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プロローグ 偽皇妃アリーシア
第1話 アリーシア、偽皇妃として投獄の後、死罪となる
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「皇妃アリーシア、偽りの血統により皇妃となり、わが国をあざむいた罪により投獄する!」
帝国歴千二十三年冬。
アリーシアは、帝都のはずれにある、薄暗い地下牢へと連れてこられていた。
(偽りの血統? 私は間違いなく侯爵家の娘よ!? いったいどういうことなの?)
アリーシアは元侯爵家のひとり娘で、ヴァレリアン帝国の皇帝に嫁ぎ、皇妃となった。
そんな自分がなぜ捕らえられたのか、アリーシアにはまったくわからない。
「寒い……」
地下牢はとても寒く、じめじめしており、においもひどい。
そのせいかアリーシアの思考はうまくまとまらない。
「あらあら、お従姉さま、まさかこんなところにお入りになるとはね」
囚われのアリーシアの元を訪れるものが現れる。
兵士を伴い、地下牢に似つかわしくない豪奢なドレスを身にまとった女性。
アリーシアの従妹であるマリナだ。
「マ、マリナ! 助けて!」
鉄格子の向こうのマリナに向かって叫ぶ。
(マリナならきっとなんとかしてくれる!)
マリナは、自身もバルダザール伯爵家の令嬢だ。
明るく、物おじしない。
社交界の中心であり、アリーシアと対照的な存在。
皇妃になってもおどおどしがちなアリーシアをいつも助けてくれた。
「クスクスクス……」
だが、マリナの様子がおかしい。
忍び笑い、どこか見下すような表情のマリナ。
「マリナ、笑っている場合じゃないの! 早く私をここから出して!」
「聞きましたわ。まさか、お従姉さまと叔父さまとは血がつながっていなかったなんて。あら、だったら、お従姉さまと呼ぶのはおかしいかしら?」
「それは嘘よ! 私はちゃんとお父さまと血がつながった娘よ!」
「そうね……お従姉さまではなく、アリーシアさんで良いかしら?
……うーん、やっぱりしっくりこないですわね」
会話がかみあわない。
いつも先回りして助けてくれたはずのマリナだが、今日は様子が違う。
牢屋にとらわれたアリーシアとそれを見下ろすマリナ。
異常な状況にもかかわらず、マリナはあくまでのんきな口調だった。
「呼び方なんてどうでもいいでしょう? それどころじゃないの! 陛下が出征されている今、私が頼れるのはあなただけなのよ!」
皇妃たるアリーシアの夫……カシウス皇帝陛下は隣国と戦争のため、長く帝都を離れていた。
嫁ぐ前も、嫁いでからも数えるほどしか顔を合わせていない夫。
寝所を共にしたのも、ただ一度きり。
どこまでもはりついた笑みを崩さないマリナ。
鉄格子を握るアリーシアの手には、寒さにもかかわらず汗がにじむ。
「仕方がありません。これまでの仲ですし、今まで通りお従姉さまと呼んで差し上げますわ。だけどお従姉さま、まったく状況をわかっていないんですわね」
やれやれと肩をすくめるマリナの表情はどこまでもあざけりに満ちていた。
いつも自分を慕ってくれていたはずのマリナ。こんな表情をこれまでアリーシアはみたことがない。
「ど、どういうことなの!?」
「まあ、お従姉さまにもわかるように説明してあげますわ。まずカシウス陛下……いえ、もう前皇帝というべきね。前皇帝は戦地で行方不明となり生存は絶望的。準備ができ次第、わたくしの陛下……新たな皇帝が即位する手筈になっているわ」
(……カシウス陛下が行方不明!? 新たな皇帝が即位!?)
