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第2話 砂時計

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 「室井さん、どう? まだ痛いですか?」

 手術をしてくれた担当の女医、所沢蒔絵ところざわまきえが回診に来てくれた。

 所沢医師はテレビドラマに出てくるような若くて美しい女医だった。
 救命救急の担当医でもあり、まだ若いがそれなりに医者としての知識と経験は積んでいるようだった。
 専門は消化器外科で、こんな綺麗な女医に便の詰まった腸を切ってもらったのかと思うと、申し訳ない気がした。

 「看護師の元木さんから「術後は痛いでしょうけど頑張って歩いて下さいね」と言われたので、痛くても歩いていますよ、病院中を」
 「でも痛い時は我慢しないで下さいね。痛み止めのお薬を出しますか?」
 「じゃあお願いします」
 「ナースに渡しておきますね。痛い時に飲んで下さい」
 「ありがとうございます」
 「室井さん、この病院は初めてでしたよね?」
 「はい、毎日がヒマで死にそうです」
 「目が悪いから本や雑誌も疲れるでしょう? テレビやラジオも飽きるしね?」
 「糖尿で左目を失ってからは好きな本も読めなくなりました。皮肉なものです、こんなに時間があるのに」
 「私も旅行に行きたいなあと思っても、中々休みが取れない。折角休みが取れても行くのが面倒になって、ダラダラと休日が終わっちゃうのよね。うまくいかないものね?」

 この女医はたくさんの人の死を、自らの手で感じ取って来た医者だと思った。

 「室井さん、ちょっとお腹を見せてもらってもいい?」

 私はパジャマをたくし上げた。
 所沢医師は慎重に絆創膏を剥がし、縫合跡を確認した。

 「大丈夫ですね? 術後の経過は。
 お通じはどうですか?」
 「はい、朝方に1度」
 「そうですか? じゃあなるべく動いて下さいね、その方が回復も早いので」
 「わかりました。先生、手術をすると結構痛いものですね?」
 「そうですね? カラダを切るわけですからね」
 「戦国時代の人たちはさぞや痛かったでしょうね?
 温泉なんかで治るもんではないですよね? ばい菌が入ってそれで亡くなった人もいたんでしょうか?
 私はラッキーですよ、戦国時代に生まれず、所沢先生に手術してもらって」

 所沢医師は楽しそうに笑って言った。
 
 「お役に立てて良かったわ」
 
 だが、その笑顔はすぐに消えた。
 彼女は深い悲しみを秘めた、深い森に浮かぶ湖のような瞳で私を見詰め、オーケストラと協奏曲を弾き終えたバイオリニストのように病室を出て行った。


 この病室は4人部屋になっていた。
 カーテンで仕切られてはいるが、同室者たちはやることがないので、他人の話に興味深く聞き耳を立てていた。

 隣のベッドから軽い咳払いが聞こえた。
 私は窓際のベッドで良かったと思った。
 私のベッドからは東北新幹線が見えていた。
 前に訪れた旅の思い出が蘇る。
 私はリクライニングを起こし、腕に繋がれた3つの点滴から集まる薬液が滴り落ちる様を眺めていた。
 その雫が私には砂時計のようにも見えた。

 自分の余命を示す砂時計のように。
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