは一見の客には心を許さない。それは銀座とて同じだ。
出される飲物にはアルコールが入ってはいない。
「お仕事は何をされているのですか?」
「普通のサラリーマンだよ」
「嘘ばっかり、雪乃様がそんな方をこのVIP席に案内したりはしませんよ。雪乃様のお客様はテレビでもよく拝見するような政財界や芸能界の大物ばかりですから。うふっ」
(そんな女がなぜ俺をここへ呼んだのだろう?)
「このお店は銀座で一番のお店なんです。そして雪乃様はここのナンバーワン、つまり銀座、いえ日本でナンバーワンの女神様なんです。だからその女神様がおもてなしをしたいという男性に私は興味があります」
「俺は普通だよ」
(悪い気はしなかったが同時に不安にもなった。そんな女がなぜ旅先で知り合っただけの俺をわざわざここへ招いたのだろう?)
そこへ雪乃がやって来た。
「サクラちゃん、余計な話はしなくていいのよ」
「すみませんでした、雪乃様」
「その雪乃様っていうのも辞めなさい。お客様の前ですよ」
「失礼いたしました」
「ありがとう、もう下がっていいわ」
「はい。では有明様、私は失礼いたします、ごゆっくりどうぞ」
立ち上がったサクラのヒップラインに目が眩んだ。
「いい娘でしょ? アッチの方もかなり凄いみたいよ」
そう言って雪乃は笑った。雪乃はボーイにジントニックを持って来るように命じた。
「実家のバーテンダー、佐竹ほどではないけれど、銀座では名の知れた一番のジントニックよ。味見してみる?」
雪乃は私にグラスを渡した。
いいジンを使っていた。炭酸の強さも丁度良かった。ライムの香りが鼻から爽やかに抜けて行った。
そのグラスを雪乃は取り上げると、美しくそれを口にした。
白い喉仏がみだらに上下していた。
「間接キッスしちゃった。あはっ」
雪乃はチャーミングな笑顔で私に恥じらいを見せた。
「先日は『潮騒閣』をご利用いただきありがとうございました。お気に入りいただけましたでしょうか?」
「またお邪魔したいと思っているよ」
「まさか彼女さんとじゃないでしょうね? 駄目よ、ウチの旅館でそんないやらしいことしちゃ。あはははは」
「だから彼女なんていないよ、これから作る予定だけどね?」
「嘘が下手な男は出世しないわよ。大物政治家やアイドルみたいに知らぬ存ぜぬで通さないと。省吾は正直過ぎるところがあるから気をつけないと」
俺は正直ではない。だがなぜか雪乃の前では渚の存在を隠してしまう。
「あなたには女の匂いがプンプンするもの。それもかなり愛されてるみたいね? それは凄く伝わる。
でもね? 私、障害があるほど燃える方なの、覚悟してね?」
「俺では君と釣合わないよ。からかわないでくれ」
すると雪乃は真っ直ぐに俺を見てこう言った。
「回りくどい話は止めるわね。私と結婚して『潮騒閣』を継いで欲しいの。六代目、加納弥右衛門として」
「冗談はやめてくれ」
「冗談じゃないわ、私、あなたに決めたの。
とにかく後でゆっくりお話しましょう? サクラちゃんを呼んで来て頂戴」
「かしこまりました」
「ごめんなさいね、今夜はお客様が立て込んでいるから。それまでサクラと遊んでて。それじゃあ後でね?」
雪乃は別のテーブルへと移動して行った。
私は狐につままれているのかと思った。
私は携帯のナビに従い、雪乃がいるクラブ、『月の砂漠』へと赴いた。
ドアの入口には物腰の柔らかい、白髪のタキシードを着た老紳士が立っていた。
私はそのドアマンに尋ねた。
「ここは『月の砂漠』さんですよね? 雪乃さんはいらっしゃいますか?」
「有明様でいらっしゃいますね? お待ちしておりました。どうぞご案内いたします」
ドアマンがドアを開けると、そこはまるでパリの社交界といった雰囲気で、俺は圧倒された。
巨大なスワロフスキーのシャンデリアが吊り下がり、靴が沈むようなレッドカーペット、そして目が眩むような美しい女たちがいた。
様々な香水の香りが男たちの欲情を掻き立てる。
私は一番奥のボックス席に案内された。
「今、チイママを呼んでまいります。お寛ぎになって少しお待ち下さい」
すぐに雪乃のヘルプのホステスがやって来た。
「はじめまして、サクラです。雪乃様が来るまで有明様のお相手をさせていただきます」
(雪乃様? 雪乃はそんなに慕われているのか?)
ボーイがヘネシーのXOとバカラのグラス一式をテーブルに置いた。
それを手際よくグラスに注ぐサクラ。空色のカクテルドレスから覗くブラが艶めかしい。これも計算された演出なのだろう。
「私も何かいただいてもよろしいですか?」
「いいよ」
「すみません、私にギムレットをお願いします」
「かしこまりました」
ここでは女は大切な商品だ。ボーイは恭しく飲物を持ってくるとサクラの前にノンアルのギムレットを置いた。
男は女に酒を飲ませて口説きたがるが、ホステスは一見の客には心を許さない。それは銀座とて同じだ。
出される飲物にはアルコールが入ってはいない。
「お仕事は何をされているのですか?」
「普通のサラリーマンだよ」
「嘘ばっかり、雪乃様がそんな方をこのVIP席に案内したりはしませんよ。雪乃様のお客様はテレビでもよく拝見するような政財界や芸能界の大物ばかりですから。うふっ」
(そんな女がなぜ俺をここへ呼んだのだろう?)
「このお店は銀座で一番のお店なんです。そして雪乃様はここのナンバーワン、つまり銀座、いえ日本でナンバーワンの女神様なんです。だからその女神様がおもてなしをしたいという男性に私は興味があります」
「俺は普通だよ」
(悪い気はしなかったが同時に不安にもなった。そんな女がなぜ旅先で知り合っただけの俺をわざわざここへ招いたのだろう?)
そこへ雪乃がやって来た。
「サクラちゃん、余計な話はしなくていいのよ」
「すみませんでした、雪乃様」
「その雪乃様っていうのも辞めなさい。お客様の前ですよ」
「失礼いたしました」
「ありがとう、もう下がっていいわ」
「はい。では有明様、私は失礼いたします、ごゆっくりどうぞ」
立ち上がったサクラのヒップラインに目が眩んだ。
「いい娘でしょ? アッチの方もかなり凄いみたいよ」
そう言って雪乃は笑った。雪乃はボーイにジントニックを持って来るように命じた。
「実家のバーテンダー、佐竹ほどではないけれど、銀座では名の知れた一番のジントニックよ。味見してみる?」
雪乃は私にグラスを渡した。
いいジンを使っていた。炭酸の強さも丁度良かった。ライムの香りが鼻から爽やかに抜けて行った。
そのグラスを雪乃は取り上げると、美しくそれを口にした。
白い喉仏がみだらに上下していた。
「間接キッスしちゃった。あはっ」
雪乃はチャーミングな笑顔で私に恥じらいを見せた。
「先日は『潮騒閣』をご利用いただきありがとうございました。お気に入りいただけましたでしょうか?」
「またお邪魔したいと思っているよ」
「まさか彼女さんとじゃないでしょうね? 駄目よ、ウチの旅館でそんないやらしいことしちゃ。あはははは」
「だから彼女なんていないよ、これから作る予定だけどね?」
「嘘が下手な男は出世しないわよ。大物政治家やアイドルみたいに知らぬ存ぜぬで通さないと。省吾は正直過ぎるところがあるから気をつけないと」
俺は正直ではない。だがなぜか雪乃の前では渚の存在を隠してしまう。
「あなたには女の匂いがプンプンするもの。それもかなり愛されてるみたいね? それは凄く伝わる。
でもね? 私、障害があるほど燃える方なの、覚悟してね?」
「俺では君と釣合わないよ。からかわないでくれ」
すると雪乃は真っ直ぐに俺を見てこう言った。
「回りくどい話は止めるわね。私と結婚して『潮騒閣』を継いで欲しいの。六代目、加納弥右衛門として」
「冗談はやめてくれ」
「冗談じゃないわ、私、あなたに決めたの。
とにかく後でゆっくりお話しましょう? サクラちゃんを呼んで来て頂戴」
「かしこまりました」
「ごめんなさいね、今夜はお客様が立て込んでいるから。それまでサクラと遊んでて。それじゃあ後でね?」
雪乃は別のテーブルへと移動して行った。
私は狐につままれているのかと思った。
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