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第3章『女王陛下と剣聖』
第60話「辺境への旅⑤…悲劇と再生」
しおりを挟むあれからしばらくクラウスと会話をした後で、今日のところは一旦解散する事になり、クレールたちは宿に戻っていた。
クラウスは、この村から少し離れた廃屋で寝泊まりしているという。匂いがきつい為に村の中では寝泊まりはできない。
外では危険だとクレールは心配したが、匂いが強烈なので獣や魔物もクラウスには近づかない。
「生きているとは聞いていましたが……この目で見るまでは信じるつもりはありませんでした」
意思の強い人間だからこそ、見たものだけを信じる。
クレールの言いたいことはそういう事だ。
「アタナシアでは兄君の話題は禁忌みたいなものですし、申し訳ないですが私も口には出したくなかったので……」
フローラも複雑な顔をしている。クラウスの変わりように未だに困惑しているようだ。
元が悪すぎただけに、余計にその差に驚いている。
「いいえ。フローラさまは悪いわけでは……以前の兄が悪かっただけですし、その因果は今の兄上が背負うべきでもありますから……」
改心したとしても、プリシラとクラウスのせいで万単位の人間が苦しみ、オルビアは滅んでしまっている。
それらをクラウス一人の悔恨の気持ちで、雪げるものではない。
「でも、悔い改めたなら許しも必要ですよ。更生したなら今後は世の為に役立てる人になれるかも……」
少なくとも最近のクラウスは、近在の農民や貧者の生活を支えている部分はある。
彼の販売するニラとドリアンは、普通の品質の物より栄養価が高く、ドリアンにはかなり高い美容効果もあるらしい。
これだけの品物なら値が張ってもおかしくないが、クラウスは自身の露店がどれだけ人気が出ても、値段を下げても上げる事はしていない。
勿論、今後もそうするつもりはない。
数日で収穫できるからというのもあるが、品が良ければ普通は値も張るものだ。安く売り続ける理由などないはず。
もっとも、彼が引き起こした災いと比較すれば、『だからどうした』という程度でしかないが。
「ええ。そうだと良いのですが……」
「まだ……何か?」
一向に晴れないクレールの面持ちを、フローラはすぐ隣で心配そうに覗き込んでいる。
「兄上には言えませんでしたが……プリシラの事です」
「元王女がどうかしたのですか?」
クレールはプリシラの事をクラリスから聞いている。
クラリス自身が暗殺指令の為にプリシラを殺めた事と、何故狙われたかの話を聞いていた。
クラウスの行方が掴めなかった為、クラリスはクレールに形見の品と死に様についての話を託していた。
その形見の品を握りしめながら、クレールは表情を歪めている。
「プリシラはもう亡くなりました……」
「え……理由は?」
この言葉には、フローラも驚きを隠せないでいる。
クレールは首を横に振った。
まさか、フローラを蔑ろにした為に、暗殺対象になったとは言えない。
けれども、クラウスには正直に話すべきだ。
だがそれを口に出したとして、クラウスがまたフローラに悪感情を抱かないかと、クレールは心配していたのだ。
それに愛する娘の死を兄がどれだけ嘆くか、それを思うと辛い気持ちに潰されそうになっている。
「自業自得ではありますが……私には姪でもあったので……」
「兄君は子煩悩な方でしたね」
「ええ、それだけに真実を告げるべきか迷っています」
「悲しむでしょうけど、あの方には知る権利もありますね」
『そうですね』とだけ言って、クレールは夜空に目線を向けていた。
星になったプリシラを想ったのか、それともやり切れない気持ちを紛らわそうとしたのか。
「申し訳ありません。フローラさまにとっては仇なのに……」
そういう意識は最初からあったが、不思議とフローラなら聞いてくれるとクレールは思っていた。
「いいえ、亡くなってしまったならもう……」
釈然としない思いはあるが、死者に鞭を打つ気にはなれない。
わずか13歳でこの世を去った元王女に、フローラは憐みの気持ちを感じていた。
*****
クラウスの顛末をどうするかは悩みました(´ー+`)
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