偽皇妃として断罪された令嬢、今世では氷の皇子に溺愛されます~娘を虐げた者たちに復讐を

浅雲 漣

文字の大きさ
上 下
4 / 29
第1章 エステルハージ侯爵家を狙う罠

第4話 マリナの思惑とエステルハージ家でのお茶会

しおりを挟む
 皇都にある、バルダザール伯爵の邸宅。
 その執務室に、邸宅の主であるバルダザール伯とその娘、マリナがいた。

「いよいよこの日がやってきたな、マリナ」
「そうですわね、お父さま」

 マリナは自分の父親であるバルダザール伯に向かって微笑む。

 バルダザール伯は、もとはエステルハージ侯爵家の次男で、商才があり、若いころから領内で商売をはじめていた。
 儲け話には疎い兄、エステルハージ侯爵とは対照的に大きな財を成している。

 その財力を活かし、嫡男ちゃくなんのいないバルダザール伯の婿養子となり、バルダザール伯家を継いだのだ。

「兄上がいなくなったエステルハージを手中に収めれば、こっちのものだ。その力を使って、皇家とつながりも持てる。
 ――ゆくゆく、お前が皇妃になるということも十分ありうるぞ」

 バルダザール伯は、笑いながら、一杯で庶民の一か月の給金に相当するであろう値段のワインを一気に飲み干す。
 
「お父様、まだ笑うのは早いですわ」

 マリナは香りを楽しみ、所作を崩さず、紅茶に口をつけた。

「これからが最後の仕上げ、一番楽しいところですもの」

 そう答えるマリナも笑みを隠しきることはできていない。

「たしかに、お前の言う通りだな」
「最高の演劇を特等席で見届けさせて頂きますわ。
 ――いってまいります、お父さま」

 マリナは立ち上がる。エステルハージ侯爵邸にむかうために。

「エステルハージの娘のことは頼んだぞ」
「大丈夫ですわ、あの子はわたくしを信頼してますもの」

 これから起こることにアリーシアがどう反応するのか。

(お従姉ねえさまとして、あの子を立ててきたのもすべてこの時のため。
 これからは、今までのようにはまいりませんわよ、お従姉さま)
 
 マリナの相貌そうぼうには今度こそはっきりと笑みが浮かんでいた。


 ◇◇◇


 アリーシアは、自分の邸宅でお茶会の準備をしていた。
 死に戻る前の記憶では、今日が父であるエステルハージ侯爵の訃報が伝えられる日だ。

「いよいよね、アリーシア」
「…………」

 この日にむけて、いろいろ手は打ったつもりだが、もちろん確実ではない。
 じっとしていると、様々な嫌な考えも頭に浮かんでくる。

「だいじょーぶよ! だって、おと……第一皇子に頼んだんだから。ぜったいにうまくいくって!」
「……そうよね。殿下が行ってくれるんだものね」

 未来の夫であり、後に皇帝となるカシウス殿下。この時代でも剣の腕や軍事の才能は、すでに評判になっている。
 その彼が直接行ってくれたのだ。お父さまも無事にちがいない。

「そうそう、だから、わたしたちは、どーんと待ってればいいのよ!」
「みーちゃん、ありがとう」

 ぎゅっとみーちゃんのことを抱きしめると、心の不安が落ち着いていく。

「お嬢様、マリナ様たちがいらっしゃいました」

 侍女の声にアリーシアは立ち上がる。

「さあ、いきましょう、みーちゃん。
 この袋に入ってくれる?」
「わかったよ!」

 みーちゃんは、マリナには見られたくないというので、用意した手提げのふくろに入ってもらう。

 マリナには鋭いところがある。
 みーちゃんの秘密がバレるのを避けるにはその方が良いとアリーシアも納得していた。
 
 袋に入れたみーちゃんを胸に抱き、アリーシアはお茶会の会場である中庭に向かう。
 そこにはマリナと、その取り巻き数人の姿があった。

 マリナと、時をさかのぼった今世で会うのはこれが初めてのこと。
 もちろんマリナも若返っているが、牢屋でのことが頭に浮かび、体がこわばる。

「お従姉ねえさま、お久しぶりですわね」

 マリナはにこやかな笑みを浮かべて近づいてきた。
 その姿を見て、アリーシアの頭に牢獄での日々がフラッシュバックする。

「ち、近づかないで!」

 アリーシアは、抱擁ほうようしようと近づいてきたマリナを思わず突き放してしまう。

「どうしましたの? お従姉ねえさま?」
「ご、ごめんなさい、マリナ。少し体調が悪くて……。病気がうつったら大変だから」

 とっさに言い訳をする。
 今はまだ、マリナとの関係を壊すわけにはいかない。

(気持ちを強くもたないと!)