次々と入る知らない情報に頭の整理がおいつかない。
「わたくしではなく、お従姉さまなんかを選んだんだからいい気味よ。前皇帝という後ろ盾がなければ、お従姉さまを引きずりおろす証拠を偽造するのはとっても簡単でしたわ。わたくしが新しい皇妃となるのに、皇宮に居座られては目障りですもの」
「マリナが新しい皇妃に!? マ、マリナ、あなたはいったい何を言っているの!?」
「本当にお従姉さまは昔から鈍いんですから。どうしてこんな愚かな人が皇妃になれたのやら。ふふっ、やっぱり、あなたには皇妃なんてもったいない。『偽皇妃』の称号がふさわしいですわ」
この状況を心の底から楽しんでいる声。
今まで優しかったマリナの変わりようをアリーシアはどうしても信じることができない。
「嘘よね、マリナ! 早く冗談だと言って!」
「信じられない? いえ、信じたくないのですわね。わたくしという糸が切れたら、あなたを助ける人はどこにもいないんですものね」
その言葉にアリーシアは何も言えなかった。
アリーシアは皇妃という地位にありながら、信頼できる人はマリナ以外、誰もいない。
「そうなるように仕向けたのもわたくしでしたのよ? やっと苦労が実って、本当に今日は喜ばしい日ですわ!」
マリナの笑い声が地下牢に響く。
アリーシアの鉄格子を握っていた手がだらりと下がり、膝をつく。
(私のことを、ずっとだましていたのね)
ようやく今の状況がアリーシアにも飲み込めてくる。
「さて、次はこちらですわ」
控える兵士に目配せし、マリナは姿を消す。
しばらくして、マリナは泣き叫ぶ赤子を抱えて戻ってきた。
その泣き声に、はじかれたように立ち上がると、アリーシアは鉄格子の隙間から手を伸ばす。
「ミーシャを返して!」
間違えるはずもない。
三か月前に産み落とした、アリーシアの娘、第一皇女ミーシャのものだ。
陛下との一度きりの交わりにて産まれた、アリーシアにとって大切な、大切な娘。
「あら、良いんですの? お従姉さまの、偽皇妃の娘なのよ? 一緒にいたら、罪人として処刑ですわよ?」
処刑――その言葉にアリーシアの身はこわばる。
心の底に押し込め、考えないようにしていたこの後のことが輪郭を帯びる。
「処刑ってそんな、嘘よね!? 私も娘も……処刑!?」
「身分を偽って皇妃となったんですもの。お従姉さまの死罪は免れないわ。まあ、娘については前皇帝の血も引いていますし、さすがに処刑はやりすぎかもしれませんわね」
マリナは笑いながら、アリーシアにそう問いかける。
(そんな、嘘の証拠で処刑なんて……)
陛下ともろくに心を通わせられず、豪華だが寒々しい皇宮で唯一頼っていた人からも裏切られた。
生きていても、これまでと同じ灰色の人生が続くだろう。
(わたしのことはどうでもいい。だけど、娘は、ミーシャにはまだ産まれたばかりなのよ!)
娘のことはアリーシアに残された最後の希望だ。
「お願いマリナ! 娘は、ミーシャだけは助けて!」
「あらあら、お従姉さま。それが人にものを頼む態度かしら? わたくしの考えひとつであなたの娘の運命が決まるんですわよ?」
アリーシアはどうすればよいかわからず、上目づかいにマリナを見ることしかできない。
マリナはため息をつくと言葉を継ぐ。
「……そのドレスは罪人たるお従姉さまにはふさわしくありませんわね」
マリナが目配せすると兵士たちが牢屋に入ってきた。
「な、なにをするの!? 無礼者! 私に近づかないで!」
「――本当に良いんですの、お従姉さま?」
狭い牢獄の中で後ずさるアリーシアに優しい声で語りかけるマリナ。
マリナの腕の中には泣き声をあげ続ける娘、ミーシャの姿があった。
アリーシアはすべてを察し、抵抗するのをやめる。
乱暴にドレスをはぎ取られたアリーシアは下着姿でその場にひざまずかされた。
「やっと罪人にふさわしい姿になりましたわ。
……この首飾りも、お従姉さまにはふさわしくありませんわね」
首元にあった、母の形見である首飾りも奪われてしまう。
「さあ、お従姉さま。あなたは『偽皇妃』ですわ。貴族の血を引かない、平民以下の罪人ですわよ? お願いするときはどうすればよいか、おわかりになりますわよね?」
アリーシアは床に手をつき、頭をさげる。
「お、お願いします、マリナ。娘は、ミーシャのことは助けて」
床についた手とこすりつけた頭から、冬の冷たさが伝わり、心までこごえてくる。
「おーほっほっほっほ! お従姉さまのこんなみじめな姿を見ることができるなんて! まあ、高貴なわたくしにお願いするんです。ちゃんとマリナ様と、呼んでくれませんとねぇ」
牢屋にマリナの高笑いが響く。
「マリナ……様。どうか娘を、ミーシャのことを助けてください」
アリーシアはマリナにうながされるがまま、再び頭を床につける。
(これは、本当に、現実なの?)
