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第1話 ポワゾン
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『Poison(毒)』と呼ばれるこの香水には数多くの逸話が存在する。
普通の女性では操ることの出来ない香り。
Diorから独立したイヴ・サンローランが、1977年に発売した『オピウム』の成功に業を煮やしたDiorの社長、モーリス・ロジェはルール社の調香師、エドァール・フレシエに従来のDiorにはない、斬新な香水を作るようにと依頼した。
フレシエは女優、イザベル・アジャーニをイメージしてこれを作り上げた。
女性を誘惑する男性のムスクに対して、この甘美で挑発的な独特の香りに男も女も酔いしれた。
ヴォー・ル・ヴィコント城で行われた発表会では、アジャーニはこの類まれなる香水に「毒」という名の『poison』と命名した。
CMの効果も凄まじく、あっという間に『ポワゾン』は全世界を席巻した。
だが、その刺激的な香りからこの香水は賛否も別れ、アメリカでは「禁煙・禁ポワゾン」というレストランも現れたほどだった。
この香水はこの香りを纏うに相応しい女性を選ぶ。
そしてこの香水を纏うことを許された女性は、男性を吟味することが出来た。
『ポワゾン』、それは不思議な魔法の媚香だった。
そして、この『ポワソ』を着けることを許された女が事業本部長の小早川麗華だった。
「小早川部長、ホライゾンの調査報告書がまとまりましたのでご確認下さい」
「ご苦労様。寺田君、それであなたの感想は?」
「はい、決算書や他の財務諸表に問題はありませんでしたがホライズンの本社の駐車場を見た時、社用車の乱雑な駐車状況が気になりました。
トイレも清掃が行き届いているとは言えず、女子社員の私語も多く、出してくれたお茶も・・・」
すると小早川部長は私が作成した報告書に目を通すこともなく、それをゴミ箱へ捨ててしまった。
「わかった、もういいわ。それであなたならホライズンをどうするつもりなの?」
「今回の企業買収に関しては、かなりのリストラが必要になると思います」
「それじゃあそのリストラ対象の社員のリストを作成して明後日のお昼12時までに私に提出して頂戴。もちろんその社員のリストラ理由も添えて」
「わかりました」
小早川部長は社員たちから陰で「ポワゾン」と揶揄されていた。
それには2つの理由があった。
ひとつはその香水のように聡明で魅惑的な美しい女性であることと、そしてもうひとつはその「毒性の強さ」ゆえ、並みの男性が彼女に近付くと将来を失うというものだった。
寺田功介25歳。大学の法学部を出てこの会社に入社して3年になる。
寺田は検事を目指していたが司法試験を諦め、入社後、この会社の調査法務部門に配属されたのである。
寺田は早急にひとりひとりと面接を行い、解雇予定者リストを完成させた。
「部長、こちらがリストラ対象者リストになります」
小早川はそのリストに目を通して言った。
「ほぼ三分の一が使い物にならないゴミ社員だというわけね?」
「残念ながら」
「わかったわ、後日私も再面接をします」
「よろしくお願いします」
すると小早川は美しいシルクのようなウエーブ・ヘアを跳ね上げると、
「今日の夜、私と食事に付き合いなさい。
もしも彼女とのデートがあればそっちはキャンセルしなさい。いいわね?」
小早川部長は思わせぶりに微笑んでみせた。
唇のルージュが艶めかしい。
「ありがとうございます。喜んでご馳走になります」
「最初に断っておくわけど好き嫌いは許さないわよ、食事も女性に対してもね?」
功介は黙って頭を下げ、小早川のブースを後にした。
同期入社の水沢と会社の近くでランチの天丼を食べながら、その話をした。
「寺田、ついにお前もあのポワゾンにロックオンされたか? ご愁傷様」
水沢は面白そうに笑った。
「冗談じゃないよー、イヤだなあ、ブラジル支社に飛ばされたらどうするんだよ?」
「ブラジルならまだマシだぞ、ポワゾンとやっちゃったという、あの噂の北村課長なんてアラスカ出張所だからな?
東大出のスーパーエリートで、将来は役員間違いなしと言われた北村さんがだぜ。
まあ功介なら、モンゴル出張所ってところかな? もちろんそんな出張所はウチにはないから「モンゴルの市場開拓をせよ」とか言われて、遊牧民のパオが事務所だろうな? あはははは」
「水沢、俺、どうしたらいい?」
「とにかく、当たり障りなく付き合って来ることだ。決して深入りはするな、わかったな?
