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第4章 アリーシア一家の危機
第27話 みーちゃんとの別れ、そして
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アリーシアとカシウス皇子はそれぞれ湯あみと着替えを行った後、エステルハージ侯爵邸のアリーシアの部屋に集まっていた。
みーちゃんも焦げてしまった服を新しいものに着替えている。
「今回の戦争を拡大する前に止められたのは君のおかげだ」
カシウス皇子が戦地でのことを語る。
「坑道で強硬派の奇襲も耐えることができたし、その後はエステルハージ侯の力もあって、すぐに穏健派と交渉に入れた。ありがとう、アリーシア」
「お礼はわたしよりもみーちゃんに。今回も、みーちゃんの『神託』のおかげですから」
カシウス皇子の礼にアリーシアはあわてて答える。
「みーちゃんもありがとう」
みーちゃんにも完璧な礼をするカシウス皇子。ふたりの会話も、だいぶ自然になってきている。
「ふたりのためだもの。わたしががんばるのはとーぜんよ!」
得意げなみーちゃんに、カシウス皇子の頬もわずかだけ緩む。
「……ライハート卿は、どうなったんですか?」
裁判で帰還した際、いつも皇子のそばに仕えるライハート卿の姿がなかった。手紙にも書いた手前、彼のことが気にかかる。
「……ライハートは行方不明だ。奇襲をうけ、坑道に向かう際にしんがりを務めたんだ」
「そう、なのですね」
結局、今回も彼が味方なのか敵なのかわからなかった。
だけど、しんがりを務めたということはカシウス皇子への忠誠は本物だったのだろう。
「ごめんなさい、余計なことを書いてしまいましたね」
「いや、ライハートの生家、アルカディウス家には複雑な事情がある。アリーシアの懸念も間違ってはいない。まあ、こんな所で死ぬような奴ではない。戻ってきたら、また考えれば良い」
カシウス皇子はライハート卿が生きていると確信している様子だ。
(そうね、今は、カシウス様の無事を喜びましょう)
アリーシアも気持ちを切り替える。
「こっちの方も、カシウス様があのタイミングで戻ってこれなければ、もっと大変なことになっていたはずです。本当にありがとうございました」
「……第二皇子派の連中には、二度とおまえたちにあのような真似をさせるつもりはない」
カシウス皇子の瞳に鋭さが戻る。
今まで、カシウス皇子は第二皇子派にもある程度は自由にさせているようにアリーシアにも感じられた。皇妃はともかくとして、第二皇子ハインリヒへの遠慮があったのかもしれない。
「それは心配していません。今回みたいに、必ず私たちのことを守ってくれるって、信じてますから」
「ちゃんとアリーシアとわたしのこと、守ってよね!」
みーちゃんもうんうんとうなずく。
その様子にカシウス皇子の表情も再び柔らかくなった。
皇子とみーちゃんの和やかな雰囲気にアリーシアも嬉しくなる。
「ところで、本当に良かったのか? 私と婚約するということは、将来的にこの国の皇妃となるということだ。その責任は重いぞ?」
急に不安げになるカシウス皇子に、アリーシアは少しだけ意地悪をしたい気持ちになってしまう。
「……あんな場で発表しておいて、いまさらそれを問うのですか?」
「あの時は、自分の気持ちを抑えることができなかった。……西の王国で縁談を迫られた時に気づいたんだ」
カシウス皇子が隣に座るアリーシアを見つめる。
「――君以外の女性と結婚することなど、考えられない」
まっすぐな感情をぶつけられて今度はアリーシアの方が落ち着かない気持ちになる。
――だけど、とても嬉しい。
「……私も同じ気持ちです。もちろん皇妃となる覚悟はできております」
前世では皇妃となったのに、その責任をろくに果たせなかった。
せっかく得られたやり直しの機会だ。今度こそやり遂げたい。
「こう見えて、一度は皇妃をやったことがありますから。……その時はうまくはできませんでしたけど」
「? どういうことだ?」
さすがのカシウス皇子でも、アリーシアの言葉の意味がすぐには理解できなかった様子だ。
皇子と婚約も成立した。
前世のカシウス陛下が行方不明になった原因についても、取り除かれたと言って良いだろう。