 アリーシアはみーちゃんが入った袋を抱きしめ、心を奮い立たせる。

「それは大変ですわね。もしよろしければ、私の家から医者を派遣させて頂きますわ」

 心配そうなマリナに、微笑み返す。

「ありがとう、薬を飲んだからもう大丈夫よ。せっかく来てくれたんですもの。お茶会をはじめましょう」

 ひと騒動あったが、その後は表面上、なごやかに進行する。

「このお茶、良い香りですね、マリナ様」
「こちらは、南の公国より仕入れた茶葉ですわ。まあ、わたくしの家の伝手つてなら、これくらいは普段使いのものですわ。
 おほほほほ……」

 いつもマリナが会話の中心となり、その取り巻きがマリナをほめる。
 アリーシアはにこにこと笑っているだけ。
 それがお茶会のおきまりだった。

 こうして一緒に過ごせる友だちがいるだけで幸せと思い込んでいた。
 だが、うわべだけの関係と理解した今はお茶の香りを楽しむこともできない。

「そういえば、アリーシア様、ライハート様のこと本当なのですか?」

 話題が、珍しく私にうつる。
 第一皇子の執務する離れの邸宅からライハート卿にエスコートされたことが噂になっていた。

「あ、あれは……なんでもないの。
 お父さまから用事を言付かっただけで……」

「そんな、隠さなくてもよろしいですのよ。私たちのデビュタントも、もうすぐですし。そろそろ、お相手を探さないと」

「うらやましいですわ。第一皇子様の側近の方ですし、嫡子ちゃくしではございませんから。ゆくゆくはエステルハージのお家をお継ぎになられるのですか?」

 マリナの取り巻きとはいえ、同じ年ごろの令嬢たちだ。
 こういった恋の話には興味津々である。

 帝国の貴族令嬢は十七歳前後にデビュタント――社交界へデビューをするしきたりがある。
 今後の結婚相手を探す場でもあるが、高位の貴族ほど婚約者を伴い、紹介する場となることも多い。

「そんなこと、ありえません! だって、私はカシウス殿下と――」

 そこまで言って口をつぐむ。
 珍しく声をあらげたアリーシアに皆は一瞬押し黙ったが、すぐに笑いにつつまれた。

「アリーシア様はカシウス殿下のこと、お慕いされているんですね」
「カシウス殿下に見初められることは、わたしたちの憧れですものね」

 皆にはこの年になっても皇子様との結婚にあこがれる夢見がちな子と思われてしまった。
 うつむいた顔が紅潮しているのを感じる。

(だって、本当に私はカシウス殿下と結ばれて……)

 最愛の娘であるミーシャを授かるのだ。
 カシウス皇子以外の人と結婚することなど考えられない。
 ありえないし、あってはならないことだ。

「皆さま、あまりお従姉ねえさまを困らせないでくださいませ。純粋なところがお従姉ねえさまの良いところですもの。さあ、皆さま、こちらは、今皇都で一番有名なケーキ職人がつくったものですのよ」

 マリナのフォローが入り、お茶会は元の雰囲気ふんいきにもどる。
 こちらを見て微笑むマリナに、アリーシアもぎこちない笑みを返した。

(前世でのことがなければ、素直に感謝できたのに)

 今の時間を生きていると、あの出来事が夢だったんじゃないか――。
 どうしてもそう思いたくなってしまう。

 ――でも、それももう少しでわかる。

「た、大変です、お嬢様!」

 私の思いに共鳴したのか、メイドが慌ててやってくる。

「旦那様が、赴任先で賊に襲われて、それで……、それで……」
「お、お父様が、賊に!? それでお父様は!?」

 言葉を詰まらせたメイドにアリーシアはかけより、先を促す。

「そ、それが、……お亡くなりになられたと……」
「お、お父様が……」

 メイドの言葉に、アリーシアは放心した表情でその場に崩れ落ちた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!

天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。  魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。  でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。  一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。  トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。  互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。 。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.  他サイトにも連載中 2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。  よろしくお願いいたします。m(_ _)m

処理中です...