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1 ハヤシライス

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 ♢    ♢    ♢

「私の知っている××××は、
 とても素直で、よく気がきいて……
 神様みたいないい子でした」

 ♢    ♢    ♢





 
「あれ、あのさぁ……カバー付けてって言ったよね」
「あ……も、申し訳ありません! 直ぐに……」
「はぁ……チッ。急いでるから早くね」
 客からの指摘を受けて慌ててカウンターに置かれた本に紙のカバーをかけていく。
 鈴岡 昴(すずおか すばる)は要領が悪い。
 さりとてその要領の悪さやミスをした時に愛嬌のひとつでもあれば良いのだが、そうでもない。自信のなさを体現したような真っ黒で長い前髪で目元はうっそりと覆われていて、黒縁の四角い眼鏡の奥の瞳は脅えたように潤んでいる。
 初対面の……例えば書店のアルバイトの昴がミスをした時のおどおどとした態度は、客を苛つかせる要因になりえた。
 臆病で根暗。それは幼い時分から変わらない性格であり、性質であった。記憶にある子どもの頃の思い出として、初対面の人に会う時には直ぐに親の後ろに隠れてモジモジと手を絡めては、脚の隙間からそうっと相手を伺うのだ。
 公園で初対面の子どもと仲良くなることも苦手だった。そもそも外で遊ぶよりも、家で本を読んだり祖母とお菓子を作っている時間が好きな子どもであった。
 二十五歳になった今でも自己肯定感の低さは変わらず。そんな昴にも一人だけ。世間の普通についていくことが酷く難しい、矮小な人間にも価値があると思わせてくれる人がいた。
 昔から彼の隣にいると、とても心が温かくなるのだ。

  ♢    ♢    ♢
 
「お……お疲れ様でした」
「あ、鈴岡くん」
 勤務時間を終え、視線を下に向けながら小さな声で挨拶をし控え室から昴に、バックヤードで来月のシフトを作成していた店長が声をかける。
 ビクッと肩を揺らして恐る恐る振り返る昴に、店長はニコニコと笑みを浮かべていた。
「この前、鈴岡くんがやってくれたお菓子本コーナーの陳列。結構売れ行き好評だよ。ポップも丁寧だし……ありがとうね!」
「あ、うぁ……全然……その……ありがとう、ございます。
 で、では、し、失礼しますっ」
「うん、お疲れ様」
「おつかれさまぁ~」
 ボソボソと話しながらも耳を赤くさせて、足早に裏口から出ていった昴に店長はヒラヒラと手を振った。
 同じくバックヤードにいた同僚の女性もスマートフォンを操作しながら二人の会話を聞いており、間延びした声で挨拶を返して、昴が居なくなった後に店長に話しかける。
「ねぇ、てんちょー。鈴岡さんってぇ……」
「んん?」
「なんかぁ……希少な動物みたいで、かーいいですよね!
 あーいうボサボサの毛の動物がビクッて驚く動画、TikTokで見たことあるもん。ほらーこれとか!」
 ニコニコと楽しそうに語る女性店員はスマートフォンを操作して動画を店長の顔の前に突き出した。
「あるもん……じゃないです。さあさあ、休憩終わったら仕事してくださいね」
「てんちょーって鈴岡さんには優しいのに、アタシには厳しくない? なんで~?」
「差をつけたりはしていませんよ。鈴岡くんは多少引っ込み思案だけど真面目で丁寧な仕事をするからねぇ。君は少し大雑把だけれど明るい接客だし、皆よく働いてくれて助かっています」
「あ! やーさし! へへ……じゃあ、働いてきまぁす!!」
「はは、今日はラストまでお願いします」
 嬉しそうに出ていく女性店員に、店長は呆れたように笑って再びシフト作成に戻った。

 ♢    ♢    ♢

 ――橙色と黒色が混じる夕闇の帰り道、昴は考える。帰り道は毎日毎日同じことを考えては心に鉛を蓄えて、それが重くて堪らなくなるのだ。
 自分は、何かを失敗しなかった日なんてあるのだろうか。
 もう少しちゃんと上手に生きられたらいいのに。
 元気で明るい同僚のように、朗らかに笑えたら。いつも落ち着いていて頼もしい上司のようになれたら。
 こんな自分の隣に居てくれる――彼のように、なれたら。
 ぎゅうぎゅうと締め付けられる胸を左手で抑えながら帰路を進む。
(……空くん、もう帰ってきてるかな?)
 その時――ポケットに入れていたスマートフォンがブブッと振動した。慌てて取り出してトークアプリを開く。画面を注視すれば、昴の顔がふっと緩んだ。

――
 今日もお疲れ様! 帰ったらご飯炊いておいてくれる?
――

 続けて、最近彼が頻繁に使っているスタンプが連続して三つ届いた。
 陰鬱としていた胸が、ほわりと温かくなる。
 了承を伝えるスタンプをひとつ返して、昴は少しだけ歩くペースを早めて家路を急いだ。

 
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