56 / 139
Ⅲ ロンドンへの道
2 同期の仲間
しおりを挟む
大学の部室に顔を出した。
先輩が、驚いたように話しかけてきた。
「久しぶりだなあ倉本。えらい日に焼けているし、どこかで秘密特訓でもしてきたんか?」
マネージャーさんの言い方はもっと辛辣だった。
「日本インカレをパスするなんて馬鹿じゃないの。秋の大学駅伝は絶対出てもらうからね!」
30度を超えている炎天下のグラウンドで400mのダッシュを5本。
しばらく歩いて、また走ろうとしたが、もうろうとしてきたのでやめた。熱中症寸前だ。
食堂で一人、遅い昼食を食べていると1回生の部員が集まってきた。
東田は郷里の岡山に帰省中でいない。
話を聞くと、多くは休暇中に家族と海外旅行に行っていたそうだ。
去年は受験で行けなかったからという理由。
ここで岩手県の小学生の話をするのはよそうと思った。
みんなは機内食はどこがおいしかったとか、旅行の思い出話に盛り上がっていた。
窓の外には緑の美しい六甲山系が間近に見える。由佳と初めてのデートは、あの辺りだった。
山なら涼しそうだし、また二人で行ってみようか。こんな所で長居はしたくない。
「じゃあ、俺帰るから」
そう言って立ち上がると、あわてた風の薮田君に止められた。
「待ってくれ。今日は旅行の話なんかするため来たんと違う。倉本は前に五千ですごい記録を出したやろ。なのに夏の大会やインカレに出ないのは何でなんや。先輩からも何度も聞かれた。それを今日教えてほしい」
栄本さんが話をつないだ。走り幅跳びで全国上位の記録を持っている期待の部員だ。
「私たち同じ1回生で、これから何年も一緒に汗を流す仲じゃない。倉本君は東田君とだけ仲良くしているけど、私たちとは距離を置いているよね。よかったら試合に出なかった訳、教えてくれる?」
どの程度言えばいいのか迷った。今後のこともあるし、ちゃんと話すべきなんだろうな。
「みんなには黙っていたけれど、熊本のインカレに行かなかったのは経済的理由。8月の国立大対抗戦に出なかったのは、東北にいたから。一週間、岩手県でボランティアをやっていた」
みんな唖然とした顔をしている。
「ここにいない三上さんや東田は知っていると思うけど、俺、高校の時から生活はピンチの連続だった。先月、今まで住んでいた所を出されるのが決まって、焦って試合どころじゃなかった。まあ何とか住むところが決まったから、9月から復帰できると思う。東北には、わがままでも絶対行きたかった。それが理由」
しばらくして栄本さんが言った。
「三上さんから、倉本君は働きながら高校を卒業したって聞いたけど、本当だったのね」
「俺なんか、旅行なんかどこにも行ったことがない世間知らずだし、君らの話にはどうせついていけないと思って近付かなかった。でも心配をかけていたのなら謝るよ。ごめん」
五千では、淳一に次ぐ記録を持っている薮田君が言った。
「俺らより苦労しとって、おまけに県大会で優勝して、それで注目されないという方が無理やろ」
「もう一つ聞きたいことがあるの」
栄本さんが、今度は悪戯っぽく笑いながら言った。
「五千で14分を切った日、走り終わったら観客席にすっ飛んで行ったでしょう。あそこで会っていた女の子は誰なん?初めは高校生の妹さんかなって、みんなで話していたんやけど」
やっぱり見られていたのか。
「あの子は、よく行く病院の娘さん。ただ応援に来てくれていただけ」
「ほんま?顔が赤くなっとうよ。あの後1回生だけで食事をしたけど、倉本君だけおらへんかったん寂しかったよ」
改めて同期はいいなと思った。東北のことを少し話して長い昼食会は終わった。
先輩が、驚いたように話しかけてきた。
「久しぶりだなあ倉本。えらい日に焼けているし、どこかで秘密特訓でもしてきたんか?」
マネージャーさんの言い方はもっと辛辣だった。
「日本インカレをパスするなんて馬鹿じゃないの。秋の大学駅伝は絶対出てもらうからね!」
30度を超えている炎天下のグラウンドで400mのダッシュを5本。
しばらく歩いて、また走ろうとしたが、もうろうとしてきたのでやめた。熱中症寸前だ。
食堂で一人、遅い昼食を食べていると1回生の部員が集まってきた。
東田は郷里の岡山に帰省中でいない。
話を聞くと、多くは休暇中に家族と海外旅行に行っていたそうだ。
去年は受験で行けなかったからという理由。
ここで岩手県の小学生の話をするのはよそうと思った。