(本当のことを話すのは今しかない)
アリーシアは意を決すると、カシウス皇子に向きなおる。
「カシウス様、改めて、お話したいことがあります」
「みーちゃんのことだな」
カシウス皇子に送った手紙には、戻ってきたら、改めてみーちゃんのことについて話したいと書いておいた。
詳しく書かなかったのは、戦地にいるカシウス皇子には、まずは自分の命を守ることに専念してほしかったからだ。
「はい、それに、今の私の話にもつながります。みーちゃんも大丈夫よね?」
「うん、だいじょーぶだよ!」
アリーシアの問いにみーちゃんが胸をたたいてうなずく。
話してはいけないことは、事前にみーちゃんと確認済みだ。
「みーちゃんは、私が処刑された前世から時を遡って助けに来てくれた、私たちの娘なのです」
アリーシアは自分のこと、そしてタリマンドの巫女長とみーちゃんから聞いた話をカシウス皇子に話す。アリーシア自身が処刑されて時を遡ったこと。そして、タリマンドの呪術を使ってそれを成し遂げたのが、前世でのカシウス皇帝陛下と娘のミーシャであることを。
「そうだったのか……だから、裁判の時、みーちゃんは『おかーさま』と言っていたのだな」
「そうなの! でも、なんかカシウスおーじは『おとーさま』って感じがしないの。ほんとのおとーさまを知っているからかな?」
みーちゃんがアリーシアと別れたのは物心がつく前だった。カシウス皇子とはそこが違いにつながっているのかもしれない。
「でも、せっかくだし、おとーさまって言ってみてもいい?」
「……かまわない」
みーちゃんの言葉にわずかながら困ったようにカシウス皇子が答える。
アリーシアはみーちゃんをカシウス皇子に手渡す。
「おとーさま……」
そういってカシウス皇子にぎゅっとしがみつくみーちゃん。
カシウス皇子もぎこちなく握り返す。
その光景に、前世の陛下とミーシャのことをアリーシアは思い出す。
(あの時は、陛下は帰ってこず、ミーシャともほとんど触れ合うことができなかった。やっとこうして、家族一緒に過ごすことができるのね)
「呪術も認めてもらって、みーちゃんも今までより自由にすごせる。これからはみんなで、いろいろ楽しく過ごしていきましょうね」
「そうだな」
アリーシアの言葉に、カシウス皇子もうなずく。
「……」
だが、こんな時に一番に同意するはずのみーちゃんからの声がない。
「どうしたの、みーちゃん?」
「……ごめんね、それはできないの」
カシウス皇子の胸の中、みーちゃんが顔をあげずに小さな声でつぶやく。
「どういうこと? 巫女長に力を分けてもらったし、まだ一緒にいられるのよね?」
「呪術の力については問題ないはずだ」
「……」
ふたりの言葉にもみーちゃんは顔をうずめたままだ。
「あっちのおとーさまに言われてたの。こっちの世界にわたしがいるのは、おかーさまと今のおとーさまが結ばれる時までだって。
……だから、ここでお別れなの」
やっと顔をあげたみーちゃんの目には大粒の涙が浮かんでいた。
「そ、そんな! みーちゃんはどうなるの?」
「だいじょーぶよ。わたしは元の世界に帰るだけだから」
「元の世界に? もう少し、こっちにいるわけにはいかないの?」
せっかく一段落がつき、こうして三人で過ごせるようになったのに。
みーちゃんとももっといろいろなことがしたい。
「本当はそうしたいけど……。残った力は、戻るために必要なの」
再び俯き、みーちゃんは小さな声で話す。
みーちゃんが元の世界に戻る。アリーシアはその可能性を考えていなかった。いや、考えないようにしていただけなのかもしれない。
「それに、あっちのおとーさまをひとりぼっちにするわけにはいかないしね! おかーさまの話も、いっぱいしてあげなくっちゃ」
顔をあげ、明るい口調で話すみーちゃん。
あちらの世界に残されたカシウス陛下のことに思いをはせる。
心を通わせることはできなかったけど、変わらず私のことを愛してくれていたカシウス陛下。
(行けることなら、わたしも行ってお礼がしたい。……あなたのおかげで、未来は変わったのだと)
だけど、それは叶わぬ夢だ。
「みーちゃん……向こうのカシウス様にも、ありがとうと伝えてくれる?」
「うん、もちろん!」
アリーシアもつとめて笑顔で伝える。
