沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅴ 由佳の選択

13 妊娠してしまった

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由佳から妻の美智子にメールがあった。
「私、妊娠してしまった」

渡米して一年もたっていない。大学に入ってまだ半年だ。
驚いた美智子が渡米して会いに行った。

私はそれほど心配していなかった。春にでも淳一君が由佳に会いに行き、それでミスかどうか知らんが、由佳を妊娠させてしまったのだろう。それならそれでいいと思っていた。
しかし妻の電話を聞いて仰天した。お腹の子は淳一君の子供ではないというのだ。
数日後、妻が肩を落として帰国してきた。

「私、あの子に会って、すぐに大学をやめて帰国しなさいと言ったのよ」
「君の電話では妊娠四か月だとか」
「まだ四か月にはなっていないと思う。でも淳一さんにどう説明するの?彼と結婚するつもりじゃなかったのって言うと、彼はもう自分がいなくてもやっていける。新しい女性を探せばいいなんて言うから、思わずほっぺたを叩いてしまったわ。今まであの子に手を出したことなんかなかったのに」
そこで口をつぐみ、ため息をついた。

「部屋は同棲している風でもなかった。今の彼は由佳を全面的に頼っているから、自分がいなくなったらだめになってしまう。だから帰国はできないって」
「どんなやつなんだ?」
男性はホセなんとか。同じ大学で陸上をやっている選手で、貧しいが才能もあり由佳のサポートで記録を伸ばしているという。

「まだ大学に入ったとこだろう?これからどうするつもりなんだ」
「大学内に学生と子供が一緒に暮らせる施設があるそうよ」
「じゃあもう、その男と結婚して子供も産むつもりなのか?」
「今度のことはあの子の意志で、淳一さんもいつか分かってくれるって言ってたわ。何を勝手なことってと思った。やっぱりアメリカなんかに行かせたのが間違いね。あの子泣いて謝ると思っていたけど、私の前では涙を見せなかった」

淳一君が、由佳と連絡がつかないと言ってきたので、家に来てもらった。
こんな事を先延ばしにはできない。妻が由佳から聞いたことを婉曲に話した。
由佳に恋人ができたこと。八月には帰国しない。淳一君には悪いと思っている。
それを聞いて彼は顔色を変えた。

「すぐにでもアメリカへ行って、彼女に事情を聞いてきます。直接聞かないと納得できない」
当然だろうな。
仕方なく私が全部包み隠さず話すことにした。

由佳が妊娠していること。相手の男性は同じ大学の陸上選手で由佳がサポートしている。
彼は彼女がいないとだめになる。子供を育てながら大学を卒業する計画だということも。
そして淳一君なら分かってくれるとも。
淳一君には感謝しているが、日本には帰る気はないという事も。

話しながら情けなくなってきた。
私が甘やかしたせいだろうか。
由佳と淳一君が一緒になることを誰よりも楽しみにしていたのに。
彼は手を握りしめ黙って聞いていた。
長い沈黙の後、ふり絞るような声で言った。

「僕の責任ですね。彼女の心をつなぎ止めることができなかった」
「君には本当に申し訳ない。父親として謝るよ」
「僕のために、みなさんに、あんなに助けてもらって、本当に俺、・・・」

そこで何も言えなくなり、走るように家を出た。
私と妻は言葉なく見送った。

愛し合う二人が助け合ってオリンピック出場の夢をかなえたんじゃなかったのか?
栄光を勝ち取った代償が二人の別れなのか?
何でこんなことになってしまったんだ。
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