突然の投獄、唯一の支えだったマリナの豹変。
あまりに現実感のない状況だった。
「おーほっほっほっほ! 仕方ありませんわ。ほかならぬお従姉さまの頼みですものね」
マリナの言葉にアリーシアは顔をあげる。
「でも、いくら前皇帝の娘とはいえ、お従姉さまという罪人の娘ですもの。これまで通り第一皇女というわけにはまいりませんわよ? まず、皇位継承権の剥奪は当然ですわね。そうね、これから産まれてくる、わたくしと新皇帝陛下との子供の側仕えとして存分に働いてもらいましょう。ふふっ、しっかりこのわたくしが教育してさしあげますわ」
孤立していたとはいえ、アリーシアはまがりなりにも皇妃として扱われていた。
だが、娘は違う。
皇宮の中で罪人の娘として、皆に冷遇されひとり生きなければならない娘。
その過酷さを思うと、アリーシアは目の前が真っ暗になる。
「まあ、お従姉さまのかわいい娘をどうするかは、これからのお従姉さまの態度を見て決めますわ。お従姉さまも今はもう平民。簡単に死ねると思ったら大間違いですわよ。
おーほっほっほっほ!」
高笑いをするマリナの声、そして娘ミーシャの泣く声。
頭に響くふたつの声を聞きながら、今起きている状況が現実なのか悪夢なのか、アリーシアにはもうわからなくなっていた。
◇◇◇
帝国歴千二十四年冬。
約一年の時が過ぎる。
投獄生活のあいだ、ずっと、アリーシアはマリナとその取り巻き達のおもちゃとして扱われつづけた。
そして、さんざん見せ物にされた後、絞首刑となる。
ヴァレリアン帝国の歴史に「偽皇妃」の汚名を残して。
こうしてアリーシアは二十一年の生涯を終えた――はずだった。
帝国歴千二十三年冬。
アリーシアは、帝都のはずれにある、薄暗い地下牢へと連れてこられていた。
(偽りの血統? 私は間違いなく侯爵家の娘よ!? いったいどういうことなの?)
アリーシアは元侯爵家のひとり娘で、ヴァレリアン帝国の皇帝に嫁ぎ、皇妃となった。
そんな自分がなぜ捕らえられたのか、アリーシアにはまったくわからない。
「寒い……」
地下牢はとても寒く、じめじめしており、においもひどい。
そのせいかアリーシアの思考はうまくまとまらない。
「あらあら、お従姉さま、まさかこんなところにお入りになるとはね」
囚われのアリーシアの元を訪れるものが現れる。
兵士を伴い、地下牢に似つかわしくない豪奢なドレスを身にまとった女性。
アリーシアの従妹であるマリナだ。
「マ、マリナ! 助けて!」
鉄格子の向こうのマリナに向かって叫ぶ。
(マリナならきっとなんとかしてくれる!)
マリナは、自身もバルダザール伯爵家の令嬢だ。
明るく、物おじしない。
社交界の中心であり、アリーシアと対照的な存在。
皇妃になってもおどおどしがちなアリーシアをいつも助けてくれた。
「クスクスクス……」
だが、マリナの様子がおかしい。
忍び笑い、どこか見下すような表情のマリナ。
「マリナ、笑っている場合じゃないの! 早く私をここから出して!」
「聞きましたわ。まさか、お従姉さまと叔父さまとは血がつながっていなかったなんて。あら、だったら、お従姉さまと呼ぶのはおかしいかしら?」
「それは嘘よ! 私はちゃんとお父さまと血がつながった娘よ!」
「そうね……お従姉さまではなく、アリーシアさんで良いかしら?
