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Ⅰ 未完のアスリート
5 出会い
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9月中旬でプールでの練習が終わり、部活は基礎体力作りになった。
先輩の話では、たまに温水プールに行くこともあるが、今までよりかなり楽らしい。
部活が終われば図書室に直行し、ゆっくり新聞を読むのが日課になった。家では新聞を取っていないしテレビもないので、芸能情報どころか、事件や事故のニュースすら疎い。
読書では外国文学に興味を持ち、ゲーテやスタンダールなどの純文学から、ドイルやポーの推理小説まで手当たり次第に読破していった。
図書室が閉まるまで過ごし、本の余韻に浸りながら帰宅できるのもうれしい。
10月の初め、引退した白井先輩が部室にやってきた。
「去年、俺が走った駅伝大会なあ。今年も水泳部から何人か出してくれって、陸上部の顧問から言われた。今だれか決めてくれ。俺が報告しとくから」
みんな顔を見合わせ黙ってしまった。2年の先輩が言った。
「けど先輩。去年選手になって、ずっとめんどいとか言ってたじゃないですか」
「まあな。でも水泳部はどうせシーズンオフでひまだろ。頼むよ」
新しく部長になった先輩が、淳一を見た。
「倉本は学校の外を走るのは速かったな。白井さん、1年でもいいんでしょ?」
「まあ2年がいなけりゃ仕方ないけど」
淳一の意思など聞かれもせず、水泳部代表が決まってしまった。強く断らなかったので了承と受け止められたようだ。白井さんは慰めるように言った。
「悪いな倉本。まあうちはそんなに強くないから、気楽に走ってきたらいい」
帰宅後、何となく晴れない気持ちで近くのスーパーに買い物に行った。
これまで安いからといって大量に買って腐らせたり、何日も続けて同じおかずになったりしてしまった。そんな失敗を重ね、今は二日に一度、必要な物を必要なだけ買うようにしている。料理のレパートリーも増え、安い食材でも作り立てなら大体、おいしく食べられることが分かってきた。
まだ豚肉の残りがあるから、もやしを買って焼きそばを作ろうか。冷蔵庫に残っている野菜も使ってしまおう。明日の弁当はそばめしだな。そう思いながら買い物を済ませた。
ドアから出た時、両手に買い物袋を持ったジーンズ姿の女性が前を歩いていた。小さな子供が二人、ふざけながら通ろうとして買い物袋にぶつかり、ジャガイモが転がり落ちた。女性はそのまま歩いて行く。
「落ちましたよ」
思わず呼び止めたが気付かない。ため息をついてジャガイモを拾い上げ、女性に声をかけた。
「あの、これ落ちましたよ」
振り向かないので、仕方なく女性の肩に手を置いた。こちらを向いたのは、意外なことに淳一と同じか年下らしい少女だった。眉根を寄せ、不審そうに見上げる。
「君が野菜を落としたから、拾ってきた」
そう説明をしたが何も答えない。しかし淳一の持っている物を見て、あっという顔をした。おずおず袋を差し出したので野菜を入れた。小さく「ありがとう」と言ったようだが、聞こえない。
すぐに逃げるように行ってしまった。
切れ長の目がきれいな子だった。
自分から女子に声をかけたのは高校生になって初めてだ。
先輩の話では、たまに温水プールに行くこともあるが、今までよりかなり楽らしい。
部活が終われば図書室に直行し、ゆっくり新聞を読むのが日課になった。家では新聞を取っていないしテレビもないので、芸能情報どころか、事件や事故のニュースすら疎い。
読書では外国文学に興味を持ち、ゲーテやスタンダールなどの純文学から、ドイルやポーの推理小説まで手当たり次第に読破していった。
図書室が閉まるまで過ごし、本の余韻に浸りながら帰宅できるのもうれしい。
10月の初め、引退した白井先輩が部室にやってきた。
「去年、俺が走った駅伝大会なあ。今年も水泳部から何人か出してくれって、陸上部の顧問から言われた。今だれか決めてくれ。俺が報告しとくから」
みんな顔を見合わせ黙ってしまった。2年の先輩が言った。
「けど先輩。去年選手になって、ずっとめんどいとか言ってたじゃないですか」
「まあな。でも水泳部はどうせシーズンオフでひまだろ。頼むよ」
新しく部長になった先輩が、淳一を見た。
「倉本は学校の外を走るのは速かったな。白井さん、1年でもいいんでしょ?」
「まあ2年がいなけりゃ仕方ないけど」
淳一の意思など聞かれもせず、水泳部代表が決まってしまった。強く断らなかったので了承と受け止められたようだ。白井さんは慰めるように言った。
「悪いな倉本。まあうちはそんなに強くないから、気楽に走ってきたらいい」
帰宅後、何となく晴れない気持ちで近くのスーパーに買い物に行った。
これまで安いからといって大量に買って腐らせたり、何日も続けて同じおかずになったりしてしまった。そんな失敗を重ね、今は二日に一度、必要な物を必要なだけ買うようにしている。料理のレパートリーも増え、安い食材でも作り立てなら大体、おいしく食べられることが分かってきた。
まだ豚肉の残りがあるから、もやしを買って焼きそばを作ろうか。冷蔵庫に残っている野菜も使ってしまおう。明日の弁当はそばめしだな。そう思いながら買い物を済ませた。
ドアから出た時、両手に買い物袋を持ったジーンズ姿の女性が前を歩いていた。小さな子供が二人、ふざけながら通ろうとして買い物袋にぶつかり、ジャガイモが転がり落ちた。女性はそのまま歩いて行く。
「落ちましたよ」
思わず呼び止めたが気付かない。ため息をついてジャガイモを拾い上げ、女性に声をかけた。
「あの、これ落ちましたよ」
振り向かないので、仕方なく女性の肩に手を置いた。こちらを向いたのは、意外なことに淳一と同じか年下らしい少女だった。眉根を寄せ、不審そうに見上げる。
「君が野菜を落としたから、拾ってきた」
そう説明をしたが何も答えない。しかし淳一の持っている物を見て、あっという顔をした。おずおず袋を差し出したので野菜を入れた。小さく「ありがとう」と言ったようだが、聞こえない。
すぐに逃げるように行ってしまった。
切れ長の目がきれいな子だった。
自分から女子に声をかけたのは高校生になって初めてだ。
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