みーちゃんが無理をしているのは間違いない。だけどアリーシアは笑顔でお別れしたかった。
「みーちゃん、わたしの大切な、大切な娘。
……大好きよ、みーちゃん」
アリーシアはカシウス皇子と一緒にみーちゃんのことを抱きしめる。
「わたしも大好きだよ、おかーさま。おかーさまに会えて、ほんとに良かった」
みーちゃんも小さな手でアリーシアのことをぎゅっと握り返す。その目には再び涙が浮かびはじめる。
「じゃあ、もう行くね。心配しなくても、こっちでも私は生まれるはずだから。その時はよろしくね!」
みーちゃんは目をこすると、真剣な表情になり、ふたりの胸の中で何かを唱え始めた。
みーちゃんが淡く輝く緑色の光に包まれる。
「うん! その時を楽しみにしてるから!」
その光は一度だけ大きく輝くと、やがてふっと輝きを失った。
アリーシアの言葉が聞こえたのか、最後に笑い返してくれたようにアリーシアには感じられた。
みーちゃんを宿していた人形は、くたっとうなだれ、もう動くことはなくなる。
「行ってしまったのね」
「……そうだな」
死に戻りし、みーちゃんがやってきてからの数か月はまさに激動と言って良かった。
父であるエステルハージ侯爵も死から免れ、侯爵家がバルダザール伯爵一家に乗っ取られることはなくなった。
婚約騒動とデビュタントでの一件、そしてタリマンドの疫病騒ぎを経て、西の王国の宣戦布告と裁判。本当にいろいろなことがあった。
(みーちゃんのおかげで、またカシウス皇子と結ばれたのね)
アリーシアは隣に座るカシウス皇子を見上げる。
「アリーシア、私には前世の記憶はない。だが、前世の私の気持ちはわかる。もし君を失うことがあれば、同じことをするだろう」
カシウス皇子はその瞳でアリーシアをまっすぐ見据える。
「だが、今世ではそんなことは起きない。
……君のことは必ず幸せにする」
――前世ではまともに目を合わせられなかったカシウス皇子の氷の瞳。
青く澄んだその瞳は、今のアリーシアにはとても優しく感じられる。
「カシウス様、あなたに愛されて私は幸せです」
アリーシアは思い切って、カシウス皇子に身をよせその胸に飛び込む。
一瞬だけわずかに目を見開いたカシウス皇子は、アリーシアのことを優しく抱きとめる。
アリーシアは目を閉じる。
すると、唇にやさしく、でも確かなカシウス皇子の熱を感じることが出来た。
みーちゃんも焦げてしまった服を新しいものに着替えている。
「今回の戦争を拡大する前に止められたのは君のおかげだ」
カシウス皇子が戦地でのことを語る。
「坑道で強硬派の奇襲も耐えることができたし、その後はエステルハージ侯の力もあって、すぐに穏健派と交渉に入れた。ありがとう、アリーシア」
「お礼はわたしよりもみーちゃんに。今回も、みーちゃんの『神託』のおかげですから」
カシウス皇子の礼にアリーシアはあわてて答える。
「みーちゃんもありがとう」
みーちゃんにも完璧な礼をするカシウス皇子。ふたりの会話も、だいぶ自然になってきている。
「ふたりのためだもの。わたしががんばるのはとーぜんよ!」
得意げなみーちゃんに、カシウス皇子の頬もわずかだけ緩む。
「……ライハート卿は、どうなったんですか?」
裁判で帰還した際、いつも皇子のそばに仕えるライハート卿の姿がなかった。手紙にも書いた手前、彼のことが気にかかる。
「……ライハートは行方不明だ。奇襲をうけ、坑道に向かう際にしんがりを務めたんだ」
「そう、なのですね」
結局、今回も彼が味方なのか敵なのかわからなかった。
だけど、しんがりを務めたということはカシウス皇子への忠誠は本物だったのだろう。
「ごめんなさい、余計なことを書いてしまいましたね」
「いや、ライハートの生家、アルカディウス家には複雑な事情がある。アリーシアの懸念も間違ってはいない。まあ、こんな所で死ぬような奴ではない。戻ってきたら、また考えれば良い」
カシウス皇子はライハート卿が生きていると確信している様子だ。
(そうね、今は、カシウス様の無事を喜びましょう)
アリーシアも気持ちを切り替える。
「こっちの方も、カシウス様があのタイミングで戻ってこれなければ、もっと大変なことになっていたはずです。本当にありがとうございました」
「……第二皇子派の連中には、二度とおまえたちにあのような真似をさせるつもりはない」
カシウス皇子の瞳に鋭さが戻る。
