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第15話
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「師走にウエディングなんて、ヘンよね?」
純白のウエディングドレスを纏った梢は、少し照れてそう呟いた。
「おかげでチャペルが空いていて良かったじゃないか?
キレイだよ梢、とても」
「ありがとう、あ・な・た」
「結婚式は花嫁のためにあるんだ。
君は美味しそうなバースデーケーキで、俺はそこに添えられたチョコレートのメッセージプレートみたいな物だからね?」
「あら、私は好きよ、あのチョコプレート。
だってあそこに「Happy Birthday こずえ」と書かれているからこそ、それが誰の為のケーキで、何の為のケーキかがわかる訳でしょう?」
「それもそうだな?」
私たちは顔を見合わせて笑った。
私と梢の両親は既に他界しており、結婚式の列席者は花音と純子、そして麻里子のお母さんと梢の弟、充の4人だけだった。
教会のステンドグラスからは、冬の日差しが斜めに差し込んでいた。
ゆっくりとバージンロードを歩いて来る梢と麻里子のお母さん。
エスコートはなくても良かったが、梢が麻里子のお母さんにお願いをして快諾を得たものだった。
「本当に私でいいの? 私なんかで?」
「おばさんに是非お願いしたいんです、麻里子のお母さんだから」
本来「バージン・ロード」とは和製英語で、本当は「Wedding Aisle(ウエディング・アイル)」といい、扉からバージンロードまでを過去、祭壇は現在を表し、そして開いた扉の向こうを未来として考える。
カトリックでレッドカーペットを敷くのは、しあわせそうな花嫁に悪魔が嫉妬して、花嫁をさらわれないようにするためだそうだ。
めでたい結婚式だというのに、花音たちのすすり泣く声が聞こえる。
「ママ、とってもキレイだよ」
「おばさん凄くキレイ。良かったね? 花音」
「うん」
アイルランド人の白髪の神父が誓いの言葉を静かに語り始めた。
「あなたは病める時も富める時も、この人をワイフとして愛することを誓いますか?」
「誓います」
「あなたは病める時も富める時も、この人をハズバンドとして愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
「それでは指輪の交換と、誓いのキスをして下さい」
これからの私の人生には富める時はなく、病める時しかない。
私と梢は結婚指輪をお互いの指にはめると、やさしいキスを交わした。
「それではみなさん、讃美歌312番「いつくしみふかき」を歌いましょう」
教会に鳴り響くオルガンと、透き通るような聖歌隊の唄声。
梢の持っている12本の薔薇、「ダーズンローズ」の12本の薔薇にはそれぞれに意味が込められている。
感謝・誠実・幸福・信頼・希望・愛情・情熱・真実・尊敬・栄光・努力・永遠
それは人生にあるべきすべてだ。
教会の外に出ると、私と梢は花びらとライスシャワーを浴びた。
「中世の頃のヨーロッパでは、「ダーズンローズ」は野に咲く花を12本の花束にしてプロポーズをしたそうだ。
そして求婚された女性は「Yes」の代わりにそこから一輪の花を抜いて男性の襟に刺したらしい」
「ロマンチックなお話ね? 私もをれをやりたい!」
花音が言った。
「ブーケトスはしないわよ。お嫁に行くのはあなたたちふたりだけだから。
これは純子ちゃんと花音にあげる。
ふたりともいい旦那さんを見つけるのよ、私みたいにね? うふっ」
花音と純子はブーケに目を輝かせていた。
全員で記念写真を撮った。
「ママ、良かったね!」
「とってもキレイよ。お母さん」
「姉貴、これで最後にしろよな?
