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第2章『聖女王フローラ』
第52話「マイオ島会戦②」
しおりを挟む「ぐははははは! 押し出せー!! アタナシアのカスどもを包み込んで皆殺しにせよ!!」
この将軍は見るからに凡庸だが、確かに三千と五百では分が悪いのも事実だった。
いかにユリウスとクレールが優秀といえども、五百で三千を打ち破るのは難しい。
しかし、クレールもユリウスも、ルッカ軍を全滅させるつもりでいる。
普通に考えれば、それは相当に難しい芸当なのだが。
案の定、アタナシア軍は次第に包囲されつつあった。
「ぐへへへへへ! アタナシアには美女が多いそうですよ? 将軍閣下!」
ルッカ軍の副将を務める男は、既に勝利を疑っておらず、兵の指揮などそっちのけで、下卑た話題に気を取られていた。
「聖女フローラも相当な美貌だと聞くぞ? リーサンネさまに献上する前に味見くらいは……ぐふふふふ」
そして大将を務める男も同様だった。
この戦場に漂い始めた戦闘の機微など、全く気付いた素振りが無い。
そんな時だった。
戦場の左後方から歓声が沸き起きった。
「ん? 何事だ? んんんん? おい、あれは何だ??」
声のする方を将軍が指差している。その方角では兵士が入り乱れているように見えた。
「……どうやら伏兵でも潜んでいたようですが」
「伏兵だと? わずかな兵を更に分けて伏兵とは、戦術を知らぬ愚か者め!」
「…………い、いえ、将軍閣下、あの部隊の勢いは凄まじいばかりです!!!」
副将の男はしばらく伏兵の様子を注視していたが、その勢いの凄まじさを目の当たりにして、目を白黒させて叫びはじめた。
「バカな! 見た所、百かそこらだろうが!!」
確かにこの部隊の兵数は百名程度だが、人間の部隊ではない。
蜥蜴人の精鋭、百名からなる奇襲部隊だった。
その蜥蜴人の部隊は完全に虚を突いた状態で、ルッカ軍の後方に突き刺さって、深く深く、楔を打っていた。
そしてその先頭を担うのは、バジーリオだった。大陸最強の冒険者がルッカ軍を相手に、猛り狂っていた。
その直後、今度は前方から『ドオオッ』と、大きな音が起こっていた。
「今度は何だ!! 一体どうなっている!!!」
「ぜ、前方に大きな土煙が!!!」
「そんな事は見ればわかる!! あれがどういう事かと聞いているのだ!!」
『こんなはずはない』、そんな風に、ルッカ軍を束ねる将軍は頭で思ってしまっていた。前方からも何かが、すごい勢いで迫ってくる予感がしていた。
先ほどから剣閃らしき衝撃波が乱れ飛んでは、その度に数十人の兵士が吹き飛ばされたり、一撃の元に絶命させられている。
ルッカの将軍は更にこう思っていた。
『一体何を相手にしているのだ?』
戦前の情報ではアタナシアには、この将軍やルッカの宰相リーサンネを上回る人材は居ないと。そういう報告だったはずだ。
だが実際はどうだろう?
土煙の晴れた場所には、青い炎を纏まった刀を振う悪鬼羅刹が居るではないか。
その悪鬼の名は、剣聖クレール。
かつての戦いでは多勢に無勢すぎて、クレールの本来の力は発揮できていなかった。しかし、この戦いでは、ユリウス将軍率いる精鋭がクレールの周囲を固めているのだ。
その為、彼は攻撃する事、殺す事だけに専念できる。
守ることは一切、頭にない。
己の持つ力の全てを、眼前のルッカ軍を切り裂く事に費やしていた。
「ま、不味い、こ、このままでは負けるぞ……」
「しょ、将軍閣下!! ひ、ひとまず引き上げて、トスカーナの援軍を待ちましょう!!」
ついさっきまでの薄ら笑いは消え失せている。代わりに焦燥感を表情に貼りつけて、副将の男は我先にと逃げだしたい気持ちで一杯だった。
「そ、そうだった! 我らにはトスカーナの援軍が! よ、よし、そうと決まれば引き上げるぞ!!」
『撤退だ!!』『全軍引き上げろ!!』、退却の合図の銅鑼が鳴り響き、退却をしろと命令が下されると、ルッカ軍は隊列を乱して一斉に引き始めた。
そんなルッカ軍を、彼らのずっと高い場所から見下ろす女性が居た。彼女の名はヒルダ。大陸最高の魔導師である。
「やっと離れてくれたね。それだけ離れれば十分さ、ふふふ。まとめて焼き払ってあげるよ」
戦闘が始まる前からヒルダの魔法は完成していた。
あとは発動させるタイミングを見計らっていただけだった。彼女の妖しい微笑みと共に、彼女の手から魔法の光が弾け飛んだ。
崖下のルッカ軍の何人かが頭上を見上げて、崖上のヒルダを指差しているが、もう手遅れだった。
やがて彼らルッカ軍に、極太の火炎の槍が何百も突き刺さった。
それから、あっという間に彼らを地獄の業火が包み込んでいった。
「本当は破壊の魔法は使いたくないんだよ? でも、フローラさまを守る為なら別だよ……」
炎から逃れた者も、剣や槍、或いは矢に貫かれて屍に成り果てていた。
今頃はきっとトスカーナの船団も、残らず焼き払われて沈んでいる頃だろう。
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2章終わりました(´ー+`)
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