俺も遊び相手の功介がいなくなるのは寂しいからな?」
「なんだよ、他人事だと思って」
「馬鹿野郎、これでも心配してんだぜお前のことを。
俺たち同期だろ?」
水沢は旨そうに天丼を頬張った。
昼休みに恋人の美香にLINEをした。
ごめん、今日は
部長と食事にな
った。
夜、電話するよ。
わかった、浮気
したら殺すから
ね(笑)
怖っ(笑)
そして退社時間となり、功介は小早川部長と銀座の高級鮨店へと向かった。
普通の女性では操ることの出来ない香り。
Diorから独立したイヴ・サンローランが、1977年に発売した『オピウム』の成功に業を煮やしたDiorの社長、モーリス・ロジェはルール社の調香師、エドァール・フレシエに従来のDiorにはない、斬新な香水を作るようにと依頼した。
フレシエは女優、イザベル・アジャーニをイメージしてこれを作り上げた。
女性を誘惑する男性のムスクに対して、この甘美で挑発的な独特の香りに男も女も酔いしれた。
ヴォー・ル・ヴィコント城で行われた発表会では、アジャーニはこの類まれなる香水に「毒」という名の『poison』と命名した。
CMの効果も凄まじく、あっという間に『ポワゾン』は全世界を席巻した。
だが、その刺激的な香りからこの香水は賛否も別れ、アメリカでは「禁煙・禁ポワゾン」というレストランも現れたほどだった。
この香水はこの香りを纏うに相応しい女性を選ぶ。
そしてこの香水を纏うことを許された女性は、男性を吟味することが出来た。
『ポワゾン』、それは不思議な魔法の媚香だった。
そして、この『ポワソ』を着けることを許された女が事業本部長の小早川麗華だった。
「小早川部長、ホライゾンの調査報告書がまとまりましたのでご確認下さい」
「ご苦労様。寺田君、それであなたの感想は?」
「はい、決算書や他の財務諸表に問題はありませんでしたがホライズンの本社の駐車場を見た時、社用車の乱雑な駐車状況が気になりました。
トイレも清掃が行き届いているとは言えず、女子社員の私語も多く、出してくれたお茶も・・・」
すると小早川部長は私が作成した報告書に目を通すこともなく、それをゴミ箱へ捨ててしまった。
「わかった、もういいわ。それであなたならホライズンをどうするつもりなの?」
「今回の企業買収に関しては、かなりのリストラが必要になると思います」
「それじゃあそのリストラ対象の社員のリストを作成して明後日のお昼12時までに私に提出して頂戴。もちろんその社員のリストラ理由も添えて」
「わかりました」
小早川部長は社員たちから陰で「ポワゾン」と揶揄されていた。
それには2つの理由があった。
ひとつはその香水のように聡明で魅惑的な美しい女性であることと、そしてもうひとつはその「毒性の強さ」ゆえ、並みの男性が彼女に近付くと将来を失うというものだった。
寺田功介25歳。大学の法学部を出てこの会社に入社して3年になる。
寺田は検事を目指していたが司法試験を諦め、入社後、この会社の調査法務部門に配属されたのである。
寺田は早急にひとりひとりと面接を行い、解雇予定者リストを完成させた。
「部長、こちらがリストラ対象者リストになります」
小早川はそのリストに目を通して言った。
「ほぼ三分の一が使い物にならないゴミ社員だというわけね?」
「残念ながら」
「わかったわ、後日私も再面接をします」
「よろしくお願いします」
すると小早川は美しいシルクのようなウエーブ・ヘアを跳ね上げると、
「今日の夜、私と食事に付き合いなさい。
もしも彼女とのデートがあればそっちはキャンセルしなさい。いいわね?」
小早川部長は思わせぶりに微笑んでみせた。
唇のルージュが艶めかしい。
「ありがとうございます。喜んでご馳走になります」
「最初に断っておくわけど好き嫌いは許さないわよ、食事も女性に対してもね?」
功介は黙って頭を下げ、小早川のブースを後にした。
同期入社の水沢と会社の近くでランチの天丼を食べながら、その話をした。
「寺田、ついにお前もあのポワゾンにロックオンされたか? ご愁傷様」
水沢は面白そうに笑った。
「冗談じゃないよー、イヤだなあ、ブラジル支社に飛ばされたらどうするんだよ?」
「ブラジルならまだマシだぞ、ポワゾンとやっちゃったという、あの噂の北村課長なんてアラスカ出張所だからな?
東大出のスーパーエリートで、将来は役員間違いなしと言われた北村さんがだぜ。
まあ功介なら、モンゴル出張所ってところかな? もちろんそんな出張所はウチにはないから「モンゴルの市場開拓をせよ」とか言われて、遊牧民のパオが事務所だろうな? あはははは」
「水沢、俺、どうしたらいい?」
「とにかく、当たり障りなく付き合って来ることだ。決して深入りはするな、わかったな?
俺も遊び相手の功介がいなくなるのは寂しいからな?」
「なんだよ、他人事だと思って」
「馬鹿野郎、これでも心配してんだぜお前のことを。
俺たち同期だろ?」
水沢は旨そうに天丼を頬張った。
昼休みに恋人の美香にLINEをした。
ごめん、今日は
部長と食事にな
った。
夜、電話するよ。
わかった、浮気
したら殺すから
ね(笑)
怖っ(笑)
そして退社時間となり、功介は小早川部長と銀座の高級鮨店へと向かった。
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