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第3章『女王陛下と剣聖』
第59話「辺境への旅④…兄と弟」
しおりを挟む「私だ……そなたの兄だ……」
フローラはハッとなっていた。
『見覚えがある』と、この段階になって気が付いていた。
何より露店の商品がニラとドリアンなのだ。
それがフローラの気付きを肯定する何よりの証だった。
「クレールさま、お兄さまですよ……」
クラウスと気付いて即座に、ヒルダから渡されていた『野菜の杖・改』で、殴ってやりたいところだった。
(あわわわ……ま、まさか愚王と出会うとは……杖で殴り倒そうと思ってしまいました。あわわわ……)
「う……あ、兄上?」
信じられないとクレールの顔に書いてある。
正しくそんな顔でクレールは、余りにも変わり果てた兄の姿を凝視していた。
先ほどから感じていた親近感にも、これ以上ないほどに納得が行く。
「クレール……久しぶりだな? 元気そうで何よりだ」
「あ、兄上!? そ、その身体は……」
フローラの言葉もあってか、クレールは目の前の存在を兄と認めざるを得なかったが、さすがにクラウスは様変わりしすぎている。
フローラとしては頭髪と胸毛を変えた張本人として、その移り変わりをリアルタイムに目撃しているから理解は追い付いている。
だが、クレールはそういうわけにはいかない。
「生姜焼きを食いすぎたり、杖で殴られたりと、色々あってだな……」
クラウスはしみじと過去の出来事を語りながら、ちらちらとフローラの方へ視線を遣る。
その視線を感じてはいるが、フローラは気付いていないふりをしている。
ただ、このクラウスの視線は過去の罪を問うものではなく、『また殴ってほしい』というアピールだったのだ。
そんな彼の気持ちなど露知らず、フローラは落ち着かない様子を見せている。そわそわして目つきも虚ろになっていた。
「……生姜焼き? 兄上、何を言っているのですか?」
「説明をしたとしても理解はできないだろう。クレールよ、こう見えても身体は平気だから心配はするな」
平気だったとしても、とても普通には見えなかった。
ニラ頭の頭髪は腰まで伸びているし、胸毛のドリアン農園は腹辺りまで達している。最早、胸毛なのか腹毛なのか良くわからない。
「そうですか……」
幾ら愚かと言っても兄は兄だから、やはり生きて再会できれば嬉しさも込み上げてくる。
ただ、フローラの手前、それを素直に出せなくて、もどかしい想いも感じていた。
「それでこんな辺境まで何をしに参ったのだ?」
「それこそ色々理由がありまして……」
「そうか。まあとにかく、再会できて良かった! 後は娘が見つかれば言う事はないな! ははははは!」
クレールはクラウスの台詞に胸がズキズキと痛んだ。
プリシラがもうこの世の人では無い事を、クレールは知っていた。
ある侍女から事の顛末と形見の品を渡されていて知っていたのだ。
だからクラウスに対して、それを言うべきか悩んでいるし、笑顔でプリシラの事を語る兄の姿に胸を痛めていた。
ただ、それとは別に、少し不思議な顔でクラウスを見つめていた。
クレールが最後に見た兄とは全然違う印象を受けている。憑き物が落ちたというか、余計な物が剥がれ落ちて清々しく見えていた。
「兄上……変わりましたね?」
クレールからは、だいぶ変わったように見えていた。
そうでなければフローラの事で、口喧嘩くらいはしていたかもしれない。
だが、今のクラウスからは一切の邪気を感じていなかった。
そしてそれは、フローラにしてもそうだった。
『ニラ』のときと、『ドリアン』のときは思わず殴りったり、吹き飛ばしたりしたものの、落ち着いて様子を見てみればそこまで悪い印象は感じていない。
目の前のクラウスが、あの愚王クラウスと同一人物なのか疑わしく思うくらいだった。
「そういう風に思うのも無理はないな……以前の私は至らぬ点ばかりだった。そなたにも随分、迷惑を掛けた。それとそちらの聖女フローラさまにも迷惑を掛けました」
『こんな事で済むとは思っていませんが』と付け加えた上で、クラウスは二人に向かって頭を下げていた。
(驚きました……この人が本当にあの愚王なのですか? ならば何故、ヒルダさんはこの杖を……?)
以前とは様変わりしたクラウスに対して、ヒルダが渡してきた杖を一体何の目的で使うべきなのか、フローラはどうするべきなのか考え込んでいた。
もう恨みは捨てて良いのではないか?
もう復讐はすべきではない?
そういう想いがフローラの心の中に生まれつつあった。
そもそもクラウスはクレールの兄なのだ。
クレールとの関係が親密になった事も、クラウスへのこれ以上の追い討ちは避けたい理由の一つでもある。
*****
クラウスは更生したのでしょうか?(´ー+`)
*****
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