有村さん、こんな姉ですけど、意外といい奴ですからよろしくお願いします」
「こちらこそですよ、充君」
「梢ちゃん、あの子もきっと喜んでいますよ。
麻里子の分までしあわせになってね?」
「ありがとう、おばさん」
「みなさん、今日は本当にありがとうございました。
すみませんがこれからお隣の金沢に新婚旅行に出掛けますのでこれで失礼いたします」
「パパ、ママ、気を付けてね?」
「楽しいご旅行を」
「それじゃあ行ってきまーす。今日は本当にありがとうございました!」
飛行機は敢えて敬遠した。
気圧の変化で眼球や心臓に負担を掛けることになるからだ。
それにもし、私に何か起きた場合、富山に近い方が安心だった。
その為、新婚旅行は近場の金沢を選ぶことにしたのだった。
香林坊、雪吊りをした兼六園、東茶屋の石畳の道、主計町茶屋の川の畔。
金箔を掛けた黒蜜の葛切り、近江町市場の海鮮や金沢おでんなどを食べた。
内灘の砂浜では靴を脱いで梢と裸足になり、手を繋いで波打ち際を一緒に歩いた。
鱗雲と、横たわる灰色の日本海。
「梢、殆の人間は「人生は幸福であるべきだ」と考えている。
だが俺は「人生とは辛く悲しいもの」だと思う。
人生は苦しいことや悲しいことばかりだ。
そう考えて生きていれば、辛いことや嫌なことがあっても、「いつものことだ」と諦めがつく。
そして幸福に出会った時、それを素直に喜び、感謝することが出来る。
やはり生きていることは「奇跡」なんだと」
「私は今まで幸福になることばかりを考えて生きて来たわ。
花音を抱えて必死だった。
死んじゃった方がラクだと思ったことなんて何度もある。
寝ている花音の首を絞めて、一緒に死のうと思ったこともある。
でも今はやっぱり生きてて良かったと思う」
梢は私の手を強く握った。
「人は今までの自分の人生を振り返った時、良かった時をブラス、苦労した時をマイナスとして時系列のグラフにすると、なぜかプラスとマイナスが同じ量になり、辛かった時のことを殆ど忘れてしまうものだ。
小さくマイナスに振れれば小さくプラスに振れ、大きくマイナスになっても、また大きくプラスに転じる。
つまり、人生のプラスとマイナスを足すと「ゼロ」になるというわけだ。
神様は人間が皆、平等になるように配慮して下さっているんだろうな?
俺はそう思うんだ」
「そうかもしれないわね?
だって私、今までのマイナスがすべて吹き飛んでしまったから」
そして梢は私の頬にキスをした。
宿は金沢の老舗旅館にした。
「キレイで広いお部屋ね? 個室露天風呂もあるわ。
何だかすべてが夢みたい。
午前零時になったら魔法が解けて、みんな消えてなくなりそうで怖いくらい」
「シンデレラじゃないんだから、タクシーがカボチャの馬車にはならないし、ガラスの靴もないから大丈夫だよ」
「ねえ、エメラルドの指輪、はめて」
梢はバッグから指輪のケースを取り出し、リボンを解いて私に渡した。
「右手を出してごらん」
私はゆっくりと梢の指に指輪をはめてやった。
「ほら見て、とっても綺麗・・・。
結婚指輪とふたつになっちゃった」
私は梢をやさしく抱き締めた。
「ごめんな? 梢」
「どうして謝るの?」
「弱い男で」
「何を言っているのよ、あなたは私が35年間も待ち続けた「最愛の夫」なのよ。
これから私があなたを守ってあげる。しあわせにしてあげる!
今夜が本当の新婚初夜よ。お月見をしながら一緒にお風呂に入りましょう」
「そうだな? ゆっくりと風呂に浸かろうか? 月夜の露天風呂に」
とても美しい満月の夜だった。
露天風呂には枡酒が用意されていたので、私は枡酒に酒を注ぎ、梢にそれを渡した。
「ほら、梢に月をあげるよ」
「あなたはやっぱり恋愛小説家さんね?」
梢は月が映った枡酒を口に含むと、その酒を口移しで私に飲ませてくれた。
「どう? 美味しい? 月のお酒は?」
「旨いよ、月の酒は・・・」
その夜は初夜ではなく、「最期の夜」だった。
私は激しく梢を抱いた。
梢を決して忘れないために。そして一秒でも永く、梢を愛していたかった。
そして新婚旅行から帰った三日後、私は家を出た。
純白のウエディングドレスを纏った梢は、少し照れてそう呟いた。
「おかげでチャペルが空いていて良かったじゃないか?