……うーん、やっぱりしっくりこないですわね」
会話がかみあわない。
いつも先回りして助けてくれたはずのマリナだが、今日は様子が違う。
牢屋にとらわれたアリーシアとそれを見下ろすマリナ。
異常な状況にもかかわらず、マリナはあくまでのんきな口調だった。
「呼び方なんてどうでもいいでしょう? それどころじゃないの! 陛下が出征されている今、私が頼れるのはあなただけなのよ!」
皇妃たるアリーシアの夫……カシウス皇帝陛下は隣国と戦争のため、長く帝都を離れていた。
嫁ぐ前も、嫁いでからも数えるほどしか顔を合わせていない夫。
寝所を共にしたのも、ただ一度きり。
どこまでもはりついた笑みを崩さないマリナ。
鉄格子を握るアリーシアの手には、寒さにもかかわらず汗がにじむ。
「仕方がありません。これまでの仲ですし、今まで通りお従姉さまと呼んで差し上げますわ。だけどお従姉さま、まったく状況をわかっていないんですわね」
やれやれと肩をすくめるマリナの表情はどこまでもあざけりに満ちていた。
いつも自分を慕ってくれていたはずのマリナ。こんな表情をこれまでアリーシアはみたことがない。
「ど、どういうことなの!?」
「まあ、お従姉さまにもわかるように説明してあげますわ。まずカシウス陛下……いえ、もう前皇帝というべきね。前皇帝は戦地で行方不明となり生存は絶望的。準備ができ次第、わたくしの陛下……新たな皇帝が即位する手筈になっているわ」
(……カシウス陛下が行方不明!? 新たな皇帝が即位!?)
次々と入る知らない情報に頭の整理がおいつかない。
「わたくしではなく、お従姉さまなんかを選んだんだからいい気味よ。前皇帝という後ろ盾がなければ、お従姉さまを引きずりおろす証拠を偽造するのはとっても簡単でしたわ。わたくしが新しい皇妃となるのに、皇宮に居座られては目障りですもの」
「マリナが新しい皇妃に!? マ、マリナ、あなたはいったい何を言っているの!?」
「本当にお従姉さまは昔から鈍いんですから。どうしてこんな愚かな人が皇妃になれたのやら。ふふっ、やっぱり、あなたには皇妃なんてもったいない。『偽皇妃』の称号がふさわしいですわ」
この状況を心の底から楽しんでいる声。
今まで優しかったマリナの変わりようをアリーシアはどうしても信じることができない。
「嘘よね、マリナ! 早く冗談だと言って!」
「信じられない? いえ、信じたくないのですわね。わたくしという糸が切れたら、あなたを助ける人はどこにもいないんですものね」
その言葉にアリーシアは何も言えなかった。
アリーシアは皇妃という地位にありながら、信頼できる人はマリナ以外、誰もいない。
「そうなるように仕向けたのもわたくしでしたのよ? やっと苦労が実って、本当に今日は喜ばしい日ですわ!」
マリナの笑い声が地下牢に響く。
アリーシアの鉄格子を握っていた手がだらりと下がり、膝をつく。
(私のことを、ずっとだましていたのね)
ようやく今の状況がアリーシアにも飲み込めてくる。
「さて、次はこちらですわ」
控える兵士に目配せし、マリナは姿を消す。
しばらくして、マリナは泣き叫ぶ赤子を抱えて戻ってきた。
その泣き声に、はじかれたように立ち上がると、アリーシアは鉄格子の隙間から手を伸ばす。
「ミーシャを返して!」
間違えるはずもない。
三か月前に産み落とした、アリーシアの娘、第一皇女ミーシャのものだ。
陛下との一度きりの交わりにて産まれた、アリーシアにとって大切な、大切な娘。
「あら、良いんですの? お従姉さまの、偽皇妃の娘なのよ? 一緒にいたら、罪人として処刑ですわよ?」
処刑――その言葉にアリーシアの身はこわばる。
心の底に押し込め、考えないようにしていたこの後のことが輪郭を帯びる。
「処刑ってそんな、嘘よね!? 私も娘も……処刑!?」
「身分を偽って皇妃となったんですもの。お従姉さまの死罪は免れないわ。まあ、娘については前皇帝の血も引いていますし、さすがに処刑はやりすぎかもしれませんわね」
マリナは笑いながら、アリーシアにそう問いかける。
(そんな、嘘の証拠で処刑なんて……)
陛下ともろくに心を通わせられず、豪華だが寒々しい皇宮で唯一頼っていた人からも裏切られた。
生きていても、これまでと同じ灰色の人生が続くだろう。
(わたしのことはどうでもいい。だけど、娘は、ミーシャにはまだ産まれたばかりなのよ!)
