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第5話

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 功作の出現によって、私の生活は大きく変わり始めた。
 それは自分でも不思議だった。
 恋をするということが、こんなにも素晴らしいものだとは知らなかった。
 周りのすべてが耀いて見えた。

 いちばん変わったのは、自分を愛せるようになったことだ。
 今までは自分に自信がなかった、自分のすべてが嫌いだった。
 それが功作の一言によって大きく変わった。

 「自分を愛してごらん」

 今、私は自分が愛おしくてたまらない。




 「早苗、今度の週末、僕の下宿に遊びに来ないか? 東京の叔父の家に住まわせてもらっているんだけど、叔父の家族に君を紹介したいんだ」
 「えっ、叔父様のご家族に?」
 「彼女なんだからいいだろう?」

 「彼女なんだから」という功作のその言葉に、私はうれしさのあまり、俯いて泣いてしまった。
 「別に泣かなくてもいいだろう? 早苗は僕の大切なひとなんだから」

 功作は私を優しく抱きしめてくれた。



 叔父様ご夫婦は穏やかな人たちだった。
 叔父様は高校の物理の先生で、叔母様は小学校の教師をされていて、好感の持てるやさしいご夫婦だった。
 お庭には家庭菜園があり、トマトが赤く実っていた。

 「早苗さん、トマトのお味はいかが? ウチの庭で採れたトマトなのよ」
 「すごく美味しいです! このちょっと青臭いところなんて、スーパーのトマトにはないものですね?」
 「そうなのよ、やっぱりもぎ立てのお野菜は美味しいわよね? 沢山召し上がれ」
 「家内は料理上手でね? 遠慮しないで沢山食べて下さい」
 「ありがとうございます」

 こんなひとたちと親戚になれたら、どんなにしあわせだろうと思った。


 丁度そこへ娘さんの直子さんが外出から戻って来た。
 直子さんは大手の化粧品メーカーにお勤めだと功作から聞いていた。
 流石に化粧品会社の社員さんだけあって、女優さんのようにきれいな女性だった。
 直子さんの周りがほんのりと明るく見えるほどだった。


 「はじめまして、功作さんとお付き合いさせていただいている、園田早苗です」
 「あなたが早苗さんね? 功作から聞いているわ、よろしくね?
 食事が終わったらちょっと私の部屋に来て頂戴」
 「はい・・・」

 私は少し不安になった。
 もしかすると「功作と別れて」と言われるのではないかと思ったからだ。


 食事が終わり、2階の直子さんの部屋をノックした。

 「どうぞー」
 「失礼します・・・」

 そこは大人の女性の部屋といった感じで、白とブラウンで統一された、アンティーク調の部屋だった。
 インテリアのコンセプトは、パリの屋根裏部屋といった感じだった。


 「緊張しなくていいわよ。早苗ちゃんて言ったわよね? あなた、凄く勿体ないわよ、そんなに整った顔立ちをしているのに。
 ちゃんとしたメイク、したことないでしょう?
 私、化粧品会社に勤めているから、ちょっと気になってね? 
 どう? お化粧してみない?」

 私は安堵した。どうやら直子さんは「味方」のようだった。

 「はい、ぜひお願いします!」

 私は今まで本格的な化粧をしたことがなかった。

 「それじゃあここに座ってみて」
 「はい」

 直子さんのメイクはまるで魔法のようだった。
 手際よく、しかも正確に化粧を進めて行った。
 私の顔はみるみる変貌を遂げて行った。



 30分ほどで私のメイクが完成した。

 「こ、これが私ですか?」
 「そうよ、すごくいい感じでしょ? 思った通りだわ」

 鏡に映る自分の顔は、まるで別人のようだった。



 直子さんと一緒に下のリビングに下りて行くと、みんなが溜息を吐いた。

 「すごいわねー、どこの女優さんかと思ったわ。
 流石は直子、早苗ちゃん、とっても綺麗よ」
 「直子姉ちゃん、ありがとう。早苗をこんなに美人にしてくれて」
 「私は化粧品会社の人間だからね~」

 みんなが笑った。



 駅まで功作に送ってもらう途中、ふいに功作にキスされた。
 今度は私もそれに素直に応じることが出来た。

 「早苗、とても綺麗だよ、惚れ直した」
 「なんだか照れちゃうわ、直子さんから高いお洋服も沢山もらっちゃったし」
 「良かったじゃないか? 直子姉ちゃんは高い服ばっかり持っているからな?」
 「素敵な人たちね? 叔父様たちご家族は」
 「ああ、僕はあの家族が大好きなんだ。そして君もいずれはその親戚になって欲しい」

 天にも昇るような気分だった。

 「しあわせ過ぎて怖い」とはこんなことを言うのだろうか?

 功作は駅の改札口で、いつまでも私に手を振ってくれていた。

 
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