今まで、カシウス皇子は第二皇子派にもある程度は自由にさせているようにアリーシアにも感じられた。皇妃はともかくとして、第二皇子ハインリヒへの遠慮があったのかもしれない。
「それは心配していません。今回みたいに、必ず私たちのことを守ってくれるって、信じてますから」
「ちゃんとアリーシアとわたしのこと、守ってよね!」
みーちゃんもうんうんとうなずく。
その様子にカシウス皇子の表情も再び柔らかくなった。
皇子とみーちゃんの和やかな雰囲気にアリーシアも嬉しくなる。
「ところで、本当に良かったのか? 私と婚約するということは、将来的にこの国の皇妃となるということだ。その責任は重いぞ?」
急に不安げになるカシウス皇子に、アリーシアは少しだけ意地悪をしたい気持ちになってしまう。
「……あんな場で発表しておいて、いまさらそれを問うのですか?」
「あの時は、自分の気持ちを抑えることができなかった。……西の王国で縁談を迫られた時に気づいたんだ」
カシウス皇子が隣に座るアリーシアを見つめる。
「――君以外の女性と結婚することなど、考えられない」
まっすぐな感情をぶつけられて今度はアリーシアの方が落ち着かない気持ちになる。
――だけど、とても嬉しい。
「……私も同じ気持ちです。もちろん皇妃となる覚悟はできております」
前世では皇妃となったのに、その責任をろくに果たせなかった。
せっかく得られたやり直しの機会だ。今度こそやり遂げたい。
「こう見えて、一度は皇妃をやったことがありますから。……その時はうまくはできませんでしたけど」
「? どういうことだ?」
さすがのカシウス皇子でも、アリーシアの言葉の意味がすぐには理解できなかった様子だ。
皇子と婚約も成立した。
前世のカシウス陛下が行方不明になった原因についても、取り除かれたと言って良いだろう。
(本当のことを話すのは今しかない)
アリーシアは意を決すると、カシウス皇子に向きなおる。
「カシウス様、改めて、お話したいことがあります」
「みーちゃんのことだな」
カシウス皇子に送った手紙には、戻ってきたら、改めてみーちゃんのことについて話したいと書いておいた。
詳しく書かなかったのは、戦地にいるカシウス皇子には、まずは自分の命を守ることに専念してほしかったからだ。
「はい、それに、今の私の話にもつながります。みーちゃんも大丈夫よね?」
「うん、だいじょーぶだよ!」
アリーシアの問いにみーちゃんが胸をたたいてうなずく。
話してはいけないことは、事前にみーちゃんと確認済みだ。
「みーちゃんは、私が処刑された前世から時を遡って助けに来てくれた、私たちの娘なのです」
アリーシアは自分のこと、そしてタリマンドの巫女長とみーちゃんから聞いた話をカシウス皇子に話す。アリーシア自身が処刑されて時を遡ったこと。そして、タリマンドの呪術を使ってそれを成し遂げたのが、前世でのカシウス皇帝陛下と娘のミーシャであることを。
「そうだったのか……だから、裁判の時、みーちゃんは『おかーさま』と言っていたのだな」
「そうなの! でも、なんかカシウスおーじは『おとーさま』って感じがしないの。ほんとのおとーさまを知っているからかな?」
みーちゃんがアリーシアと別れたのは物心がつく前だった。カシウス皇子とはそこが違いにつながっているのかもしれない。
「でも、せっかくだし、おとーさまって言ってみてもいい?」
「……かまわない」
みーちゃんの言葉にわずかながら困ったようにカシウス皇子が答える。
アリーシアはみーちゃんをカシウス皇子に手渡す。
「おとーさま……」
そういってカシウス皇子にぎゅっとしがみつくみーちゃん。
カシウス皇子もぎこちなく握り返す。
その光景に、前世の陛下とミーシャのことをアリーシアは思い出す。
(あの時は、陛下は帰ってこず、ミーシャともほとんど触れ合うことができなかった。やっとこうして、家族一緒に過ごすことができるのね)
「呪術も認めてもらって、みーちゃんも今までより自由にすごせる。これからはみんなで、いろいろ楽しく過ごしていきましょうね」
「そうだな」
アリーシアの言葉に、カシウス皇子もうなずく。
「……」
だが、こんな時に一番に同意するはずのみーちゃんからの声がない。
「どうしたの、みーちゃん?」
「……ごめんね、それはできないの」