娘のことはアリーシアに残された最後の希望だ。
「お願いマリナ! 娘は、ミーシャだけは助けて!」
「あらあら、お従姉さま。それが人にものを頼む態度かしら? わたくしの考えひとつであなたの娘の運命が決まるんですわよ?」
アリーシアはどうすればよいかわからず、上目づかいにマリナを見ることしかできない。
マリナはため息をつくと言葉を継ぐ。
「……そのドレスは罪人たるお従姉さまにはふさわしくありませんわね」
マリナが目配せすると兵士たちが牢屋に入ってきた。
「な、なにをするの!? 無礼者! 私に近づかないで!」
「――本当に良いんですの、お従姉さま?」
狭い牢獄の中で後ずさるアリーシアに優しい声で語りかけるマリナ。
マリナの腕の中には泣き声をあげ続ける娘、ミーシャの姿があった。
アリーシアはすべてを察し、抵抗するのをやめる。
乱暴にドレスをはぎ取られたアリーシアは下着姿でその場にひざまずかされた。
「やっと罪人にふさわしい姿になりましたわ。
……この首飾りも、お従姉さまにはふさわしくありませんわね」
首元にあった、母の形見である首飾りも奪われてしまう。
「さあ、お従姉さま。あなたは『偽皇妃』ですわ。貴族の血を引かない、平民以下の罪人ですわよ? お願いするときはどうすればよいか、おわかりになりますわよね?」
アリーシアは床に手をつき、頭をさげる。
「お、お願いします、マリナ。娘は、ミーシャのことは助けて」
床についた手とこすりつけた頭から、冬の冷たさが伝わり、心までこごえてくる。
「おーほっほっほっほ! お従姉さまのこんなみじめな姿を見ることができるなんて! まあ、高貴なわたくしにお願いするんです。ちゃんとマリナ様と、呼んでくれませんとねぇ」
牢屋にマリナの高笑いが響く。
「マリナ……様。どうか娘を、ミーシャのことを助けてください」
アリーシアはマリナにうながされるがまま、再び頭を床につける。
(これは、本当に、現実なの?)
突然の投獄、唯一の支えだったマリナの豹変。
あまりに現実感のない状況だった。
「おーほっほっほっほ! 仕方ありませんわ。ほかならぬお従姉さまの頼みですものね」
マリナの言葉にアリーシアは顔をあげる。
「でも、いくら前皇帝の娘とはいえ、お従姉さまという罪人の娘ですもの。これまで通り第一皇女というわけにはまいりませんわよ? まず、皇位継承権の剥奪は当然ですわね。そうね、これから産まれてくる、わたくしと新皇帝陛下との子供の側仕えとして存分に働いてもらいましょう。ふふっ、しっかりこのわたくしが教育してさしあげますわ」
孤立していたとはいえ、アリーシアはまがりなりにも皇妃として扱われていた。
だが、娘は違う。
皇宮の中で罪人の娘として、皆に冷遇されひとり生きなければならない娘。
その過酷さを思うと、アリーシアは目の前が真っ暗になる。
「まあ、お従姉さまのかわいい娘をどうするかは、これからのお従姉さまの態度を見て決めますわ。お従姉さまも今はもう平民。簡単に死ねると思ったら大間違いですわよ。
おーほっほっほっほ!」
高笑いをするマリナの声、そして娘ミーシャの泣く声。
頭に響くふたつの声を聞きながら、今起きている状況が現実なのか悪夢なのか、アリーシアにはもうわからなくなっていた。
◇◇◇
帝国歴千二十四年冬。
約一年の時が過ぎる。
投獄生活のあいだ、ずっと、アリーシアはマリナとその取り巻き達のおもちゃとして扱われつづけた。
そして、さんざん見せ物にされた後、絞首刑となる。
ヴァレリアン帝国の歴史に「偽皇妃」の汚名を残して。
こうしてアリーシアは二十一年の生涯を終えた――はずだった。
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