キレイだよ梢、とても」
「ありがとう、あ・な・た」
「結婚式は花嫁のためにあるんだ。
君は美味しそうなバースデーケーキで、俺はそこに添えられたチョコレートのメッセージプレートみたいな物だからね?」
「あら、私は好きよ、あのチョコプレート。
だってあそこに「Happy Birthday こずえ」と書かれているからこそ、それが誰の為のケーキで、何の為のケーキかがわかる訳でしょう?」
「それもそうだな?」
私たちは顔を見合わせて笑った。
私と梢の両親は既に他界しており、結婚式の列席者は花音と純子、そして麻里子のお母さんと梢の弟、充の4人だけだった。
教会のステンドグラスからは、冬の日差しが斜めに差し込んでいた。
ゆっくりとバージンロードを歩いて来る梢と麻里子のお母さん。
エスコートはなくても良かったが、梢が麻里子のお母さんにお願いをして快諾を得たものだった。
「本当に私でいいの? 私なんかで?」
「おばさんに是非お願いしたいんです、麻里子のお母さんだから」
本来「バージン・ロード」とは和製英語で、本当は「Wedding Aisle(ウエディング・アイル)」といい、扉からバージンロードまでを過去、祭壇は現在を表し、そして開いた扉の向こうを未来として考える。
カトリックでレッドカーペットを敷くのは、しあわせそうな花嫁に悪魔が嫉妬して、花嫁をさらわれないようにするためだそうだ。
めでたい結婚式だというのに、花音たちのすすり泣く声が聞こえる。
「ママ、とってもキレイだよ」
「おばさん凄くキレイ。良かったね? 花音」
「うん」
アイルランド人の白髪の神父が誓いの言葉を静かに語り始めた。
「あなたは病める時も富める時も、この人をワイフとして愛することを誓いますか?」
「誓います」
「あなたは病める時も富める時も、この人をハズバンドとして愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
「それでは指輪の交換と、誓いのキスをして下さい」
これからの私の人生には富める時はなく、病める時しかない。
私と梢は結婚指輪をお互いの指にはめると、やさしいキスを交わした。
「それではみなさん、讃美歌312番「いつくしみふかき」を歌いましょう」
教会に鳴り響くオルガンと、透き通るような聖歌隊の唄声。
梢の持っている12本の薔薇、「ダーズンローズ」の12本の薔薇にはそれぞれに意味が込められている。
感謝・誠実・幸福・信頼・希望・愛情・情熱・真実・尊敬・栄光・努力・永遠
それは人生にあるべきすべてだ。
教会の外に出ると、私と梢は花びらとライスシャワーを浴びた。
「中世の頃のヨーロッパでは、「ダーズンローズ」は野に咲く花を12本の花束にしてプロポーズをしたそうだ。
そして求婚された女性は「Yes」の代わりにそこから一輪の花を抜いて男性の襟に刺したらしい」
「ロマンチックなお話ね? 私もをれをやりたい!」
花音が言った。
「ブーケトスはしないわよ。お嫁に行くのはあなたたちふたりだけだから。
これは純子ちゃんと花音にあげる。
ふたりともいい旦那さんを見つけるのよ、私みたいにね? うふっ」
花音と純子はブーケに目を輝かせていた。
全員で記念写真を撮った。
「ママ、良かったね!」
「とってもキレイよ。お母さん」
「姉貴、これで最後にしろよな?
