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第7話
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大学の学食で私はカツカレーを、花音は天ぷらうどんを食べていた。
「純、またカツカレーなの?
ホント、好きだよねー、カツカレーが」
「カレーにはカツが付き物だよ。ラッキョウや福神漬みたいに。
花音だっていつも天ぷらうどんのくせに」
「うどんには絶対に海老天なのよねー。
最後に残しておいた、海老のシッポを齧りながら飲むお出汁、それが堪んないのよ」
カツカレーの真ん中の、いちばん美味しい部分に私はフォークを刺した。
「この前、花音ママと変なオヤジが家に来た時、そのオヤジの事をグーで殴ってやろうかと思ったわよ。
ママを捨てた男が今更なんなの? まったく!」
私は亡くなった母から、有村という男の、浮気が原因で別れたことを聞かされていた。
(ママと二股を掛ける男なんて許せない!)
私はそう思っていたのだ。
「ああ有村さんね? 結構いい人だよ、あの人。
有村さんなら今、ウチに住んでいるけど?」
「えーっつ! どうして? なんであんなキモイオヤジなんか泊めるのよ!」
「ママが誘ったみたい、「ウチに住めば」って。
昔から友だちだったみたいよ? ウチのママと有村さん、そして純子のママも。
よく一緒にダブルデートしたってママが言ってた。
有村さんって小説家さんなんだよ。大学の図書館にも何冊が置いてあったから、純子も今度読んでみたら?
私、読んで泣いちゃった。
パソコンを買って来て、家で小説を書いているみたい」
「花音はイヤじゃないの? あんなオッサンと一緒で?」
「ママが今まで付き合っていたロクデナシばっかり見て来たから、凄く新鮮だけど?」
花音は天ぷらうどんを啜った。
「まさか花音のママと一緒に寝てなんかいないわよね?」
「それはないよ。だって純のママの元カレさんなんでしょ? いくらなんでもそれはないよ」
「そんなのわかんないわよ!
浮気してママを捨てたオヤジだよ? 花音のママ、美人だし、それに花音だって襲われちゃったらどうすんのよ!」
「どうしたの? そんなにムキになっちゃって? いつものクールな純らしくないよ?」
「あのオッサンが嫌いなだけよ! 大っ嫌いあのオヤジ!」
私はようやくフォークに刺したままだったカツを口にした。
「でもね? うちのママはとってもうれしそうなの。
あんなに楽しそうなママを見たのは初めて。
もしかするとママはずっと有村さんのことが好きだったんじゃないのかなあ。
ほら、よくラブコメでもあるじゃない? 親友のために彼を諦めたとかって話」
花音はまるで他人事のようにそう言うと、海老天を齧った。
「あんなオッサンのどこがいいの?」
「なんだかさー、「家族ごっこ」しているみたいなんだよねー。
ママと有村さんが夫婦で、私がその間に産まれた「かわいい娘」みたいなさ。
私は父親の記憶があまりないからファザコンなのかも」
まだ3/4以上も残っているカツカレーを持って私は席を立った。
「午後からの講義に遅れそうだから、先に行くね?」
「講義って、まだお昼になったばかりだよー」
(何が「家族ごっこ」よ! ママを悲しませた男と同居しているなんて!)
家に帰ると有村がまた来ていて、祖母とお茶を飲みながら話をしていた。
「あら純ちゃん、お帰りなさい。
有村さんがママに御線香をあげに来て下さったのよ、ママの好きだった果物とフリージアの花束を持って」
「お邪魔しています」
私はそれが腹立たしかった。
「帰って! もう二度とママのところに来ないで!」
「純子、有村さんに失礼ですよ! 謝りなさい!」
「おばあちゃんもどうかしているよ! この人はママを捨てた人なんだよ!