カシウス皇子の胸の中、みーちゃんが顔をあげずに小さな声でつぶやく。
「どういうこと? 巫女長に力を分けてもらったし、まだ一緒にいられるのよね?」
「呪術の力については問題ないはずだ」
「……」
ふたりの言葉にもみーちゃんは顔をうずめたままだ。
「あっちのおとーさまに言われてたの。こっちの世界にわたしがいるのは、おかーさまと今のおとーさまが結ばれる時までだって。
……だから、ここでお別れなの」
やっと顔をあげたみーちゃんの目には大粒の涙が浮かんでいた。
「そ、そんな! みーちゃんはどうなるの?」
「だいじょーぶよ。わたしは元の世界に帰るだけだから」
「元の世界に? もう少し、こっちにいるわけにはいかないの?」
せっかく一段落がつき、こうして三人で過ごせるようになったのに。
みーちゃんとももっといろいろなことがしたい。
「本当はそうしたいけど……。残った力は、戻るために必要なの」
再び俯き、みーちゃんは小さな声で話す。
みーちゃんが元の世界に戻る。アリーシアはその可能性を考えていなかった。いや、考えないようにしていただけなのかもしれない。
「それに、あっちのおとーさまをひとりぼっちにするわけにはいかないしね! おかーさまの話も、いっぱいしてあげなくっちゃ」
顔をあげ、明るい口調で話すみーちゃん。
あちらの世界に残されたカシウス陛下のことに思いをはせる。
心を通わせることはできなかったけど、変わらず私のことを愛してくれていたカシウス陛下。
(行けることなら、わたしも行ってお礼がしたい。……あなたのおかげで、未来は変わったのだと)
だけど、それは叶わぬ夢だ。
「みーちゃん……向こうのカシウス様にも、ありがとうと伝えてくれる?」
「うん、もちろん!」
アリーシアもつとめて笑顔で伝える。
みーちゃんが無理をしているのは間違いない。だけどアリーシアは笑顔でお別れしたかった。
「みーちゃん、わたしの大切な、大切な娘。
……大好きよ、みーちゃん」
アリーシアはカシウス皇子と一緒にみーちゃんのことを抱きしめる。
「わたしも大好きだよ、おかーさま。おかーさまに会えて、ほんとに良かった」
みーちゃんも小さな手でアリーシアのことをぎゅっと握り返す。その目には再び涙が浮かびはじめる。
「じゃあ、もう行くね。心配しなくても、こっちでも私は生まれるはずだから。その時はよろしくね!」
みーちゃんは目をこすると、真剣な表情になり、ふたりの胸の中で何かを唱え始めた。
みーちゃんが淡く輝く緑色の光に包まれる。
「うん! その時を楽しみにしてるから!」
その光は一度だけ大きく輝くと、やがてふっと輝きを失った。
アリーシアの言葉が聞こえたのか、最後に笑い返してくれたようにアリーシアには感じられた。
みーちゃんを宿していた人形は、くたっとうなだれ、もう動くことはなくなる。
「行ってしまったのね」
「……そうだな」
死に戻りし、みーちゃんがやってきてからの数か月はまさに激動と言って良かった。
父であるエステルハージ侯爵も死から免れ、侯爵家がバルダザール伯爵一家に乗っ取られることはなくなった。
婚約騒動とデビュタントでの一件、そしてタリマンドの疫病騒ぎを経て、西の王国の宣戦布告と裁判。本当にいろいろなことがあった。
(みーちゃんのおかげで、またカシウス皇子と結ばれたのね)
アリーシアは隣に座るカシウス皇子を見上げる。
「アリーシア、私には前世の記憶はない。だが、前世の私の気持ちはわかる。もし君を失うことがあれば、同じことをするだろう」
カシウス皇子はその瞳でアリーシアをまっすぐ見据える。
「だが、今世ではそんなことは起きない。
……君のことは必ず幸せにする」
――前世ではまともに目を合わせられなかったカシウス皇子の氷の瞳。
青く澄んだその瞳は、今のアリーシアにはとても優しく感じられる。
「カシウス様、あなたに愛されて私は幸せです」
アリーシアは思い切って、カシウス皇子に身をよせその胸に飛び込む。
一瞬だけわずかに目を見開いたカシウス皇子は、アリーシアのことを優しく抱きとめる。
アリーシアは目を閉じる。
すると、唇にやさしく、でも確かなカシウス皇子の熱を感じることが出来た。
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