有村さん、こんな姉ですけど、意外といい奴ですからよろしくお願いします」
「こちらこそですよ、充君」
「梢ちゃん、あの子もきっと喜んでいますよ。
麻里子の分までしあわせになってね?」
「ありがとう、おばさん」
「みなさん、今日は本当にありがとうございました。
すみませんがこれからお隣の金沢に新婚旅行に出掛けますのでこれで失礼いたします」
「パパ、ママ、気を付けてね?」
「楽しいご旅行を」
「それじゃあ行ってきまーす。今日は本当にありがとうございました!」
飛行機は敢えて敬遠した。
気圧の変化で眼球や心臓に負担を掛けることになるからだ。
それにもし、私に何か起きた場合、富山に近い方が安心だった。
その為、新婚旅行は近場の金沢を選ぶことにしたのだった。
香林坊、雪吊りをした兼六園、東茶屋の石畳の道、主計町茶屋の川の畔。
金箔を掛けた黒蜜の葛切り、近江町市場の海鮮や金沢おでんなどを食べた。
内灘の砂浜では靴を脱いで梢と裸足になり、手を繋いで波打ち際を一緒に歩いた。
鱗雲と、横たわる灰色の日本海。
「梢、殆の人間は「人生は幸福であるべきだ」と考えている。
だが俺は「人生とは辛く悲しいもの」だと思う。
人生は苦しいことや悲しいことばかりだ。
そう考えて生きていれば、辛いことや嫌なことがあっても、「いつものことだ」と諦めがつく。
そして幸福に出会った時、それを素直に喜び、感謝することが出来る。
やはり生きていることは「奇跡」なんだと」
「私は今まで幸福になることばかりを考えて生きて来たわ。
花音を抱えて必死だった。
死んじゃった方がラクだと思ったことなんて何度もある。
寝ている花音の首を絞めて、一緒に死のうと思ったこともある。
でも今はやっぱり生きてて良かったと思う」
梢は私の手を強く握った。
「人は今までの自分の人生を振り返った時、良かった時をブラス、苦労した時をマイナスとして時系列のグラフにすると、なぜかプラスとマイナスが同じ量になり、辛かった時のことを殆ど忘れてしまうものだ。
小さくマイナスに振れれば小さくプラスに振れ、大きくマイナスになっても、また大きくプラスに転じる。
つまり、人生のプラスとマイナスを足すと「ゼロ」になるというわけだ。
神様は人間が皆、平等になるように配慮して下さっているんだろうな?
俺はそう思うんだ」
「そうかもしれないわね?
だって私、今までのマイナスがすべて吹き飛んでしまったから」
そして梢は私の頬にキスをした。
宿は金沢の老舗旅館にした。
「キレイで広いお部屋ね? 個室露天風呂もあるわ。
何だかすべてが夢みたい。
午前零時になったら魔法が解けて、みんな消えてなくなりそうで怖いくらい」
「シンデレラじゃないんだから、タクシーがカボチャの馬車にはならないし、ガラスの靴もないから大丈夫だよ」
「ねえ、エメラルドの指輪、はめて」
梢はバッグから指輪のケースを取り出し、リボンを解いて私に渡した。
「右手を出してごらん」
私はゆっくりと梢の指に指輪をはめてやった。
「ほら見て、とっても綺麗・・・。
結婚指輪とふたつになっちゃった」
私は梢をやさしく抱き締めた。
「ごめんな? 梢」
「どうして謝るの?」
「弱い男で」
「何を言っているのよ、あなたは私が35年間も待ち続けた「最愛の夫」なのよ。
これから私があなたを守ってあげる。しあわせにしてあげる!
今夜が本当の新婚初夜よ。お月見をしながら一緒にお風呂に入りましょう」
「そうだな? ゆっくりと風呂に浸かろうか? 月夜の露天風呂に」
とても美しい満月の夜だった。
露天風呂には枡酒が用意されていたので、私は枡酒に酒を注ぎ、梢にそれを渡した。
「ほら、梢に月をあげるよ」
「あなたはやっぱり恋愛小説家さんね?」
梢は月が映った枡酒を口に含むと、その酒を口移しで私に飲ませてくれた。
「どう? 美味しい? 月のお酒は?」
「旨いよ、月の酒は・・・」
その夜は初夜ではなく、「最期の夜」だった。
私は激しく梢を抱いた。
梢を決して忘れないために。そして一秒でも永く、梢を愛していたかった。
そして新婚旅行から帰った三日後、私は家を出た。
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