何よ今さら! 謝罪のつもり? もう帰って! 二度とここには来ないで!」
有村は私に向き直ると、両手をついて土下座をした。
「どうもすみませんでした。
あなたのお母さんを悲しませたのは事実です」
「私になんか謝らないでよ! 母に謝ってよ! もう遅いけど!」
我慢していた想いが溢れ、涙が零れた。
すると有村は母の遺影の前で土下座をし、頭を畳につけて嗚咽して詫た。
「辛い想いをさせて・・・、本当に、申し訳ありません、でした」
「頭を上げて下さい、有村さん。
若い時のお話ですもの、そんなことは誰にでもあることですから。
あなたはここへ来てくれた、それは麻里子のことを本当に愛してくれていたからだと私は思います」
「誰にでもあってたまるもんですか!」
「あなたもそのうち分かる時が来るわ。
うまくいかない恋も恋は恋なの。
傷付いたのはママだけじゃないのよ。
有村さんも同じくらい、あるいはそれ以上に傷付いたのかもしれない。
それはママと有村さんにしかわからないことなの。
ママも有村さんのことを懐かしそうに笑って話してくれていたじゃないの?
有村さんのことを恨んでいたら、あんなに楽しそうに有村さんの話なんか出来るかしら?」
有村は言った。
「嫌な思いをさせてすみませんでした。
もうここへは参りません。
でも納骨が済んだら、お墓参りだけはさせて下さい。
お願いします」
有村は私と祖母に深々と頭を下げた。
「もちろんですよ。そしてまたいつでもここに遊びに来て下さいね? 麻里子もきっと喜ぶと思いますから」
「ありがとうございます。
では、失礼します」
有村が靴を履いて玄関を出ると、祖母が私に言った。
「ちゃんとお詫びをして来なさい。ママが悲しまないように」
私は有村の後を追った。
有村は杖をつきながら夜の外灯の下を慎重に歩いていたが、道路の植え込みに躓き、生け垣に倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですか!」
「ああ純子さんですね? 大丈夫です、よくやってしまうんですよ、目が悪いもので」
「目が悪いって老眼だからですか?」
「いえ、左目を失明していまして、右目もぼんやりとしか見えないんです。
きっとお母さんを悲しませた罰ですね?」
「ちょっと待ってて、花音の家までクルマで送ってあげるから」
私は自分のクルマに有村を乗せた。
「目が悪いならそう言って下さいよ、クルマで送って行ってあげたのに」
「ありがとうございます。途中でタクシーを拾うつもりだったので助かりました」
間が持たないと思った私は、FMラジオを点けた。
「お母さんとは結婚するつもりでした」
「・・・」
「別な女性と一度、結婚したこともありましたが長続きはしませんでした」
「・・・」
「どうやら私は女性を不幸にしてしまうようです」
「そんなのあなたの勝手な詭弁でしょう!
だから何? だから母も不幸にしたとでも言いたいの?
結局それはあなたのエゴでしょう!」
「そうですね? 私のエゴです」
「でも、もうどうでもいいです、そんなこと。
母はもうこの世にはいないんですから」
「生きているうちに謝りたかったです。
あなたのお母さんに」
クルマのラジオから松田聖子の『あなたに逢いたくて ~Missing You~』が流れて来た。
あなたに逢いたくて 逢いたくて
眠れぬ夜は
あなたのぬくもりを そのぬくもりを思い出し
そっと瞳 閉じてみる・・・
花音の家に着いた。
「送っていただいて、本当にありがとうございました。
気を付けて帰って下さいね?」
「さっきは少し言い過ぎました。また来て下さい、母に会いに」
「ありがとうございます」
クルマを降り、花音の家に向かって杖をつき、左に少し傾いて歩く母の元彼。
私は小さく呟いた。
「ママ、中々いい人じゃない? ママが愛した元カレさん」
子供の頃、母に訊いたことがあった。
「ママ、私の名前はどうして「純子」なの?」
「それはね? 純真な心をいつまでも大切にして欲しいと思ったからよ」
でもそれはおそらく嘘だ。
「純子」という名前は有村純一の「純」の字を取って私に付けてくれた名前だ。
有村さんが私を振り返りながら歩くその姿を見て、私はそう確信した。
母はずっとこの男性を愛していたのだ。
「純、またカツカレーなの?