みんなは機内食はどこがおいしかったとか、旅行の思い出話に盛り上がっていた。
窓の外には緑の美しい六甲山系が間近に見える。由佳と初めてのデートは、あの辺りだった。
山なら涼しそうだし、また二人で行ってみようか。こんな所で長居はしたくない。
「じゃあ、俺帰るから」
そう言って立ち上がると、あわてた風の薮田君に止められた。
「待ってくれ。今日は旅行の話なんかするため来たんと違う。倉本は前に五千ですごい記録を出したやろ。なのに夏の大会やインカレに出ないのは何でなんや。先輩からも何度も聞かれた。それを今日教えてほしい」
栄本さんが話をつないだ。走り幅跳びで全国上位の記録を持っている期待の部員だ。
「私たち同じ1回生で、これから何年も一緒に汗を流す仲じゃない。倉本君は東田君とだけ仲良くしているけど、私たちとは距離を置いているよね。よかったら試合に出なかった訳、教えてくれる?」
どの程度言えばいいのか迷った。今後のこともあるし、ちゃんと話すべきなんだろうな。
「みんなには黙っていたけれど、熊本のインカレに行かなかったのは経済的理由。8月の国立大対抗戦に出なかったのは、東北にいたから。一週間、岩手県でボランティアをやっていた」
みんな唖然とした顔をしている。
「ここにいない三上さんや東田は知っていると思うけど、俺、高校の時から生活はピンチの連続だった。先月、今まで住んでいた所を出されるのが決まって、焦って試合どころじゃなかった。まあ何とか住むところが決まったから、9月から復帰できると思う。東北には、わがままでも絶対行きたかった。それが理由」
しばらくして栄本さんが言った。
「三上さんから、倉本君は働きながら高校を卒業したって聞いたけど、本当だったのね」
「俺なんか、旅行なんかどこにも行ったことがない世間知らずだし、君らの話にはどうせついていけないと思って近付かなかった。でも心配をかけていたのなら謝るよ。ごめん」
五千では、淳一に次ぐ記録を持っている薮田君が言った。
「俺らより苦労しとって、おまけに県大会で優勝して、それで注目されないという方が無理やろ」
「もう一つ聞きたいことがあるの」
栄本さんが、今度は悪戯っぽく笑いながら言った。
「五千で14分を切った日、走り終わったら観客席にすっ飛んで行ったでしょう。あそこで会っていた女の子は誰なん?初めは高校生の妹さんかなって、みんなで話していたんやけど」
やっぱり見られていたのか。
「あの子は、よく行く病院の娘さん。ただ応援に来てくれていただけ」
「ほんま?顔が赤くなっとうよ。あの後1回生だけで食事をしたけど、倉本君だけおらへんかったん寂しかったよ」
改めて同期はいいなと思った。東北のことを少し話して長い昼食会は終わった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
フェイタリズム
倉木元貴
青春
主人公中田大智は、重度のコミュ障なのだが、ある出来事がきっかけで偶然にも学年一の美少女山河内碧と出会ってしまう。そんなことに運命を感じながらも彼女と接していくうちに、‘自分の彼女には似合わない’そう思うようになってしまっていた。そんなある時、同じクラスの如月歌恋からその恋愛を手伝うと言われ、半信半疑ではあるものの如月歌恋と同盟を結んでしまう。その如月歌恋にあの手この手で振り回されながらも中田大智は進展できずにいた。
そんな奥手でコミュ障な中田大智の恋愛模様を描いた作品です。
ずっと君を想ってる~未来の君へ~
犬飼るか
青春
「三年後の夏─。気持ちが変わらなかったら会いに来て。」高校の卒業式。これが最後と、好きだと伝えようとした〈俺─喜多見和人〉に〈君─美由紀〉が言った言葉。
そして君は一通の手紙を渡した。
時間は遡り─過去へ─そして時は流れ─。三年後─。
俺は今から美由紀に会いに行く。
アルファポリスで閲覧者数を増やすための豆プラン
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
エッセイ・ノンフィクション
私がアルファポリスでの活動から得た『誰にでも出来る地道なPV獲得術』を、豆知識的な感じで書いていきます。
※思いついた時に書くので、不定期更新です。
EAR OF YOUTU
チャッピー
青春
今年から高校生となる耳塚柿人。しかし、目を覚ますとそこはら耳かきがスポーツとして行われている世界だった。
柿人は先輩に誘われて、耳かきの世界へ飛び込んでいくが…?
