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第2章『聖女王フローラ』
第50話「新しい者たち②…英雄」
しおりを挟む「……大丈夫ですね?」
フローラの問い掛けに、戸口を見張る親衛隊隊士が頷いて見せた。
「まさか間者が我が弟だったとは、面目御座いません……」
額に手を当てて、心底残念そうにヴァージルは、ため息を吐きながら謝罪の言葉を口に出した。
「弟君とはずっと離れていたわけですし、ヴァージル公に罪はありませんよ。知らないものをどうやって防ぐのですか」
「そうですよ。それより次の段階へ目を向けるべきです」
先日の論功で司教の座についたリコ司教と、普段は滅多に政策には口を出さないクレールが、ヴァージルをフォローしつつ話を進めていた。
「準備は済んでいますね?」
真新しい玉座の上から、女王フローラが重臣たちにそう尋ねた。傍らには剣聖クレールが彼女をしっかりと守っている。これまで以上に職務に忠実であろうという気概が、誰の目にも明白だった。
そんな剣聖クレールをフローラも気にしてしまっている。つい先刻の出来事を考えれば無理もないが、この場の古い家臣たちには何となく気付かれてしまったようだ。
何人かはフローラとクレールの様子に、苦笑いだったり、微笑みだったりと概ね、良い反応を見せていた。
「ええ、ルッカ軍にはユリウス将軍率いる五百で当たりつつ、伏兵や助っ人などの手を借りて殲滅します。敵軍の指揮官は凡庸な人物ですから、我が軍の敵ではないでしょう」
フローラとクレールの様子に微妙な顔つきで、シバは淡々と報告をしている。
彼の言う助っ人とは誰なのか、皆が興味を寄せていた。
シバの報告に満足したフローラは、自分の受け持ちについて話しはじめた。
「トスカーナ王国軍については、『あの方』がお引き受け下さいました。上陸する前に片付けると仰っていましたね」
「おお、それならトスカーナ軍の方は、偵察部隊を出す程度で済みますね」
数日前フローラは、その『あの御方』と邂逅を果たした。蜥蜴人のロルキがやってきて、フローラと『あの御方』を引き合わせたいと言ってきた。この申し出をフローラは二つ返事で引き受けていた。
蜥蜴人を疫病から救った返礼として、『あの御方』と呼ばれる存在が、マイオ島を守る為に手を貸すと申し出てきたのだ。
例えトスカーナ軍が1万いようと、2万いようと、『あの御方』の前では木っ端と大差ないだろう。
「それでシバ殿、助っ人とはどなたの事でしょうか?」
フローラとしても興味はある。一体どこの誰が、自分と国を助けてくれるのだろうと気になっていた。
「二人の英雄ですよ。その内の女性魔導師は大陸最高の腕前です。女王陛下とは顔見知りだと言っていましたね。その者の名は煉獄のヒルダと言います」
「ヒルダさん! なるほどです。確かに彼女は素晴らしい魔導師ですね。それでもう一人は?」
「剛拳のバジーリオという元Sランク冒険者です。ヒルダとは同じパーティだったそうですよ」
バジーリオの名を聞いて、この場の何人かが即座に反応していた。
かつて大陸最強の冒険者の名を欲しいままにした、『剛拳のバジーリオ』は、同じく大陸最強と謳われるクレールとは、戦えばどちらが上なのかと、しばしば引き合いに出される存在だった。
間違いなくクレールやユリウス並の強さを誇るはずだ。
しかし、それよりなによりヒルダだろう。
彼女一人で数千の精強な兵士にも匹敵する。一つの属性を極めるだけでも達人だが、彼女は四つの属性全てを極めている。
小さな王国くらいなら、ヒルダ一人で滅ぼせるかもしれない。
ヒルダ自身も敬愛する、伝説の大召喚術師アデラールが召喚術の神なら、ヒルダは魔導師の女神とも言うべき存在だった。
そんな化け物を相手にするルッカ軍が、むしろ気の毒というものだ。
「皆の武運を祈っていますよ」
フローラの締めの言葉を受けると、重臣たちはそれぞれの役目を果たそうとこの場を去って行った。
「明日は私も出陣となります。女王陛下」
すぐ隣で玉座に座るフローラに、クレールはそう言った。
「もう無茶はしない約束を覚えていますね?」
「勿論です。役目をきちんと果たした上で、必ず生還します」
「覚えているのなら安心しました」
本当は顔だけでもクレールの方を向きたかったが、そうすれば気持ちが周囲に知られてしまう。そう思ってフローラはクレールの服の裾をギュッと掴むことで、不安な気持ちをかき消そうとしていた。
そんな二人の様子を、親衛隊隊士を束ねるこの女性は、複雑な気持ちで見つめていた。
(その様子ですとクレールさま、女王陛下にお気持ちが通じたようですね。正直な所、残念だと感じていますが、貴方さまが幸せそうにしている顔を見るのは、嬉しい事でもあります。クレールさまが女王陛下のお傍を離れる間は、私と親衛隊が必ず、女王陛下をお守りしますので。安心して出陣して下さい。ご武運をお祈りしています)
アナスタシアはついつい、クレールから視線を外せないでいた。そんなにジッと見ていたら、誰かに気持ちを見透かされてしまうかもしれない。
いいや、既にある男はその気持ちを見透かしている。その上で彼女を愛してもいた。
その男は今日もアナスタシアを遠くから見つめていた。
「ヴァージルさま、見ているだけでいいのですか? 貴方らしくもない」
ヴァージルに声を掛けるのは、彼の股肱の臣下、オルセンだった。
「四十過ぎの男やもめだぞ? もっと良い相手と結ばれて欲しいからな」
「いい加減にアイダに義理を通すのはやめたらどうですか?」
「いいから飲みに行くぞ」
*****
久々にクレールさまが猛るかも(´ー+`)
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