ホント、好きだよねー、カツカレーが」
「カレーにはカツが付き物だよ。ラッキョウや福神漬みたいに。
花音だっていつも天ぷらうどんのくせに」
「うどんには絶対に海老天なのよねー。
最後に残しておいた、海老のシッポを齧りながら飲むお出汁、それが堪んないのよ」
カツカレーの真ん中の、いちばん美味しい部分に私はフォークを刺した。
「この前、花音ママと変なオヤジが家に来た時、そのオヤジの事をグーで殴ってやろうかと思ったわよ。
ママを捨てた男が今更なんなの? まったく!」
私は亡くなった母から、有村という男の、浮気が原因で別れたことを聞かされていた。
(ママと二股を掛ける男なんて許せない!)
私はそう思っていたのだ。
「ああ有村さんね? 結構いい人だよ、あの人。
有村さんなら今、ウチに住んでいるけど?」
「えーっつ! どうして? なんであんなキモイオヤジなんか泊めるのよ!」
「ママが誘ったみたい、「ウチに住めば」って。
昔から友だちだったみたいよ? ウチのママと有村さん、そして純子のママも。
よく一緒にダブルデートしたってママが言ってた。
有村さんって小説家さんなんだよ。大学の図書館にも何冊が置いてあったから、純子も今度読んでみたら?
私、読んで泣いちゃった。
パソコンを買って来て、家で小説を書いているみたい」
「花音はイヤじゃないの? あんなオッサンと一緒で?」
「ママが今まで付き合っていたロクデナシばっかり見て来たから、凄く新鮮だけど?」
花音は天ぷらうどんを啜った。
「まさか花音のママと一緒に寝てなんかいないわよね?」
「それはないよ。だって純のママの元カレさんなんでしょ? いくらなんでもそれはないよ」
「そんなのわかんないわよ!
浮気してママを捨てたオヤジだよ? 花音のママ、美人だし、それに花音だって襲われちゃったらどうすんのよ!」
「どうしたの? そんなにムキになっちゃって? いつものクールな純らしくないよ?」
「あのオッサンが嫌いなだけよ! 大っ嫌いあのオヤジ!」
私はようやくフォークに刺したままだったカツを口にした。
「でもね? うちのママはとってもうれしそうなの。
あんなに楽しそうなママを見たのは初めて。
もしかするとママはずっと有村さんのことが好きだったんじゃないのかなあ。
ほら、よくラブコメでもあるじゃない? 親友のために彼を諦めたとかって話」
花音はまるで他人事のようにそう言うと、海老天を齧った。
「あんなオッサンのどこがいいの?」
「なんだかさー、「家族ごっこ」しているみたいなんだよねー。
ママと有村さんが夫婦で、私がその間に産まれた「かわいい娘」みたいなさ。
私は父親の記憶があまりないからファザコンなのかも」
まだ3/4以上も残っているカツカレーを持って私は席を立った。
「午後からの講義に遅れそうだから、先に行くね?」
「講義って、まだお昼になったばかりだよー」
(何が「家族ごっこ」よ! ママを悲しませた男と同居しているなんて!)
家に帰ると有村がまた来ていて、祖母とお茶を飲みながら話をしていた。
「あら純ちゃん、お帰りなさい。
有村さんがママに御線香をあげに来て下さったのよ、ママの好きだった果物とフリージアの花束を持って」
「お邪魔しています」
私はそれが腹立たしかった。
「帰って! もう二度とママのところに来ないで!」
「純子、有村さんに失礼ですよ! 謝りなさい!」
「おばあちゃんもどうかしているよ! この人はママを捨てた人なんだよ!
