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第4章 アリーシア一家の危機
第26話 マリナの末路とアリーシアの未来
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カシウス皇子の機転により、アリーシアは救われた。
西の王国の間者であることを自白したヴァルゲは先に牢屋に戻されている。
残された罪人はマリナと老婆のふたりだ。
「へ、陛下! わたくしはアリーシアの親友です! こ、これはあの老婆に騙されて!」
マリナは再び頭を下げ、皇帝陛下に許しを乞う。
「違います! あたしはこの女から金をもらってやったのです!」
老婆も負けじと叫ぶ。
再びふたりの言い争いが再び始まろうとする。
「……もういい。ふたりとも牢屋に入れておけ。後で考えるとしよう」
皇帝陛下はつまらないものを見る目でそう言うとこの場の閉会を告げる。
「ま、待ってください! 牢獄に入るなんて嫌ですわ! ア、アリーシア! わたくしを助けて! わたくしはあなたのためを思ってやっただけなのよ!」
近づいてくる兵士を見て、マリナはアリーシアに懇願する。
「マリナ……」
侯爵家乗っ取り騒動の時、デビュタントの時。今世でアリーシアはマリナを二度助けた。
それは前世での事件の真相が知りたかったという部分が大きい。
今、西の王国の策謀は明るみになった。
このまま時が進んでも、前世のようにカシウス皇子が戦地で行方不明になることはもうないだろう。
(今こそ、マリナにも罪を償わせる時ね)
前世で虐めただけでなく、今世でもみーちゃんを傷つけようとするなんて。
今までは背後にいる者たちをあぶりだすために泳がせていたのだ。
もうマリナを許す必要はない。
アリーシアはマリナに向きなおる。
「わたしを助けてくれようとしたことは、とっても嬉しいわ」
「で、でしたら!」
アリーシアの言葉に、マリナの表情がやわらぐ。
「でも、わたしの大切なこの子を――みーちゃんを傷つけようとしたことは、ぜったいに許すことはできない」
マリナの表情が絶望に歪む。
「そ、そんな! わたくしはあなたの人形が動いたり話したりするなんて、し、知らなかったのよ! 許してちょうだい!」
「賢いあなたなら、この子がわたしにとって大切だってことは伝わってたでしょう?
……だから、あなたは燃やそうとしたんだから」
大切なものを失ったアリーシアの姿がみたいという、マリナの意図はお見通しだ。
「そ、そんなことは!」
「……大丈夫、少し牢獄に入るだけよ。大きな罪ではないし、すぐに出られるはずよ。今度は、わたしがあなたに会いに行くから」
アリーシアの言葉にも、マリナの歪んだ表情は変わらなかった。
「い、いやよ! いま牢獄に入ってしまえば、もう出られないわ!」
マリナの立場は弱い。これまでマリナが両親に押し付け、罪から逃れてきたように、今回の一件について、第二皇子派はマリナに責任をすべて押しつける可能性が高い。
マリナも当然そこに思い至っているのだろう。
アリーシアの助力を得られないと悟ったマリナは、次は玉座にいる第二皇子に目をむける。
「ハ、ハインリヒ様! どうかお助けください! ま、まだ、わたくしの力が必要なはずですわ!」
突然声をかけられたハインリヒ皇子は困ったような表情になる。
「伯爵令嬢、わたしは両親が捕縛されたあなたのことを哀れに思い、保護しました。ですが、罪は罪。自ら犯した罪をつぐなうことが大切だと、わたしは思います」
あくまでも模範的な回答をするハインリヒ第二皇子。
マリナが第二皇子から寵愛を受け、邸宅を与えられたことは周知の事実だ。
第二皇子は表向き悲しんでいるように見えるが、内面をうかがい知ることはできない。
「わ、わかりましたわ。罪をつぐなって、また必ず、帝国のお役に立ってみせますわ」
マリナはもうどうしようもないと悟ったのか、それだけ言うと大人しくなった。
まだわめき続ける老婆とともに兵士に連れていかれる。
「アリーシア、必ず、会いに来てくださいますわよね」
すがるようなマリナの視線。
「もちろんよ、そんなに心配しないで。あなたも会いに来てくれたでしょ?」
「そ、そうですわよね、待ってますわ」
アリーシアの笑みに、マリナもぎこちない笑みを浮かべる。
マリナにとって、最後に残った唯一の頼みの綱がアリーシアなのだ。
(もう絶対に、みーちゃんにもカシウス様にも指一本ふれさせない)
会うには会うが、マリナを助けるつもりはない。
肩を落として扉のむこうに消えるマリナを見送りながら、アリーシアはそう固く誓うのだった。
場から罪人たちが消え、後にはカシウス皇子に抱き上げられたままのアリーシアが残る。
「陛下、もうひとつお伝えしたいことがございます」
「なんだ、言ってみよ」
場から罪人たちが消えたのち、カシウス皇子はそう皇帝陛下に切り出す。
「かねてより陛下からもお話しいただいておりました、わたしの婚約についてです」
皇子の婚約という言葉に、周囲がざわめく。
「おお、ついに決める気になったか。西の王国で話が出たのか?」
先ほどまでとうってかわって、皇帝陛下も身を乗り出す。
アリーシアにとっても、カシウス皇子の縁談は他人事ではない。
(まさか、西の王国との講和条件に!?)
タリマンドとの講和でも、今の皇帝陛下にカシウス皇子の母である第一王女が嫁ぐことになった。
(戦争は小競り合いで終わったけど、同じような話があったのかも)
アリーシアはカシウス皇子に抱きかかえられたままの状態だ。見上げるカシウス皇子の顔が急に遠くなったように感じてしまう。
「話には出ましたが、王国との縁談はすべて断りました」
カシウス皇子はさも当然であるかのように言う。
「では誰と婚約するのだ?」
「……」
カシウス皇子は珍しく言葉に詰まる。
だがそれも一瞬のことで、腕の中のアリーシアに目を向けるとその名を告げる。
「こちらにいる、エステルハージ侯爵令嬢アリーシアです。
……すでに、戦地で侯爵には認めてもらいました」
(わたしと、カシウス皇子が婚約……)
それは、前世でも起こった、信じられなかった出来事。
そして、今世では待ち望んでいたはずの出来事だ。
にもかかわらず、正式に言われると、現実感に乏しい。
「さすがカシウス、手際がいい。『形代を持つ聖女』と『氷の皇子』の婚約か。これで帝国も安泰だな」
そう言って、皇帝陛下は大きな声で笑う。
場は和やかな雰囲気に包まれる。
「よかったね! おか……アリーシア!」
胸の中のみーちゃんに言われ、ようやくアリーシアも現実に引き戻される。
前世ではうまく心を通わせることができなかった、カシウス陛下。
(だけど、前世でも、わたしのことを愛してくれていた)
みーちゃんから話を聞いた今なら、そのことがわかる。
そして、それは今世でも同じ。
カシウス皇子を見上げると、他の人には変わらなく見えるだろうが、いつもの眼光はなく、瞳が不安そうに揺れている。
(わたしが婚約にどう思っているのか、気になっているのね)
時間をさかのぼった時は、愛は得られなくても、娘のために皇子と結婚するつもりだった。
だけど、今はもう違う。
娘のためだけではない。
「喜んで、お受けいたします、カシウス様」
マリナに向けたものとは違う、心からの笑顔。
全く変化がないように見えるカシウス皇子の唇が、ほんの少しだけ笑顔を形作っているのがアリーシアにはわかった。
「せっかくの祝い事だ。正式な婚約の儀式は、また改めて行おう。早く着替えて、ふたりとも、今日はゆっくり休むが良い」
皇帝の言葉に、ようやくふたりは自分たちの姿に気づく。
アリーシアは牢獄に入った時のままの姿、カシウス皇子は戦場から駆けつけてきたままの姿であり、改めて考えると、この場にふさわしいとは言えない。
お互いに顔を見合わせると、笑みを浮かべる。
そして、アリーシアとみーちゃんを抱き上げたまま、歩きはじめる。
カシウス皇子の腕に包まれる温かさと安心感に、アリーシアはようやく実感する。
(今世では絶対に、家族と幸せになる――)
死に戻った時に誓った言葉。
前世では何もできないまますべてを失ってしまった。
でも、今世では前世の陛下とみーちゃんのおかげで、こうしてやり直す機会が与えられた。
マリナと西の王国の策謀は阻止したとはいえ、まだ皇妃をはじめとする第二皇子派は健在だ。
これから帝国を安定させて、隣国ともうまくやっていかなければならないだろう。
(カシウス様とみーちゃんと一緒なら、大丈夫よ)
今度こそ、偽皇妃となる運命を跳ね返すのだ。
――愛する家族と共に。
西の王国の間者であることを自白したヴァルゲは先に牢屋に戻されている。
残された罪人はマリナと老婆のふたりだ。
「へ、陛下! わたくしはアリーシアの親友です! こ、これはあの老婆に騙されて!」
マリナは再び頭を下げ、皇帝陛下に許しを乞う。
「違います! あたしはこの女から金をもらってやったのです!」
老婆も負けじと叫ぶ。
再びふたりの言い争いが再び始まろうとする。
「……もういい。ふたりとも牢屋に入れておけ。後で考えるとしよう」
皇帝陛下はつまらないものを見る目でそう言うとこの場の閉会を告げる。
「ま、待ってください! 牢獄に入るなんて嫌ですわ! ア、アリーシア! わたくしを助けて! わたくしはあなたのためを思ってやっただけなのよ!」
近づいてくる兵士を見て、マリナはアリーシアに懇願する。
