偽皇妃として断罪された令嬢、今世では氷の皇子に溺愛されます~娘を虐げた者たちに復讐を

浅雲 漣

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第4章 アリーシア一家の危機

第23話 マリナと囚われのアリーシア

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(またここに入ることになるなんて、運命とは恐ろしいものね)

 アリーシアは、皇都はずれにある地下牢にいた。
 もちろん貴族としての待遇は受けており、前に入ったところよりはましだが、それでも牢獄に違いはない。

 アリーシアは胸の中のみーちゃんに小声で呼びかける。

「みーちゃん、大丈夫?」
「ご、ごめんなさい。わたしのせいで、またおかーさまがこんな所にいなければならないなんて」

 みーちゃんがうなだれる。
 アリーシアが捕らえられたことに責任を感じている様子だった。

「ううん、みーちゃんは気にしなくていいのよ。それに、カシウス様が戻ってくれば、必ず助けてくれる。それまで頑張りましょう」

「うん……ありがとう、おかーさま」

(陛下も、第二皇子派とバランスを取りたかっただけのはず。強くわたしを罰することはしないはずよ)

 皇帝陛下は約束を守り、みーちゃんを無理に引き離すことはしなかった。
 呪術への疑惑が優先であれば、何をおいてもみーちゃんを調べることを優先するはずだ。

 だが、みーちゃんの正体がバレてしまえば、陛下としても罰を与えなければならなくなる。それだけは絶対に避けなければならない。

(今は、できるだけ時間を稼ぎましょう)

 そう考えていたアリーシアの元を訪れる者がいた。
 アリーシアの従妹、マリナだ。

 その姿を見て、アリーシアはとっさに自らの背にみーちゃんを隠し、鉄格子から少し距離を取る。

「お従姉ねえさま……まさかこんなところにお入りになってしまうなんて。なんとおいたわしいことですわ」

 芝居がかった所作しょさで、その声音こわねはあくまで優しく、表向きは気遣いにあふれている。

 マリナの姿をこの場で見たことで、アリーシアに前世での過酷な記憶がフラッシュバックする。

「ううっ」

 アリーシアは頭をかかえうずくまる。

「大丈夫ですか、お従姉ねえさま!?」

 マリナの声が頭に響き、より痛みが強くなる。

「だ、大丈夫よ、少し頭痛がしただけ。……会いに来てくれてありがとう」

 痛みをこらえ、どうにかマリナに笑顔を向ける。

「お従姉さまが大変な目にあっていないか心配で。本当は色々持ってきたのですけど……持ち込むのは止められてしまいました」

「ありがとう、その気持ちだけで十分よ。わたしは大丈夫だから、心配しないで」

 あくまで気遣う様子を崩さないマリナに、アリーシアも笑顔で返す。

「本当に、大丈夫なのですか? こんなところに入れられて? わたくしでしたら、一刻も耐えられませんわ」

 驚いたような口調でマリナは問う。  
 天然を装っているが、その目は憐れみが浮かんでいる。

「ええ、陛下のご命令ですもの、今はここにいるしかないから。でもすぐに疑いは晴れると信じてる」

 ここで弱みを見せても、マリナを喜ばせるだけだ。

「……それに、わたしを支えてくれる、マリナもいるし」

 マリナに笑いかける。

「お従姉ねえさま……そう言ってもらえてうれしいです。わたくしも、できるかぎりのことはさせて頂きますわ」
「ありがとう、マリナ」

 マリナの言葉に、アリーシアも笑顔で応えた。

「そうですわ! お従姉ねえさま、わたくしの商会の知り合いに、呪術について詳しい方がいらっしゃるの。わたくしにその人形を預けてくれたら、その方がとりなして……」

「ダメよ!」

 マリナの言葉に、アリーシアは思わず、強い口調で反応してしまう。

「お従姉ねえさま? どうなされましたの? 何か、人形を手放せない理由がおありですの? そういえば、人形の姿がありませんわね?」

 マリナの探るような視線がアリーシアの牢獄内をさまよう。

「ほ、ほら、お父さまがいなくなった時から不安な気持ちが大きくなって、それで、人形を手放せなくなってしまったの。今は、こんな牢獄にひとりぼっちですもの。形見の人形がないと怖くて寝られないから」

 アリーシアは背中に隠していたみーちゃんを胸の前で抱きながら、不安そうな声音をつくる。
 できるだけマリナの目にもさらしたくないが、仕方がない。

「そういうことでしたら、仕方ありませんわね。また、何かお従姉ねえさまを助けるために、別の方法を考えますわ」

 口ではそう言いながら、マリナの視線はみーちゃんを探っているようだった。

「気持ちはうれしいけど、無理はしないでね」

「父の事件の時も、デビュタントの時も、わたくしのことを守ってくれたでしょう? お従姉さまには、その時の恩をお返ししたいのですわ」

「……ありがとう、マリナ」

 マリナはそれだけ言うと、名残惜なごりおしそうに去っていった。

(やっと帰った。どうやら、この一件にマリナが絡んでいることは間違いなさそうね)

 いくらアリーシアの親友とはいえ、すぐに面会が許可されるような場所ではない。なんらかのつながりがあるとみるのが自然だろう。
 アリーシアがそう考えていると、胸の中のみーちゃんが小刻みに震えていることに気づく。