何よ今さら! 謝罪のつもり? もう帰って! 二度とここには来ないで!」
有村は私に向き直ると、両手をついて土下座をした。
「どうもすみませんでした。
あなたのお母さんを悲しませたのは事実です」
「私になんか謝らないでよ! 母に謝ってよ! もう遅いけど!」
我慢していた想いが溢れ、涙が零れた。
すると有村は母の遺影の前で土下座をし、頭を畳につけて嗚咽して詫た。
「辛い想いをさせて・・・、本当に、申し訳ありません、でした」
「頭を上げて下さい、有村さん。
若い時のお話ですもの、そんなことは誰にでもあることですから。
あなたはここへ来てくれた、それは麻里子のことを本当に愛してくれていたからだと私は思います」
「誰にでもあってたまるもんですか!」
「あなたもそのうち分かる時が来るわ。
うまくいかない恋も恋は恋なの。
傷付いたのはママだけじゃないのよ。
有村さんも同じくらい、あるいはそれ以上に傷付いたのかもしれない。
それはママと有村さんにしかわからないことなの。
ママも有村さんのことを懐かしそうに笑って話してくれていたじゃないの?
有村さんのことを恨んでいたら、あんなに楽しそうに有村さんの話なんか出来るかしら?」
有村は言った。
「嫌な思いをさせてすみませんでした。
もうここへは参りません。
でも納骨が済んだら、お墓参りだけはさせて下さい。
お願いします」
有村は私と祖母に深々と頭を下げた。
「もちろんですよ。そしてまたいつでもここに遊びに来て下さいね? 麻里子もきっと喜ぶと思いますから」
「ありがとうございます。
では、失礼します」
有村が靴を履いて玄関を出ると、祖母が私に言った。
「ちゃんとお詫びをして来なさい。ママが悲しまないように」
私は有村の後を追った。
有村は杖をつきながら夜の外灯の下を慎重に歩いていたが、道路の植え込みに躓き、生け垣に倒れ込んでしまった。
「大丈夫ですか!」
「ああ純子さんですね? 大丈夫です、よくやってしまうんですよ、目が悪いもので」
「目が悪いって老眼だからですか?」
「いえ、左目を失明していまして、右目もぼんやりとしか見えないんです。
きっとお母さんを悲しませた罰ですね?」
「ちょっと待ってて、花音の家までクルマで送ってあげるから」
私は自分のクルマに有村を乗せた。
「目が悪いならそう言って下さいよ、クルマで送って行ってあげたのに」
「ありがとうございます。途中でタクシーを拾うつもりだったので助かりました」
間が持たないと思った私は、FMラジオを点けた。
「お母さんとは結婚するつもりでした」
「・・・」
「別な女性と一度、結婚したこともありましたが長続きはしませんでした」
「・・・」
「どうやら私は女性を不幸にしてしまうようです」
「そんなのあなたの勝手な詭弁でしょう!
だから何? だから母も不幸にしたとでも言いたいの?
結局それはあなたのエゴでしょう!」
「そうですね? 私のエゴです」
「でも、もうどうでもいいです、そんなこと。
母はもうこの世にはいないんですから」
「生きているうちに謝りたかったです。
あなたのお母さんに」
クルマのラジオから松田聖子の『あなたに逢いたくて ~Missing You~』が流れて来た。
あなたに逢いたくて 逢いたくて
眠れぬ夜は
あなたのぬくもりを そのぬくもりを思い出し
そっと瞳 閉じてみる・・・
花音の家に着いた。
「送っていただいて、本当にありがとうございました。
気を付けて帰って下さいね?」
「さっきは少し言い過ぎました。また来て下さい、母に会いに」
「ありがとうございます」
クルマを降り、花音の家に向かって杖をつき、左に少し傾いて歩く母の元彼。
私は小さく呟いた。
「ママ、中々いい人じゃない? ママが愛した元カレさん」
子供の頃、母に訊いたことがあった。
「ママ、私の名前はどうして「純子」なの?」
「それはね? 純真な心をいつまでも大切にして欲しいと思ったからよ」
でもそれはおそらく嘘だ。
「純子」という名前は有村純一の「純」の字を取って私に付けてくれた名前だ。
有村さんが私を振り返りながら歩くその姿を見て、私はそう確信した。
母はずっとこの男性を愛していたのだ。
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