「マリナ……」
侯爵家乗っ取り騒動の時、デビュタントの時。今世でアリーシアはマリナを二度助けた。
それは前世での事件の真相が知りたかったという部分が大きい。
今、西の王国の策謀は明るみになった。
このまま時が進んでも、前世のようにカシウス皇子が戦地で行方不明になることはもうないだろう。
(今こそ、マリナにも罪を償わせる時ね)
前世で虐めただけでなく、今世でもみーちゃんを傷つけようとするなんて。
今までは背後にいる者たちをあぶりだすために泳がせていたのだ。
もうマリナを許す必要はない。
アリーシアはマリナに向きなおる。
「わたしを助けてくれようとしたことは、とっても嬉しいわ」
「で、でしたら!」
アリーシアの言葉に、マリナの表情がやわらぐ。
「でも、わたしの大切なこの子を――みーちゃんを傷つけようとしたことは、ぜったいに許すことはできない」
マリナの表情が絶望に歪む。
「そ、そんな! わたくしはあなたの人形が動いたり話したりするなんて、し、知らなかったのよ! 許してちょうだい!」
「賢いあなたなら、この子がわたしにとって大切だってことは伝わってたでしょう?
……だから、あなたは燃やそうとしたんだから」
大切なものを失ったアリーシアの姿がみたいという、マリナの意図はお見通しだ。
「そ、そんなことは!」
「……大丈夫、少し牢獄に入るだけよ。大きな罪ではないし、すぐに出られるはずよ。今度は、わたしがあなたに会いに行くから」
アリーシアの言葉にも、マリナの歪んだ表情は変わらなかった。
「い、いやよ! いま牢獄に入ってしまえば、もう出られないわ!」
マリナの立場は弱い。これまでマリナが両親に押し付け、罪から逃れてきたように、今回の一件について、第二皇子派はマリナに責任をすべて押しつける可能性が高い。
マリナも当然そこに思い至っているのだろう。
アリーシアの助力を得られないと悟ったマリナは、次は玉座にいる第二皇子に目をむける。
「ハ、ハインリヒ様! どうかお助けください! ま、まだ、わたくしの力が必要なはずですわ!」
突然声をかけられたハインリヒ皇子は困ったような表情になる。
「伯爵令嬢、わたしは両親が捕縛されたあなたのことを哀れに思い、保護しました。ですが、罪は罪。自ら犯した罪をつぐなうことが大切だと、わたしは思います」
あくまでも模範的な回答をするハインリヒ第二皇子。
マリナが第二皇子から寵愛を受け、邸宅を与えられたことは周知の事実だ。
第二皇子は表向き悲しんでいるように見えるが、内面をうかがい知ることはできない。
「わ、わかりましたわ。罪をつぐなって、また必ず、帝国のお役に立ってみせますわ」
マリナはもうどうしようもないと悟ったのか、それだけ言うと大人しくなった。
まだわめき続ける老婆とともに兵士に連れていかれる。
「アリーシア、必ず、会いに来てくださいますわよね」
すがるようなマリナの視線。
「もちろんよ、そんなに心配しないで。あなたも会いに来てくれたでしょ?」
「そ、そうですわよね、待ってますわ」
アリーシアの笑みに、マリナもぎこちない笑みを浮かべる。
マリナにとって、最後に残った唯一の頼みの綱がアリーシアなのだ。
(もう絶対に、みーちゃんにもカシウス様にも指一本ふれさせない)
会うには会うが、マリナを助けるつもりはない。
肩を落として扉のむこうに消えるマリナを見送りながら、アリーシアはそう固く誓うのだった。
場から罪人たちが消え、後にはカシウス皇子に抱き上げられたままのアリーシアが残る。
「陛下、もうひとつお伝えしたいことがございます」
「なんだ、言ってみよ」
場から罪人たちが消えたのち、カシウス皇子はそう皇帝陛下に切り出す。
「かねてより陛下からもお話しいただいておりました、わたしの婚約についてです」
皇子の婚約という言葉に、周囲がざわめく。
「おお、ついに決める気になったか。西の王国で話が出たのか?」
先ほどまでとうってかわって、皇帝陛下も身を乗り出す。
アリーシアにとっても、カシウス皇子の縁談は他人事ではない。
(まさか、西の王国との講和条件に!?)