女子高生は小悪魔だ~教師のボクはこんな毎日送ってます
藤 ゆう
青春
ボクはある私立女子高の体育教師。大学をでて、初めての赴任だった。
「男子がいないからなぁ、ブリっ子もしないし、かなり地がでるぞ…おまえ食われるなよ(笑)」
先輩に聞いていたから少しは身構えていたけれど…
色んな(笑)事件がまきおこる。
どこもこんなものなのか?
新米のボクにはわからないけれど、ついにスタートした可愛い小悪魔たちとの毎日。
【R15】【第二作目連載】最強の妹・樹里の愛が僕に凄すぎる件
木村 サイダー
青春
中学時代のいじめをきっかけに非モテ・ボッチを決め込むようになった高校2年生・御堂雅樹。素人ながら地域や雑誌などを賑わすほどの美しさとスタイルを持ち、成績も優秀で運動神経も発達し、中でもケンカは負け知らずでめっぽう強く学内で男女問わずのモテモテの高校1年生の妹、御堂樹里。前回田中真理に自ら別れを告げたものの傷心中。そんな中樹里が「旅行に行くからナンパ除けについてきてくれ」と提案。友達のリゾートマンションで条件も良かったので快諾したが、現地で待ち受けていたのはちょっとおバカな?あやかしの存在。雅樹や樹里、結衣の前世から持ち来る縁を知る旅に‥‥‥
■場所 関西のとある地方都市
■登場人物
●御堂雅樹
本作の主人公。身長約百八十センチ近くと高めの細マッチョ。ボサボサ頭の目隠れ男子。趣味は釣りとエロゲー。スポーツは特にしないが妹と筋トレには励んでいる。
●御堂樹里
本作のヒロイン。身長百七十センチ以上にJカップのバストを持ち、腹筋はエイトパックに分かれる絶世の美少女。芸能界からのスカウト多数。天性の格闘センスと身体能力でケンカ最強。強烈な人間不信&兄妹コンプレックス。一度だけ兄以外の男性に恋をしかけたことがあり、この夏、偶然再会する。
●堀之内結衣
本作の準ヒロイン。凛とした和装美人タイプだが、情熱的で突っ走る一面を持ち合わせている。父親の浮気現場で自分を浮気相手に揶揄していたことを知り、歪んだ対抗意識を持つようになった。その対抗意識のせいで付き合いだした彼氏に最近一方的に捨てられ、自分を喪失していた時に樹里と電撃的な出会いを果たしてしまった。以後、樹里や雅樹と形を変えながら仲良くするようになる。
※本作には未成年の飲酒・喫煙のシーンがありますが、架空の世界の中での話であり、現実世界にそれを推奨するようなものではありません。むしろ絶対にダメです。
※また宗教観や哲学的な部分がありますが、この物語はフィクションであり、登場人物や彼らが思う団体は実架空の存在であり、実在の団体を指すものではありません。
【休載中】銀世界を筆は今日も
Noel.R
青春
時々、言葉を失う瞬間がある。
それでも、いや寧ろそんな時ほど、真っ白な世界は色付くんだ。
色褪せない青春を、かけがえのない思い出を、忘れられない過去を、その身に刻み込むために。
溢れ出す奔流を止める術を僕は知らない。だから流れの中を、ゆっくりと...
音楽が、喜びが、悲しみが、苦しみが、怒りが、願いが、交錯する。
救いを求め彷徨う青年達の物語。
その先に、何が聴こえる…?
現実世界との平行世界だと思って読んでいただければと思います。
時系列はある程度現実と被らせていますが、実際の出来事とは関係ございません。
不定期連載です。感想お待ちしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる