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第1話

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 裕司と電話で喧嘩をした。

 「奈々、美香とは何もないんだって。信じてくれよお。
 ただ一緒にカラオケ行ってプリクラ撮って、ガストでハンバーグを食っただけなんだよー」
 「そしてその後、キスして裕司の部屋でエッチしたんだよね? 美香が言ってた。
 裕司サイテー! サヨナラ!」

 私は一方的に電話を切った。
 その後も何度か電話やLINEも来たがすべて無視した。
 そしてついに着拒にして、更に裕司の電話番号もメアドもみんな消去した。
 思いっきり泣いた。
 それでも収まらず、私は枕を抱いて1階のパパの部屋に降りて行った。


 「パパ、一緒に寝てもいい?」
 「どうした? 怖い夢でも見たのか?」
 「ううん、裕司とケンカしたの。
 もう別れる、あんな浮気者なんか大っ嫌い!」

 私はパパの布団に滑り込んだ。
 男の人の匂いがした。

 (好き、この大人の男の人の匂い)

 とは言え、パパはまだ40才。
 清彦パパは私の本当のパパじゃない。
 死んだママの再婚相手だ。


 「なんで男って浮気するの?」
 「浮気したことがないから僕にはわからないなあ。なんで浮気するんだろうね? 素敵な女性と付き合っているのに」
 「私、かわいくないのかなあ?」
 「奈々はかわいいよ、ママの娘だからね?」
 「別れたパパの娘でもあるよ。会ったことないけど。
 清彦パパは今でもママのことが好き?」
 「もちろん」
 「ママが死んでもう3年だよ、再婚とかしないの?」
 「しないね」
 「どうして? 女の人とエッチしたいと思わないの?」
 「もうオジサンだからね? そんな気持ちはないな」


 パパが再婚しない理由は分かっている。
 それは今もママを愛していることと、娘の私が悲しむからだ。
 パパはイケメンでやさしくて、おまけにドクターだから凄くモテる。
 パパは大学病院の内科医をしていて、病院には美人も多く、とても危険だ。デンジャラス!
 でもお泊りしたことは一度もなく、飲み会も1次会でちゃんと帰って来る。

 「清彦先生、たまには朝まで一緒に飲みましょうよ~」

 そんなやからは山ほどいるはずなのに相手にしない。


 「ママ、天国でしあわせに暮らしているかなあ?」
 「天国でも笑っていると思うよ。きっと大きな口を開けて」
 「もう背中に翼とか生えたかなあ?」
 「おそらく生えたと思うよ、ママはやさしい天使のような人だから」
 「いいなあ、私も空を飛んでみたいなあ」
 「それじゃあ今度、飛行機に乗せてあげるよ」
 「そうじゃなくって、自分の翼で飛びたいの!」
 「へえー、奈々は凄いね? 奈々には翼があるんだ?」
 「あったらの話だよ」
 「大学、決めたの?」
 「まだ」
 「もうそろそろ決めないとね?」
 「私もママやパパみたいにお医者さんになろうかなあ?」
 「奈々が好きなところに行けばいい。僕は応援するよ」
 「ありがとう、パパ」


 3年前、ママが死んだ。
 パパはママと結婚する前から、ママが治らない病気だとわかっていたらしい、お医者さんだから。
 それなのにママが死んじゃうのにパパはママと結婚し、私を養子にしてくれた。
 私はそんなパパが大好きだった。
 パパとママと、そして私と3人でお風呂にも入って、私が真ん中で3人で手を繋いで寝たこともある。


 (ファザコンなのかな? 私)

 そうかもしれない。
 でも、パパといると凄く安心する。


 妻の弥生やよいが死ぬ時、清彦は弥生と約束をした。

 「私が死んだら奈々が成人するまで一緒にいてあげて欲しいの。
 その後は再婚してもいいから」
 「君は死なないよ、絶対に」
 「死んだらの話よ」
 「だから弥生は死なないって言ってるだろう?」

 清彦は弥生を強く抱き締めた。
 いつも冷静で穏やかな清彦は、泣きながら病床の妻を抱き締めた。

 「奈々は僕たちの娘だ。僕があの娘を一生守って行くよ」
 「ありがとう、清彦がいてくれたら安心だわ。
 何も思い残すことはない。
 それからいい人が出来たら再婚してもいいからね?
 私を忘れてもいいのよ、私もあなたを忘れるから」


 それから1か月もしない間に、弥生はひとりで天国へと旅立って行った。



 弥生の両親はすでに他界しており、奈々は一人っ子で兄弟もなく、頼れる親戚もいなかった。
 清彦はそのまま弥生との約束を守り、娘の奈々と暮らし続けていた。

 妹がいたせいか、清彦は年下の奈々に興味はなかった。
 もちろん俗にいうロリコンではない。奈々のことは本当の娘のように接することが出来た。
 だから高校生といえども、一緒に風呂にも入れるし、一緒に寝ることも出来たのである。

 ただ娘の奈々にはしあわせになって欲しかった。
 やがて奈々も素敵な男性と巡り会って恋をし、結婚するだろう。
 そうすれば清彦の父親としての役割も終わる。


 「おやすみパパ」
 「おやすみ」

 奈々はいつものように清彦の頬におやすみのキスをした。

 清彦は朝食の卵料理を目玉焼きにするか、出汁巻き卵にするかで迷っていた。
 
 (明日は奈々の好きな出汁巻きにしよう)

   
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