タリマンドとの講和でも、今の皇帝陛下にカシウス皇子の母である第一王女が嫁ぐことになった。
(戦争は小競り合いで終わったけど、同じような話があったのかも)
アリーシアはカシウス皇子に抱きかかえられたままの状態だ。見上げるカシウス皇子の顔が急に遠くなったように感じてしまう。
「話には出ましたが、王国との縁談はすべて断りました」
カシウス皇子はさも当然であるかのように言う。
「では誰と婚約するのだ?」
「……」
カシウス皇子は珍しく言葉に詰まる。
だがそれも一瞬のことで、腕の中のアリーシアに目を向けるとその名を告げる。
「こちらにいる、エステルハージ侯爵令嬢アリーシアです。
……すでに、戦地で侯爵には認めてもらいました」
(わたしと、カシウス皇子が婚約……)
それは、前世でも起こった、信じられなかった出来事。
そして、今世では待ち望んでいたはずの出来事だ。
にもかかわらず、正式に言われると、現実感に乏しい。
「さすがカシウス、手際がいい。『形代を持つ聖女』と『氷の皇子』の婚約か。これで帝国も安泰だな」
そう言って、皇帝陛下は大きな声で笑う。
場は和やかな雰囲気に包まれる。
「よかったね! おか……アリーシア!」
胸の中のみーちゃんに言われ、ようやくアリーシアも現実に引き戻される。
前世ではうまく心を通わせることができなかった、カシウス陛下。
(だけど、前世でも、わたしのことを愛してくれていた)
みーちゃんから話を聞いた今なら、そのことがわかる。
そして、それは今世でも同じ。
カシウス皇子を見上げると、他の人には変わらなく見えるだろうが、いつもの眼光はなく、瞳が不安そうに揺れている。
(わたしが婚約にどう思っているのか、気になっているのね)
時間をさかのぼった時は、愛は得られなくても、娘のために皇子と結婚するつもりだった。
だけど、今はもう違う。
娘のためだけではない。
「喜んで、お受けいたします、カシウス様」
マリナに向けたものとは違う、心からの笑顔。
全く変化がないように見えるカシウス皇子の唇が、ほんの少しだけ笑顔を形作っているのがアリーシアにはわかった。
「せっかくの祝い事だ。正式な婚約の儀式は、また改めて行おう。早く着替えて、ふたりとも、今日はゆっくり休むが良い」
皇帝の言葉に、ようやくふたりは自分たちの姿に気づく。
アリーシアは牢獄に入った時のままの姿、カシウス皇子は戦場から駆けつけてきたままの姿であり、改めて考えると、この場にふさわしいとは言えない。
お互いに顔を見合わせると、笑みを浮かべる。
そして、アリーシアとみーちゃんを抱き上げたまま、歩きはじめる。
カシウス皇子の腕に包まれる温かさと安心感に、アリーシアはようやく実感する。
(今世では絶対に、家族と幸せになる――)
死に戻った時に誓った言葉。
前世では何もできないまますべてを失ってしまった。
でも、今世では前世の陛下とみーちゃんのおかげで、こうしてやり直す機会が与えられた。
マリナと西の王国の策謀は阻止したとはいえ、まだ皇妃をはじめとする第二皇子派は健在だ。
これから帝国を安定させて、隣国ともうまくやっていかなければならないだろう。
(カシウス様とみーちゃんと一緒なら、大丈夫よ)
今度こそ、偽皇妃となる運命を跳ね返すのだ。
――愛する家族と共に。
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