「みーちゃん、どうしたの!?」

「さ、さっきの人、わかんないけど……わかんないけど、怖いの!」
「大丈夫よ、もう怖い人はいないから」

 アリーシアはそう言い、みーちゃんを強く抱きしめる。
 そうすることで、みーちゃんも少しずつ落ち着き始めた。

(……やっぱり、マリナはわたしが死んだ後にみーちゃんをいじめていたのね)

 みーちゃんにとって、父であるカシウス陛下が戻ってくるまでの日々は思い出したくない記憶。
 幼いころに感じた強い恐怖。その記憶にふたをして忘れようとしているのだろう。

(マリナ、わたしの娘をこんな目にあわせた罪は、必ずつぐなわせてあげる)

 ◇◇◇

 マリナは、その後、第二皇子に与えられた別邸へと帰っていた。
 牢獄での衣類はすべて脱ぎ捨て、すぐに風呂に入る。

(あんなところに着ていった服は、もう使えませんわね)

 湯船に浸かるマリナの脳裏に浮かぶのは、先ほどの牢獄に入れられた従姉、アリーシアのみじめな姿だ。

(思ったより冷静なのは期待外れでしたけど……ついに、お従姉ねえさまを牢獄へと堕とすことができましたわ)

 もっと泣き叫んで助けを乞う姿が見たかったが、それはこれからだろう。
 アリーシアに、あの汚らしい牢獄での生活が耐えられるはずがない。
 マリナ自身も、アリーシアを見るという目的がなければ、絶対に行きたくない場所だ。

(あの人形……アリーシアがもっと小さいときから持っていたはずですけど……。何か秘密があるのはまちがいありませんわ)

 かたくなに人形を手放さないアリーシアを見て、マリナはそう確信していた。

(あの人形をお従姉ねえさまから引き離した時にどうなるのか、今から楽しみですわね)

 きっと、より一層、お従姉ねえさまの楽しい姿が見られるだろう。

 風呂からバスローブを着てあがると、部屋のソファには第二皇子ハインリヒが座っていた。いつものようにワインを飲んでいる。

「おかげさまで、お従姉ねえさまに会うことができましたわ」

 第二皇子の対面に座り、マリナも自分のグラスにワインを注ぐ。
 
「どうだった? あの娘は?」
「まだ心は折れていませんけど、それも時間の問題ですわ」

 アリーシアの姿を思い出し、マリナはほくそ笑む。

(まだ、いつものドレス姿なのが気に入りませんけど……いずれぎ取って、あの牢獄にふさわしい姿になっていただきましょう)

「人形の方はどうだ?」
「やはり、あの人形にはなにか秘密が隠されていますわね。それとなく渡すように言ってみましたけど、応じようとはしませんでしたわ」

 タリマンドの呪術。噂でしか聞いたことがなかったが、その力をもってしてもアリーシアが牢獄に入ることは防げなかった。
 万能でないことは間違いない。

「まあ、父上――皇帝に逆らってまで牢獄に入るぐらいだからな。その力、わが手に入れたいものだ」
「……お従姉ねえさまの神託より、わたくしの財力の方が何倍も役に立ちますわ。タリマンドも結局は帝国のものになってしまったでしょう?」

 第二皇子の興味がアリーシアに向かうのを察し、マリナは思わず反論してしまう。
 マリナが言うように、タリマンドは、戦争に敗れ帝国へと併合された。
 呪術の力は所詮しょせんはその程度のものだ。

「どうした? アリーシアに嫉妬しているのか?」
「そ、そういう話はしていませんわ!」

 図星をさされ、マリナは慌てて取りつくろう。

「勘違いするなよ。お前はオレの駒のひとつにすぎないんだ。兄上の大切なものは、必ず手に入れてみせる。お前もオレの役に立っている間は、捨てるつもりはないからな」

 第二皇子はそう言い、立ち上がる。

「も、もちろんですわ。これまで以上に役にたってみせますわ」

 マリナとしても第二皇子の後ろ盾を失うわけにはいかない。

「ならいい。父上の命で、アリーシアの裁判が一週間後に開かれる。それまでに、せいぜいこちらの意に沿うよう、アリーシアを操っておくんだ」
「……わかりましたわ」

 一週間後。また微妙な間隔だ。
 皇帝としても、第一皇子派の意向もくみ先延ばしにしたかったのだろうが、先のアリーシアの状況をふまえるとこの猶予ゆうよが限界だったのだろう。

 ただ、戦地にいるカシウス皇子の元にこれから報告が届いたとしても、到底、間に合わない。

 第二皇子はそれだけ言うと、マリナの元を立ち去った。
 後にはマリナがひとり残される。

(やっぱり、わたくしへの興味はお金の力だけなのですわね)

 風呂上がりで上気し、バスローブ一枚だけの姿。
 そんなマリナに興味を示さない第二皇子。

 マリナは第二皇子が飲み残したワインをあおる。 

(いいですわ、利用しているのはわたくしも同じ。あなたの力を使って、必ず返り咲いてみせますわ)

 そのためにも、お従姉ねえさまを踏み台にするのだ。
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