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第六章

夜を待つ男 1.

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  類の元を離れた美里たちは、しばらく無言で車中にいた。ハツミ叔母さんですら口を閉ざしているので、沈黙がいやに目立つ。
 すると意外にも、影が重苦しい雰囲気を打ち破った。

「母さん、あの飴くれ……」
 影が後部座席から手を伸ばすと、ハツミ叔母さんは目を丸くした。
「えー? めずらし……」
 それからポケットをごそごそ探ると、「なかなか溶けてるけど」と言いながら手渡した。影は一瞬顔をしかめた後、苦労して紙と飴を引き剥がした。その一連の動きを見ていたら、何だか美里も敬遠していたあの飴を食べたいような気がしてきた。
「私も一個欲しいな……」
 振り向くと、影は頷いて一つ手渡してくれる。
「ほんとになかなか溶けてるぞ」
 受け取ると、言葉に偽りはなく、この夏の暑さとハツミ叔母さんの体温で溶けかけた飴を口に入れた。
「あれ……美味しい……」
 ぽつりとつぶやいた美里に、影も深く頷いた。
「俺もそう思った。何でだか今は美味いよな」
「あんたたち、疲れてるんでしょ。疲れてるときに、この飴は本来の力を発揮するのよ……ってわけで、あたしにもちょうだい!」
 手を伸ばしたハツミ叔母さんに、影は「美里にあげたのでラスイチだった」と非情にも言う。
「ざんねーん。でもトランクに入ってるバッグの中にあるから後で食べよっと」
「トランクの中、さらに熱そう……」
 影と美里はどろどろに溶けた飴を想像してしまったが、ハツミ叔母さんは楽しそうな顔に戻っていた。
「影、あんたって意外にも……みんなで行ったカラオケで一曲目入れるタイプ?」
 ハツミ叔母さんは影を見つめてにやにや笑う。
「何だよそれ……」
 カラオケ行かないし、と影は一蹴したが二人のやり取りと飴の甘さのおかげで美里も次第に明るい気持ちになってきた。
「今度こそ、癒し系の場所に行こう。そこに行ったら、そろそろ……」
──旅の終わりなのかな。
 ハツミ叔母さんが口には出さなかった言葉の続きを、美里は心の中に刻みつける。
 終わりになるなら、行きたくない。
 ひりつくような胸の痛みを美里は必死に堪えていた。
──でも旅が始まった以上は、必ず終わる。

「じゃ、いつものように音楽でも聞きますか」
 ハツミ叔母さんがラジオをつけると、ピアノの旋律が流れてきた。クラシックだろうか。曲名は知らないが、どこか懐かしい気持ちになる。
「……この曲、聞いたことあるな」
 影もそう言って、曲に聞き入る。優しいピアノの音色が美里のささくれ立った心をいくらか楽にしてくれた。
 しばらく三人で曲に聞き入った後、ハツミ叔母さんがうっとりとした口調でつぶやいた。
「何だか高原に行きたくなっちゃったなぁ。あんたたち、どう?高原。ここからそんなに遠くないし……」
「え、行き場所決めてなかったんですか?」
 驚いて思わず声を上げた美里に、ハツミ叔母さんは人差し指をピンと立てる。
「旅はそうそう予定通りに進むってことはないから」
 影が呻くように言う。
「今度こそまともな場所で寝たい……それから母さん以外のごはん……」
──確かに前回は、思い出にはなったが疲労の蓄積が半端ではなかった。
「あんたたち、お金払って酷い目に遭う……っていうのが後から思い返すと妙に楽しい思い出になってたりするのよ」
 でも決めた。高原のペンションで、美味しい物を食べる。
 ハツミ叔母さんが大きな声を出すと、辺りに霧が立ち込めはじめた。
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