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第3章『女王陛下と剣聖』
第62話「辺境への旅⑦…兄の想い」
しおりを挟む「……過去の事はどんな事をしてでも償う!」
「あ、兄上!」
この日、早朝からクレールの元に、クラウスがやって来ていた。
顔を合わせるなり、げっそりした顔で思い詰めているような兄に、クレールは何があったのかと驚きを隠せないでいた。
そして開口一番、いきなり過去の謝罪を始めたのだから、隣で黙ったままのフローラもギョッとしている。
「驚かせたようで申し訳ない……」
床に頭を擦りつけながらクラウスは、本当に申し訳なさそうに言葉を絞り出していた。
「兄上、どうしたと言うのですか? 事情があるなら聞かせてください」
事情もなくこんな事をするとは思えない。
ただならぬ状況に、クレールは不安を感じていた。
「こんな事を言える立場では無いのは重々承知している」
促されはしたものの、言い出しにくい話題ではある。勇気を振り絞ってとは思うが、そうそう上手くは行かない。
情けない自分と比べて、相対する弟は堂々としている。それが却って自分の情けなさを痛感していた。
「大丈夫です。私が兄上を心配しているのです」
思っていた通りだったが、やはり優しい言葉を掛けられてクラウスは嬉しくもあったが、過去の自身の過ちを思うと心苦しくもあった。
相談するつもりでここへ来たのに、やたらと自分の口が重い。
だが、言わねば何も始まらない。そう思ってやっとの思いで話しはじめた。
「プリシラの行方が分かったらしいんだ……」
「……え?」
おかしい。そんなはずは無いとクレールは思っていた。
「……それで、そ、その、助け出すのに……大金が必要だって言われてしまって」
クレールの中で『やっぱり』という思いが強くなった。
定石通りの話の展開に嫌な予感が強まる。
「幾ら必要だと言われているのです?」
「金貨で2千枚か、それに相当する品物を出せと……」
「……え! 2千枚ですか!!」
だまし取るにしても限度がある。
しがない露店の行商人に迫るにしては、金貨で2千枚は有り得なさすぎる数字だ。
思わず声を上げて驚くには、十分な額面だった。この額面だけでクレールは意表を突かれたというか、素直にびっくりしていた。
あのフロキが利口な人間なら、もっと下調べを入念に行ったはずだ。曖昧な根拠を元に『あるかもしれない』財産をクラウスから奪おうと言うのだ。
ここに来て早くも無理が出始めている。
クラウスは当事者だし、何より娘の命が懸かっている危機感に支配されてしまっている。とてもではないが冷静に判断を下せる状況ではない。
衝動で行動したとしても仕方が無い。
クレールに頼ろうとしたのも、実際に頼ってきたのも仕方が無いのだ。
それに選択肢としては正しい。
この場合は『正しかった』と言うべきかもしれないが、とにかくクレールを頼ったのは正解だ。
「あ、ああ。もうどうしたらいいのか分からなくて……」
クラウスの声音はとても頼りない。玉座の主として横暴に振舞っていたのと、同一の人物だと言うのは難しい。そんな印象を漂わせている。
そんなクラウスではあったが……
クレールは疑っていなかったが、途方もない内容に、フローラはクラウスを訝しげに見つめていた。
よもや自分たちを騙すつもりで、大金を引き出そうとしているのでは?
プリシラを出汁にして金をだまし取るつもりだと。
そういう疑惑がフローラの中で芽生えていた。
そう思うのは無理もないのだが。
ただ、以前のクラウスだったとしても、愛娘を利用して金を取るような事はしなかったはずだ。クラウスは娘と亡き妻を愛している。それに口には出さなかったし、間違ったやり方で誤解をさせたが、クレールの事も弟として愛していたし、今もちゃんとそう思っている。
今ではすっかり邪気が抜けて、親切な気の良い露店の親父になったクラウスだ。
愛する弟を騙すなど有り得ない。
もうそんな事をする人間では無くなっている。
*****
因果応報でもありますが(´ー+`)
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