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第7話 女神

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 「室井さん、起きてます?」

 朝6時、いつものように梢が検温と血圧測定にやって来た。
 梢の声にはいつものような力がなく、彼女の瞼は泣き腫らしていた。
 
 「おはよう。夜中、バタバタしていたようだけど、大丈夫だったの? あの爺さんは?」
 「ダメだったの・・・」

 梢はそう呟き、私に体温計を渡した。

 「36.8℃。じゃあ血圧を測りますね?」

 梢は私の腕に血圧測定器を装着した。
 梢の手の温もりが切なかった。

 「あの爺さんは幸せだったと思うよ。美人看護師に最期を看取ってもらえて。
 いい人生だったよ、爺さんは。
 大金持ちも貧乏人も、偉い奴もそうじゃない奴も、最後の死に様がそいつの生き様だからな。
 あの爺さんはきっといい人だったんだろうな?」
 「私もそう思う。あの人はやさしい人だったわ。
 ボケると感情が剥き出しになるでしょう?
 でもね、誰でもそうなる可能性はある。
 だから私は「自分がボケたらこうなるんだろうなあ」ってお世話していたの。
 なんだか卒業生を送り出した担任の先生の気分」

 そう言って、梢はまた涙ぐんだ。
 
 「ウンチを投げつけられてもか?」
 「だってそれでお給料をいただいているんですよ。
 仕事ですよそれは。どうせ食べたカスだし」
 
 梢は寂しそうに笑った。
 彼女は私の測定したデータを測定表に記録した。

 「梢さん、俺も看取ってくれるかな?」
 「いいですよ。でもその頃は私もおばあちゃんになっているかもしれませんけどね? うふふ」
 「そんなに長くはないよ、多分俺は」

 俺は吐き捨てるように白い天井を見ていた。
 気まずい沈黙が流れた。


 「私、生まれつき股関節に異常があってね? 今も医大で治療を継続しているのよ。
 だからこの仕事も結構辛いんだけど、私をずっと看てくれていたナースさんが大好きでね、それで私も看護師になろうと思ったの。
 私、その看護師さんだと痛い注射も我慢出来た。
 私たちはドクターじゃないけど、患者さんの不安や痛みを笑顔に変えることが出来る。
 だからこの仕事が好きなんです。
 だってそんな私を救ってくれたのがそのナースさんだったから。
 私も同じような看護師になりたい。まだまだですけどね?」
 「そうだったんだ。
 良かったよ、私の担当が梢さんで。
 患者の痛みや気持ちが理解できる看護師は少ないからね?」

 いつも明るくニコニコしている彼女にも、そんなカラダで激務をこなしていたのだ。
 私は投げ遣りな自分を恥じた。


 彼女は幸せだと思う。
 自分の仕事に明確な使命感を持って働いているからだ。
 人生を豊かに生きるとは「生き甲斐」なのだから。
 彼女はこれから益々いいナースになっていくことだろう。

 清らかな朝日が梢の顔を輝かせていた。

 私は女神を見ているようだった。
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