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最終話 雪降るマンハッタン

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 ニューヨークに来て半年が過ぎた。
 大した仕事はまだ与えられてはいなかったが、NewYorkerたちの会話スピードには慣れて来た。

 功介は無我夢中だった。
 日本とは違い、ここでは何故そう思うのか? そしてその自分の意見がいかに正当性のあるものなのかを主張しなければならない。
 この緊張感で毎日がヘトヘトだった。


 「麗華さんに会いたい。そしてまたあのポワゾンの香りに包まれたい」

 だが、ポワゾンと最後の夜、功介は約束させられた。


 「いいこと? 功介から連絡してはダメよ、私から連絡するまで電話もメールも、そしてエアメールも禁止。
 わかった?」
 「どうしてですか?」
 「あなたはまだ弱いからよ。強くなりなさい、功介」


 そしてポワゾンからはまだ連絡はなかった。

 美香からはエアメールが週一のペースで届いていた。
 そして2週間前にも手紙が届いていた。


   
  親愛なる功介へ

   どう? そっちの暮らしには慣れた?
  功介のことだから、金髪美人とよろしくやって
  いるとは思うけど。
  あの後、色々と考えてみました。
  でもどうしても考えがまとまらず、小早川
  さんに会いに行ってきました。

   結論からいいますね? 完敗です。
  あの聡明さ、美しさ、大人の女性としての余裕。
  気品の高さ。
  私はすっかり小早川さんに魅了されてしまいま
  した。
  ミイラ盗りがミイラになる? そんな気分です。
  功介が惚れるのも無理はありません。
  女性の私が憧れるのですから。

  私、新しい恋をはじめました。
  今年のクリスマスに結婚式を挙げる予定です。
  ホントは功介に、ウエディングドレス姿の私
  を見せたかったけど、諦めます。

  功介、ニューヨークに旅行することがあったら
  ガイドしてね?
  私は小早川さんにはなれそうもありません。
  功介、たくさんの素敵な思い出をありがとう。
 
                   お元気で。
    かしこ
                             
    元恋人 美香より



 美香にはすまないことをしたと思った。
 だが、自分の気持ちを誤魔化すことは出来なかった。



 クリスマス・イブの前日、同僚たちが足早に休暇のために帰って行く中、オフィスで残った仕事を片付けていると、あの懐かしい香りがした。
 ふと顔を上げると、そこにポワゾンが立っていた。

 「お久しぶりね? 寺田君。
 随分といい顔になったんじゃない?
 男の色気も大分出て来たみたいだし。ふふっ」
 「小早川部長・・・」

 眩しいほどのポワゾンの笑顔に、時が停まった。
 ポワゾンはより美しくなっていた。

 「さあ、もう退社時間よ。
 いつまでやっているの? 時間内に仕事を納められないビジネスマンは失格よ。
 それに今日はクリスマス・イブの前日なのに」
  
 功介は慌てて書類の山を机の引き出しに押し込んだ。



 ポワゾンと腕を組み、無言のまま歩く5th Avenue。
 すべてが輝いて見えた。


 ロックフェラー・センターに辿り着くと、100フィートはあろうかという巨大なクリスマス・ツリーが摩天楼に囲まれ、そびえ立っていた。

 美しく光輝くクリスマスツリーの下で功介とポワゾンは抱き合い、熱い口づけを交わした。
 
 甘いルージュの味と、『Poison』の香り。
 粉雪がやさしくふたりに降り注ぐ。
 僕の肩に、ポワゾンの髪に。

 ふたりはその雪を払おうともせず、ずっと抱き合ったままだった。
 神の祝福を受けながら。

 どこからか、アンディ・ウイリアムスの唄う『White Christmas』が聴こえていた。


                         『ポワゾンと呼ばれた女』完 


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